2014年9月29日月曜日

【仮想大江戸】シリーズ解説


【 宵闇文芸部「仮想大江戸」シリーズ解説 】


■「仮想大江戸」シリーズとは
江戸~幕末にかけての世界観にちょっぴり現代のテクノロジーを追加した、仮想の大江戸で繰り広げられるお話です。

本編…女性キャラ3人によるギャグ声劇。1話完結型で全10話
閑話…本編で語られなかったシーンの短編声劇。男性キャラも登場
親世代編…本編に至るまでのお話。親世代メインの小説形式。
異聞録…本編と閑話の内容を小説にしたもの。



■利用規約

・「仮想大江戸」のシリーズは宵闇文芸部のオリジナル作品です。
・キャラ名の変更は推奨、一人称の変更は許可していますが、大幅な内容の改変はNGです。

・無料公演の場合:利用報告の必要はありませんが、どこかにシナリオの著作が「宵闇文芸部」であることを記載してください
(無料の例:ニコ生での声劇枠、こえ部にうpする)
音声サンプルとして利用する場合には、別途ご相談ください

・有料の場合:報告をし当方の許可を得たうえで、パンフレット等分かりやすい場所にシナリオ著作が「宵闇文芸部」であることを記載してください。


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 仮想大江戸閑話&異聞録




2014年9月19日金曜日

【仮想大江戸】番外編 閑話・常磐編



暗い場所に居た。
床は冷たく、両腕を広げると壁と壁に手がつくくらいの、正方形の「何か」の中。俺はその何かの中でひたすらに時間が経つのを待っていた。
この何かから出されるまで、俺は自分の一族の一員だと認められないらしい。なんて古臭い因習だと思う。髪の毛の色やら、感情やら。どうだっていいじゃないか。俺が一番任務をこなせることに変わりない。
だから早く、ここから出せよ。


出せ。

そして----




 -----殺させろ。








【 仮想大江戸 お伽話 閑話・常磐編 】








赤いものは好きだ。特に血の色が好きだ。人肉の色も嫌いじゃないが、夕日が山へ沈んでいく時の汚い茜色が好きだ。
明るい場所は嫌いだ。目が痛い。俺を拒絶するように、光は俺に害をなす。昼間は嫌いだ。太陽が空に登って、いつどこからでも俺を狙ってくる。

この感覚は誰しもが持っているものだと思ったが、どうやら違うらしい。同じ一族の子供の中でも、俺は特異な存在らしかった。


風魔一族。この名前を出せば大抵の人間は大人しくなるくらい、大きく有名な忍びの一族。世襲制で血統を重んじ、当主の命令1つで全てが決まる。要するに独裁政権。
血を薄めないために一族の中で子供を作る必要があるが、任務を遂行するために幼いころ感情を殺す儀式を行う。つまり恋だ愛だなんていうものは精神疾患でしかない。あるのは主への忠誠心と一族を守る誇りだけ。

愛が無いならどうして俺は生まれたのか?

当主である父親と嫁入りした母親は、婚姻統制。つまり血が濃くなりすぎないよう、一族の中で一番遠い血を持った者同士で結婚したらしい。跡取りが欲しいからと、兄の次に俺を。それから弟と、妹を二人。それだけの兄弟を産んで母親は死んだ。流行病だったらしい。
一族の中でばかり血を混ぜるから、忍びとして優秀な反面、病に弱くなるんじゃないだろうか。これくらいのことは適当に頂戴してきた医学書を見ればすぐに分かることだ。どうして誰もそれを指摘しないのか。

