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2015年4月3日金曜日

【仮想大江戸】番外編 親世代編05「騒然たる一族」

絢音は檜皮に任務でも身に付ける忍び装束を着せて、少し伸びていた後ろ髪を丁寧に結って綺麗な紐で飾り付けた。全く忍びらしくない感じにはなったが、せっかくの挨拶なのだからこれくらいしても許されるだろう。


「なんだか息子が結婚するような気持ちだわ」

「絢音様、まだそんなお歳ではないでしょう…」


茶目っ気を出して言ってみれば呆れたように返した檜皮に、絢音はぽんと肩をたたいて準備が整ったことを伝えた。
今日を限りに、檜皮は桑染家の養子になる。秋口の収穫が終わったこの時期、年末の慌ただしさがやってくる合間を縫って必要な手続きを済ませなくてはならない。風間家の人間ではないので準備も手伝う必要はないのだが、絢音は檜皮を我が子か弟のように思っていることは変わりなかったので、今日の支度と引率を引き受けた。


「檜皮が私の子供のように大切な存在だということよ」

「ありが…とう、ございます。……僕も、桑染の家で頑張ります。ので、1つだけお願いできませんか?」

「どうしたの?」

「お腹の子が産まれたら、またお祝いさせてください」


絢音はとんでもないお願いをされたらどうしようかと思っていたが、頬が緩むようなお願いに、思わず檜皮をぎゅっとだきしめた。同じ里の中に居るのだから会えなくなるわけではないし、なにより風間家と関わりの深い家へと養子に入るのだ。
何を心配するのだと自分でも分かっているのだが、どうしてか涙腺が緩んでしまいそうになる。


「大丈夫よ、きっと千歳もお腹の子も、檜皮と朽葉を兄だと思ってるわ。何があってもなくても、顔を見せに来て頂戴ね」

「はい、絢音様」





【 仮想大江戸 お伽話 親世代編05「騒然たる一族」 】





木賊と絢音が付き添って桑染家へ行くことが決まると、やはり朽葉は千歳の面倒を見るのだと言って先代と共に留守番を申し出てくれた。彼らに千歳を任せると、絢音も身支度を済ませて玄関先へと赴いた。
既に庭先へ出ているかと思っていたが、檜皮はなにやら土間でおろおろとしており、庭先から木賊が苦笑いしてこちらを見ているのが見えた。絢音にも大方予想はついたが、こればかりは双子の問題だと口出しするのはやめて無言で靴を履く。
今朝から、朽葉はろくに檜皮と口を聞いていない。朽葉の様子を見るに、別に檜皮を悪く思ってのことではないようなので、なおのこと絢音と木賊は口出しが出来ないでいたのだ。ついに出かけるという時になって、檜皮も我慢が出来なくなったのだろう。


「あの、絢音様…朽葉は……」

「朽葉なら、居間で千歳を見てくれているわよ」


檜皮は途端にソワソワと居間へ続く襖を見つめはじめ、絢音は少し可哀想かとも思いながら木賊の隣へ移動した。木賊も二人の様子は気になっているようで、絢音と同じように玄関先を覗きこんでいる。
古い屋敷であることもあって、玄関先といってもかなり広めだ。それこそ家というよりも屋敷と言った方が良い広さは、一色家のそれよりも広いだろう。その広い玄関を隅々まで響かせるように、朽葉の声が響いてきた。


「檜皮はいい加減にしてよ!」


一瞬絢音も木賊も喧嘩かと身構えたのだが、続けて朽葉の言った言葉に頬が緩んだ。


「僕が檜皮を嫌いになるはずないでしょ!どこにいっても兄弟だよ!」

「でも、公的には他人に……」

「馬鹿!そんなの関係ないだろ!公的にはいつか上司と部下だ、関係ない人間になるわけじゃない!そんなにウジウジしてたら長にも絢音様にも申し訳ないだろ!男ならしゃきっとしろよ、くそ兄貴!」


しばらくすると中からグズグズと泣いているような声が聞こえ、絢音はなんだか笑ってしまった。絢音と年齢が大きく離れているわけではないが、彼らにとってお互いはかけがえのない存在だ。絢音から見た樹音のような存在だろう。
そんな大切な存在と気持ち以外のわかりやすいもので繋がっていたいと思うのは当然なのかもしれない。木賊が玄関先に入っていくと、檜皮はなにか言われて納得したようで、二人揃って穏やかな顔で戻ってきた。


「檜皮に何を仰ったんです?」

「男同士の約束だ。檜皮、忘れるでないぞ」

「はい!」


妙にいきいきとしている男二人と共に染家へ連れて行くと、門前で桑染の当主が迎えてくれた。自分の子供が女児ばかりなのは可愛くて良いが、婿を迎えて跡取りにするには不安がある。そこで、信頼のおける木賊が育てたと言っても過言ではない檜皮を、ということだったようで、当主自身も檜皮を大層気に入ってくれているようだった。
桑染の当主に迎えられて3人で邸宅へ上がると、早速義理の親子として契りを結ぶための杯が用意された。女でかつ妊婦であった絢音は部屋の外で待とうとしたが、当主にそんな古い風習に従う必要はないと、招き入れてくれた。