障子越しに降り注ぐ月明かりを頼りに本を読んでいれば、廊下に足音はなく気配だけがやってきた。


「常磐様、ご当主様がお呼びです」

「今行く」


なんでこの家に仕える者は足音をたてないのだろう。意味が分からない。気配を消さなかっただけまだマシかもしれないが…。

父親の居る屋敷で最も奥まった場所にある部屋へ立ち入ると、珍しく夕食を共にするらしい。膳が運ばれてきた。肉じゃががある。確か父親の好物だっただろうか。


「常磐、お前も今年で7つになるな。」

「はい、父上」


父親のことは嫌いだ。母親が亡くなる前から、時折別の女の匂いをさせていることが多かった。こいつだって風魔一族なのだから愛情なんてものは持っていないはずなのに、どうして他の女性に手をだすのだろうか。気色悪い。


「次の新月に、儀式を執り行う」

「……承知いたしました」


ついに来たらしい。所謂、成人の儀式のようなものだ。
俺たち風魔一族は、両親が認めた時から任務の手伝いをするようになり、徐々に仕事に慣れていく。その過程で徐々に髪色が抜けていく。そして最後にこの儀式を終え、髪の毛の色が抜けきったら一人前になれる。正直、髪の毛の色などどうでもいい。
俺が一番任務が上手くて、一番殺せることに変わりはない。

儀式は、何も食べれない、何も見えない、狭い暗闇の中で髪色が無くなるまで死なずに過ごすこと。暗闇の中、という表現になったのは、実際にその暗闇がどこにあるのか分からないからだ。
人によって儀式の長さは違う。中には何もない空間に気が狂って死ぬ者も居るという。つまり、その闇と無に耐えられなければ、風魔として忍びの任務は務まらないということだ。




そして俺は、翌日目が覚めた時には暗闇の中に居た。
床は冷たく、両腕を広げると壁と壁に手がつくくらいの、正方形の「何か」の中。

大好きな血の色も、母親が俺の名前に付けたように綺麗な緑色の山も見えない。
確かにこれは気が狂いそうだ。

気持ち云々の前に、水も食事も与えられないのだ。まずはそこを解決しなければ、流石に1週間が限界だろう。



(早く任務に行きたい…)


(早く、人を殺したい)


(殺させろ)

(早く)
(早く)

(早く)

(早く殺させろ)



(殺させろ!)




何を念じても、父親には届かないらしい。立ち上がって腕を伸ばしても届かない天井。運動するにも狭すぎる暗闇の中で、苛立ちばかりが募っていく。
時間の経過が分からない。苦痛だ。早く任務に戻りたいのに。


<Yah- hiyah- ie- nh-Aha->


狭い闇の向こうで、聞きなれない歌声が聞こえた。
日本の民謡のような、中東の民族音楽のような独特な節回し。
中低音の裏声で、暗闇を作り出している箱のようなものが振動している。歌声で物体を共鳴させられる人間は少なくないが、この大きさのもの、まして屋外の地声でここまで響かせられるものなのだろうか。
そこまで考えてから、俺は歌声の主が外で歌っているらしいことに気づいた。声は暗闇全体を振動させているためわかりづらいが、斜め上の方向から聞こえてくる。歌い手が高い位置にいるのか、はたまたここは土の中なのか。

歌声はまだ続いていく。
俺の大好きな、血の色ににた赤い色を想像させる歌声。気高く、華々しく、荘厳で背筋がぞわりと凍りつくような歌声。知らない曲だというのに、暗闇の中で聞き入ってしまう。


「誰か…居る?」

「っ!」


歌声がやみ、唐突にこちらに向かって声が飛んできた。空間全体を震わせていた歌ではなく、確実に俺の居る場所を捕らえて発せられたまっすぐな声。然程年齢の変わらないであろう少女の声に、俺は思わず返事をした。


「ここに居るんだ!」

「……アマイモン?」


なぜ悪魔であり大地の王の名前が出てきたのかは簡単に想像がついた。ここは恐らく土の中。土の中に縦長の箱が埋められているのだろう。


「違う。訳あってここに居るんだ。出るわけにはいかない」

「そう。なんか、昨夜と響き方が違うと思ったら、誰かが地下に部屋をこしらえたのか。」

「今の歌は、なんという歌なんだ?」

「知らない」


そっけない返事に、涙が出そうになった。


「知らないとは…?」

「私が作った曲だから、まだ曲名はないの。」


そっけなさから一転して嬉しそうな声で言った少女に、俺はどうやら1つの感情を植え付けられたらしい。
その声がほしい。


出来るのならば、素手でその喉を引き裂いてその血の色を見てみたい。手でなくとも、喉笛に噛み付いたらいいだろうか。彼女の綺麗な赤色の血は、さぞかし美味であることだろう。あぁ、ゾクゾクする。
顔も知らない相手を殺したいと願うなど、始めてのことだった。


「そうだ、そこから出れないなら暇でしょう?私と一緒に曲名考えてよ」

「構わない。だが、1つ聞いても良いだろうか」

「何?」

「俺は常磐。お前の名前が知りたい」

「……」


少女が少し迷う気配がした。


「私は、夜子。赤鬼って言う方が、知ってる人多いかもしれないけど」


夜子。
小さく呟いた。

これで探せる。この儀式さえ終わってしまえば、この少女を探し出し自らの手で引き裂いて血肉を貪り、眼球は繰り抜いて部屋に飾っても良いだろう。大腿骨を削りだして使いの鳥たちを呼ぶための笛を作ってもいい。
あぁ、なんと素晴らしいのだろう。


「それじゃぁ常磐。もう一度歌うから聞いててね」


呼ばれた名前に心臓が破裂しそうなほどの衝撃を受けつつ、俺はもう一度紡がれる異国風の旋律に耳を傾けた。




あぁ、この歌が、曲が愛おしい。お前が愛おしい。
少しだけ待っていてくれ。
すぐに、殺しに行ってあげるから。











終








2014/09/19 今昔 夜子

【仮想大江戸】番外編 閑話・千草編




はじめまして。
困った顔でそういった女の子は、都会育ちの他の子供たちと違って、とても素直そうだった。





【 仮想大江戸 お伽話 閑話・千草編 】




自分より少し年下の少女・浅葱がこの妓楼にやってきた時は、連れた来た友人の頭を精一杯の力で殴り飛ばしてやろうかと思ったくらいだ。もちろん、事前に連れてくることや事情を聞いていたからそんなことはしなかったけれど、どんなところに連れて行くのかくらいは説明すべきだと、オレは何度も言ったはずだ。


「しばらく…いや、今後この子が死ぬまで預かってくれ」

「それって、暗にこの妓楼で働かせろって言ってる?」


真っ白な髪の毛を緩く結い上げ、気だるそうな、けれど感情の見えない深い緑色の瞳をこちらへ向けた友人に、オレはため息をつくしか出来ない。


「暗喩ではない、明朗に『引き取れ』と言ったつもりだったが……」

「あー、うん。常磐が頭良いのは分かったから、ちょっと黙ろう」


相模のあたりを牛耳っている忍びの一族「風魔」。その当主である風魔小太郎の息子さんが常磐だ。どうしてオレと知り合いなのかは…まぁ思い出したくもないので置いておこうか。
ともかく、オレの視界に無表情の友人と、その友人に連れて来られて内装が珍しいのウロウロソワソワしている少女が居ることに変わりはない。

絢爛な屏風、賑やかに吊るされた提灯、縁に鮮やかな刺繍がされた畳、磨き上げられた板の間。そして店中を流れる木製の小さな水路。

ここは妓楼だ。
女性が芸を売る場所で、体を売ることもある場所。法律上は売春行為は規制されているので、あくまでも「店内では女性スタッフと恋愛自由」と謳っている。超グレーゾーン経営だ。それはオレの実家であるこの妓楼だけでなく、この吉原と呼ばれる色街一体のお店全てに通じること。
そんな法律的にも人道的にも、この子の将来的にもよろしくない場所へ、どうしてこの常磐はこの子を連れてきたのだろう。他に頼れる場所なんていくらでもあるだろうに。まして、彼は風魔一族の次期当主。裏社会の権力はそんじょそこらの政治家じゃ敵わないレベルで持っているというのに。


「それで、どうして浅葱ちゃんをオレのところへ?常磐が預かればいいんじゃないの?」

「俺のところへ?馬鹿か、貴様。俺のところへ来て世間で暮らしていくための能力が身につくと思うのか?闇社会で一財産稼ぎたいというのなら話は別だがな」


あ、意外とコイツしっかり考えてるんだ。でも他所に預けて警護だけするっていう発想がないあたり頭硬いよなぁ。
なんて常磐を見下ろすと、不機嫌そうに目を細めて見上げてくる。

忍者なんて、日常生活を普通に送っていれば出会うことなんてない。だからオレはこいつがどんな風に育って、オレやこの子、それから最近気に入っているという女の子をどういう目で見ているのかは分からない。
信用出来るのは、こうして無表情な目で発した言葉だけで、それでは信頼に足らないという大人も多い。


「分かった、我が家で引き取るよ。ただし、自分でお金を稼げるようにするとしても、ここで学べるのは芸だけだ。その辺りは、常磐も気にかけてやってくれよ?」

「気にかける?…菓子でも送りつけたら良いのか?」

「うーん…ま、それでいいや。」


オレたちが話に切りをつけようとしたところで、


ばっしゃーん


大きな水音がした。
慌てて振り返ると、店の中に流している水路からざばっと浅葱ちゃんが顔を出した。びっしょり濡れた髪の毛が顔に張り付いて、海のお化けのような出で立ちになっている。


「あ~あ~!!満さん、タオル持ってきてー」


オレはともかく女中さんにタオルを頼むと、浅葱ちゃんに駆け寄って水路から引っ張りあげた。浅葱ちゃんは落ちるとは思っていなかったのか呆然と目を見開いていて、なんだか少しおかしかった。


「ごめんなさい…」

「いいよ。どこか痛くない?」

「大丈夫…です。」

「よかった」


オレと数歳しか違わないはずの浅葱ちゃんは、なんだかとても幼く見えた。オレは生まれも育ちもこの江戸だから分からないけど、他所の小さい子はみんなこんな感じなんだろうか。機会があれば常磐のお気に入りちゃんにもあってみたいものだ。

女中さんが持ってきてくれたタオルで浅葱ちゃんを拭いてやると、常磐は仕事の時間だと言って去っていった。今日もきっと、オレには想像も出来ないような危ない仕事に手を出すのだろう。
一般人に生まれて良かったなーと思う反面、少し常磐の生き様に憧れてしまう自分に嫌悪感。


「お兄さん…」

「ん?」


濡れた着物を着替えさせようと、家にあがるように促すと、浅葱ちゃんは少し躊躇うようにオレの着物を引いた。


「常磐の髪の毛って、どうして白いの?年齢は、私よりちょっとお兄さんなだけだと思うんだけど…」


あぁ、そうか。

この年齢で白髪になることは少ない。そして、風魔一族が意図的に白髪にしていることも、その方法もこの子は知らないのだろう。
いや。普通は、知らないのだ。
オレは話すべきか少し悩んでから、やはり知っておくべきかと口を開いた。


「常磐の一族の習わしなんだよ。一人前になるために、髪の毛が白くなるようにするんだ」

「…染めるの?」

「染めない。もっと、怖くて痛い方法で白くするんだ」


風魔一族は、感情がない。希薄ではなく、完全に無い。その証拠が、白髪。

常磐に少しだけ聞いたことがある。
過酷な訓練と、それから絶対的な絶望。それを与えられるうちに、瞳から光は抜け、髪色は白くなる。もともとは黒髪が多い一族らしいけれど、それを知るのは身内とごく一部の部外者のみ。一族の中で婚姻統制が行われることも多く、恋愛なんて無いに等しい。

絶対的な絶望とやらの内容は怖くて聞いていない。オレは痛々しいのは嫌いだし、グロテスクなのも嫌だ。


「でも、常磐は一房緑だった。一人前じゃないってこと?」

「あぁ、あれはね…一人前になった後で、色が戻ったらしいよ」


本当か嘘かは知らないけれど、例の常磐のお気に入りちゃんが感情を取り戻させてしまったらしい。だから常磐とオレの関係もちゃんと続いているというわけだ。感情が完全に無い人と付き合っていけるわけがない。常磐は少しだけれど、他の風魔よりも感情の振り幅が大きい。
無だった感情を有に変えたのがお気に入りちゃんだそうだ。それ以来、常磐の人生は変わったことだろう。知らなかった感情を1つ覚えるだけでも世界は変わって見える。それは我が家に務める芸子さんたちを見ていれば分かることだ。
客であったはずの男に惚れて出て行くのを見送ると、その芸子がいかに幸せで満ち足りているかが分かる。お気に入りちゃんの話をする時の常磐は、そういう時の芸子に似ているのだ。


「オレにも見つかるといいんだけどね」


新しい感情を、教えてくれる相手が。
所謂、運命の人だとか、赤い糸で結ばれた相手とかいうやつだ。


「そっか。常磐は大事な人が居るのか…羨ましい」


浅葱ちゃんの小さな声は、妙に屋敷の中へ響いたように感じた。
昼間の静かな屋敷の中へ、すっと通る声。揺れる空気。一瞬、彼女が大人なんじゃないかと錯覚するような憂いを帯びた声。我が家で一番の歌い手よりもよほど可愛らしく色っぽい声だったように思った。
美しいとかそんなものじゃない。麗しい。


「決めたよ」


オレはすこし腰を折って浅葱ちゃんと視線をあわせると、その綺麗な瞳を覗きこんで言った。


「オレが浅葱ちゃんの芸名を決めてあげる。」

「芸名?」

「そう。ここはね、女の人が歌や楽器、踊りでお金をもらう場所だ。そこで使う芸名。浅葱ちゃんだけの、新しい名前だ」

「名前…!ありがとう、千草!」


満面の笑みで呼ばれた名前は、やはり凛としていてオレの心が波打ったような気がした。
女社会の妓楼で生き抜く術をきちんと教えてあげなくちゃ、このオレが。

後から思い返すと、この時感じた保護欲とやらは、「新しい感情」だったのではないかと思う。













終。

















2014/09/19 今昔

2014年9月10日水曜日

【仮想百鬼夜行】犬神奇譚 第00話 犬神

その昔、人は神を信じ、妖かしを信じて生きていた。

文明開化とともに妖かしが忘れ去られた日本でも、時折妖かしは人々に訴えかけた。しかし、信仰の薄れは「見える者」の現象をもたらし、妖かしが話しかけようとも誰も見向きもしなくなる。
妖かしは恐れた。人々が自分たちを見なくなることで、自分たちの存在が消えてしまうのではないかと。

そして妖かしは願うのだ。空に、海に、大地に、神々に。

「どうか、忘れないで」と。







【 仮想百鬼夜行 犬神奇譚 】







その日は誕生日だった。ちょうど幼稚園の年中さんで、ミヤは幼稚園から集団下校で帰ってきていた。誕生日であるはずなのに、誰にも祝われず、いつものように同じ方向へ帰る他の皆とは少し離れて歩く。
9月になった途端に涼しくなったように感じていたが、実際のところ気温はまだまだ30度近くあり、空には真夏ほどではないが入道雲が浮かんでいる。あの入道雲も一人で旅をしているのかと思うと、ミヤは親近感がわいた。同い年くらいの子から言われる暴言も、それから近所の大人たちに言われる余所余所しい台詞も、特に寂しいとは思わないが、あの入道雲は寂しそうだ。

ミヤの家は「狗谷」という苗字で、近所では少しばかり有名な家だった。
苗字にもある通りに、犬と使った妖術や呪術を扱う家柄だったらしいのだが、幾代も前の当主が術に失敗して以降は犬神に支配されているというのだ。所謂、呪われた一族というやつで、ご近所から忌み嫌われるには十分すぎるものだった。
もちろん小さい頃からそれを側で見聞きしているミヤは、相手を怖がらせないように知り合いには極力近寄らないし、大人の言うことは全てきちんと聞くようにしていた。両親はそういった妖かし----つまり妖怪を見ることが出来ないが、何故かミヤはばっちりと見えてしまうし触れてしまう。
見える見えないに関わらず、妖怪というものは人間に危害を加える。そういった妖怪たちからこっそりと知り合いを守ることが今自分に出来る精一杯であると自覚していた。

集団下校の輪から外れて自宅の門をくぐると、祖父母が出迎えてくれた。両親よりも祖父母の方が力が強く、ミヤはさらにその上をいく。そのせいか、術師であったことを誇りにしている祖父母はミヤにとても甘かった。


「おかえり、ミヤ。誕生日だからお祝いを用意してあるんだよ」

「…ただいま」


祖父母のことが大好きなミヤにも、今日の二人の笑顔がおかしいことはよく分かった。なんだかいつものような、暖かく優しい笑顔ではないのだ。かといって逆らう気にもなれないので、大人しくついていく他に選択肢はない。
居間で食事でもするのかと思えば、ミヤの祖父母はどんどんと廊下を進んでいき、居間を通り過ぎ、古く大きな家の中を移動する。季節のせいなのかやけに冷たい風が吹き抜けた。


「さぁ、お入り」


玄関から一番遠い部屋の障子を開くと、ミヤはどんと背中を押されて室内に転がり込んだ。打ち付けた体の痛みをこらえて起きあがると、部屋の中には半紙が敷き詰められ、その上には大きな円形とミヤにはよく見慣れた文字が書き連ねられている。
人目でわかる。これは良くないものだと。全身がビリビリと痺れて、今すぐここから逃げ出すべきだと本能が告げている。廊下から冷たい風が吹き込んできた。


「早く、その中に入りなさい」

「誕生日というのはね、お前の妖力が強まる時なんだよ。お前が犬神様を降ろせれば、我が家はまた栄えるだろうよ。」


描かれた模様の恐怖で動けずに居ると、背中をもう一度どんと押された。円陣の中に押し倒されると、祖父母がなにやら聞き取れないくらい小さい声でブツブツと何かを唱えるのが聞こえた。
祖父母の呪文が進むにつれて、心臓がギリギリと痛み出す。まるで何かに寿命を吸い取られているかのような痛みに、ミヤは蹲って顔を隠した。

ミヤは、祖父母が何をしようとしているのか、考える前に理解した。
彼らはミヤを供物として捧げることで、何か妖かしを呼びだそうとしているのだ。

幼い頃から祖父母には「お前には力があるんだよ」と教えこまれ、記憶にある一番古い思い出も何かの妖かしを封印した光景であるくらい。ミヤの人生は祖父母と妖かしだけでうめつくされている。
今足元で輝く円陣が召喚術のものであることは考えずとも分かることだ。


「あたし、まだ死にたくない…」

「何を言うんだい、ミヤ。お前は犬神様の元へ行くだけで、死んだりはしない」


祖父の目は怪しく鈍い色を灯すばかりで、ミヤを見ているようでどこか別の場所を見ている。きっと祖父は理解していないのだ、犬神を召喚するための供物が死ぬということを。供物と死ぬことをイコールで結べていないのだ。

そこからのミヤの頭は信じがたい程早く回り始めた。
円陣の一部を消そうと必死で足蹴にし、いつも首から下げているお守りを引っ張りだした。ミヤの目の前に居るのは大好きな祖父母ではなく、ミヤの命を狙うただの妖術師でしかない。


「天霊霊地霊霊十二神将急急如律令!」


ミヤは首から下げていたお守りを握りしめると、何も考えず、ただ声と持てる力の限りに叫んだ。

結局破綻させられなかった円陣が、カッと光を放った。それから後頭部の辺りにコンニャクでも乗せられたかのような気持ち悪さを感じ、とっさにそこを庇おうと手を首に伸ばす。ところがその手は自分の後頭部ではなく、誰かの手に握りしめられてしまった。
眩しい程光る円陣の中からでも、光の外に居る祖父母の驚愕の表情が見て取れた。つまり、今ミヤの背後に居るのは祖父母ではない何者かということだ。背筋がゾクリと震えた。


「おいジジババ共。貴様ら、こんな小娘を相手に何をしようとしていた?」


ミヤのすぐ後ろで、男性の声がした。地を這うような低い声に祖父母は恐怖しているようだったが、ミヤにはとても心地よいもので、握られた手をそっと握り返した。
祖父母は何やら強いだの長(おさ)だのとよく分からないことを細々とつぶやき、そして尻もちをついて座り込んでしまった。ミヤを助ける気は全くないようで、寂しくもあるがそこそこ力のある祖父母をここまで驚かせた相手というものが気になった。
そっと首だけで振り返ると、緑色の着物を身にまとった青年が居た。ただ、ゆらゆらと揺れている尻尾と、少しだけ尖って髪の毛と同じ色の毛が生えた耳が人間ではないと物語っていた。

人間よりも尖った爪、鋭い八重歯、フサフサの耳と尻尾。
祖父母の持っている書物で見たことがあった。彼がきっと、


「犬神様…?」


小さく呟くと、真っ白な髪の毛の間から覗く常磐緑色の瞳がこちらを捉えた。
握られていた手がぐっと上に引かれ、トンと器用に立たされる。犬神の彼はミヤから見るととても背が高く、彼のお腹の辺りにミヤの頭がある。


「ミヤ、俺はお前の呼びかけに応えた者だ。」

「私の名前…なんで……?」

「俺は常磐。ミヤをずっと知っている。お前が産まれる前からずっと、訳あってこの家に居たからな。」


常磐と名乗った彼が酷く大切そうにミヤの名前を呼ぶものだから、ちょっとした疑問などすぐにどうでも良くなってしまった。彼は何故ミヤの唱えた呪文に答えて召喚されたのか、何故この家にずっと居たのか。そんなことは後回しだ。
常磐はミヤを抱き上げると、祖父母に向かって冷たく言い放った。


「このような年端も行かぬ娘に妖かし払いをさせ、あまつさえ生贄として犬神にくれてやるだと?それほどまでに名声が欲しかったのか?」

「め、滅相もない……」

「そうか、富と名声に興味がないのなら、何故ミヤに妖かしを払わせる?何故妖かしを殺めさせる?ミヤは今、俺の主だ。これ以上この子の手を汚すようなことがあるのなら、俺はお前たちを容赦なく食う。」


何か冷たい空気が、常磐から祖父母の方へと流れていった。今日帰宅してからずっと感じていたその冷たい何かが、彼が怒っている証拠なのだとミヤはようやく気づくことができた。
常磐はすっかり立ち上がれなくなってしまった祖父母たちを一瞥すると、ミヤの額に唇を落としてから部屋を出た。円陣が放っていた光は常磐の後を追うように部屋から出てくると、全て彼の体に収まって消える。本当に訳の分からない誕生日だ。


「常磐さん、常磐さん」

「『さん』は不要だ。『常磐』で良いと先ほども言ったはずだが」

「では常磐、そろそろ降ろして」

「それは無理な相談だ」


ケチだと言えば、抱っこもさせてくれないなんてミヤの方がケチだと返される。祖父母はどうするのだと聞けば、お前が気にすることではないと、頭を撫でながら返される。
彼はきっと、とても力のある妖かしなのだろうとミヤは納得した。ミヤの頭の中に祖父母があの部屋に居ることは分かっていても、助けようという気持ちが古くなった風船のようにしぼんでいくからだ。触れられた頭から、何か妖術を使われたのだろう。
それが何なのか自分で見ようとしても何も分からず、ともかくミヤに危害を加える様子のない常磐に従っておこうと、ミヤはそう心に決めた。







 ◇ ◇ ◇






「これは面白いことになった。」


狗谷の家から少し離れたマンションの廊下で、スーツ姿の女性が望遠鏡を覗いていた。ふんわりと広がる水色の髪の毛と、纏う妖艶な空気。そして何より強い妖気を放っているその様子から、見る者が見れば妖狐が人間に化けた姿だとよくよく分かったことだろう。


「まさかあの常磐が人間に取り憑くとは…。」


妖狐はポケットからはみ出た「Reina」と模られたストラップを引っ張ると携帯を取り出し、その日付と時間を確認した。

最近、この辺りでも力のある大きな妖かしたちが立て続けに封印された。それだけであれば、妖かしたちはお互いに強力して人間に立ち向かおうとしただろう。今回それをせず、人間を化かすのが得意な麗奈が調査をしにきたのは、封じた払い人がまだ小学校にも上がっていない子供だという話を聞いたからだ。

妖怪と言えば子供の生き肝を食らうようなイメージが根付いていることは麗奈も知っているが、実際のところは妖怪も近代化が進んでおり、自分から問題を起こそうとする妖かしは極稀だ。もちろん、ちょっとした悪戯をしかける輩はとても多いが、今回のように子供相手では手の出し方に悩んでしまうくらいには、人間の世界に馴染んでいる。
こうして馴染んできた理由の1つには、見えるものが減ったということがあるかもしれない。妖怪や幽霊の存在を信じていなければ、見えていても気のせいにしてしまう。人間とはそういう生き物だ。


「ともかく、常磐が召喚されたのならもう大丈夫でしょうね」


常磐が取り憑いた少女、狗谷ミヤ。それが麗奈の調べていた払い人の正体だ。
まだ6歳になるくらいの少女に大量の妖かしを封印させて、式として利用する。場合によっては他の術師に売りさばく。そんな術師の間でも決して笑顔では迎え入れられないであろうことを行っていた老夫婦は、今さっき常磐によって自宅の離れに閉じ込められた。
あの家にまだ残っているであろう封じられた妖かしたちも、じきに外へ出されるに違いない。

ようやく観察任務も終わりかと小さく伸びをすると、足元へ一匹の猫が駆けてきた。揺れる尻尾は根元から綺麗に2本に割れており、見慣れた体の柄に麗奈は小さく微笑んだ。


「どうしました、海里(かいり)。こんなところまで来るなんて珍しいじゃありませんか」


猫は廊下の手すりにひょいと飛び乗ると、ポンと小さな音と少しの煙をあげて人間の姿へと化けた。黒いズボンと紫色のワイシャツ姿は、ここ数年のお気に入りらしい。麗奈が覚えている限り、会う度にこの姿をしている気がする。


「ちょっと常磐が気になってね」

「あれのことは嫌いじゃなかったの?」

「嫌いだけど、どんな人間に取り憑いたのかなって。見逃したけど」


海里はそれだけ言うと、また猫の姿に戻ってどこかへ走り去っていった。おおかた、ここに用事はなく、麗奈を見つけて挨拶がてらやってきてくれただけだったのだろう。
麗奈もまた、携帯を仕舞ってもう一度伸びをすると、自分の主に報告をスべく妖狐の姿に戻って空へと舞った。この季節にしては湿った空気だった。














終。