漆塗りの綺麗だが小さな杯に酒が注がれ、互いに飲み交わすと最後は盃を割る。その盃は処分せずに木箱に入れて保管するのだそうだ。絢音は初めて見るその静粛な空気に気圧されながらも、檜皮が正式に桑染の者となったことを嬉しく思った。
これから彼は思う存分に自分の能力を発揮して活躍することだろう。いつかは誰かお嫁をもらって子供も産まれるだろうし、男の子でも女の子でも祝福したい。尺ほどの細長い木に桑染としての名前を書いてもらい嬉しそうに受け取った檜皮を見て、絢音はそう思うのだった。

そしてこの日から、錦檜皮は桑染一真となった。





 ◇ ◇ ◇





樹音は大学が終わった後の手習いからまっすぐ自宅へ帰ってくると、自分の部屋へとかばんを置きに行った。8畳ほどの和室が左右に分かれていて、入って左手が濃い青色で統一された自分のスペース。右側は小豆色を中心にした絢音のスペースだ。
2年ほど前に風魔一族へと嫁いでいった絢音は、今はもう連絡を取る方法さえ分からない。両親は何やら神妙な顔で「詮索するな」と言っていたが、それに納得しろというのも無理な話である。更には風魔の一族へ嫁いだことは他言無用と口止めされたため、誰かに愚痴るということすら出来ない状況だ。これではストレスも貯まるというもの、将来円形ハゲにでもなったら両親はどうしてくれるのだろうか。

昔から、絢音と樹音は姉妹だからと言って様々なことで比較され、そしてお揃いにされてきた。絢音が薙刀を習い始めたら、せっかくだから樹音もと。樹音が気に入った柄の生地を見つければ、せっかくだから絢音も新しい着物を。といった風に、何かにつけてお揃いにしたがる大人は多い。
そしてお揃いにしたうえで、どちらが優れているのか比べたがる。


「絢音様は本当にお強い。こう言うのも失礼ですが、女性にしておくには勿体ないほどに身のこなしが素晴らしい。」

「体の使い方を分かっているのでしょうね、とても良い発声です。絢音様には今後ともお稽古を続けていただきたいとお伝え下さい」


小さい頃は習い事から帰宅するとき、先生である大人がお迎えの執事に言うのはいつも絢音のことだった。樹音は自分には才能が無いのだと思い、早々に薙刀と雅楽のお稽古はやめてしまった。すると今度は両親から塾へ通うように言われるのだ。
その頃からだった。今まで習い事というのは所謂実技的なものばかりだったが、はじめて座学に触れ、樹音は驚いた。


「どの教科もまんべんなく成績がよいのですが、特に数学において、樹音様は塾の中でも秀でておりまして」


はじめて大人に褒められた。お迎えの時に、絢音ではなく樹音が褒められたのだ。少しだけ誇らしくて絢音を見れば、絢音は思ったよりもショックを受けていない様子だったのが幼い頃の記憶に強く残っている。
樹音はそのときのことを思いだすと盛大なため息をついてベッドに横になった。


「絢音のばか。」


いつもこうやって樹音の先を行ってしまうのだ。普通の姉妹なら寂しがるだろうこの状況も、比較対象がいなくなったことに対する安心感しか感じられない。そんな自分が腹立たしくもあり、頭の中がごちゃごちゃと片付かない。
だいたい、どうして好きでも無い相手にお嫁に行くと言えたのか、樹音には全く理解出来ない。

あの風魔の忍びに誘拐された後、樹音が一人で待っていると何故か一色の家の人間が迎えに来た。そしてそこからまた車で帰宅したのだが、その時に絢音は一緒ではなかった。樹音が「絢音は嫁いだ」と知ったのは帰宅した翌日のことだった。
絢音だけ呼び出された後に何があったのかは分からない。けれどきっと、絢音が家を飛び出していくような何かがあったのだろう、興味をそそられる何かが。


「こーら、夕飯が出来てるんだからそんな格好してないで早くおいで」

「きゃぁ!?」


突如ドアから聞こえた声に、樹音は跳ね起きるようにしてベッドの上に座った。絢音のベッドと違いロフトにはなっていなかったのが幸いだ、頭を打たずにすんだ。


「征一郎さん!レディの部屋に突然入ってくるだなんて!」


樹音が起き上がって文句を言うと、予想通りに穏やかな顔つきの男性がドアを開けた状態で立っていた。今日は仕事でもあったのだろうか、ワイシャツにベスト、タイをつけている。胸元に施された刺繍は七色の家の家紋であり、一族絡みの正式な仕事をしてきのだろうことが伺えた。
七色の家の長男で征一郎、絢音は征さんと呼んでいたが樹音は恐れ多くて、小さいころからずっと「征一郎さん」の呼び方をしている。


「レディとして扱ってほしいのなら、家族揃っての夕飯に遅れない方が良いんじゃないかな?」

「えっ、もうそんな時間…あぁ、ごめんなさい。すぐに向かいます」

「待ってるよ。今日はオレも一緒だから、とびきり可愛くしておいで」

「征一郎さんったら!」


可愛らしくウインクを残して去っていった征一郎に、樹音は枕元にあったクッションを投げつけたくなった。
征一郎は、一色家が幅を利かせるこの界隈でも有名な重工業を営む会社の取締役だ。身内ばかりで関連会社の上席を埋めているものだから、中間職の人間からの評価はとても悪いと聞いている。それでも彼が会社を継ぐと決めたのは、すこしでも環境を改善していきたいからだと聞いた。
樹音はそんな征一郎のことをとても好いていたし、何より征一郎もこちらのことをよく気にかけてくれている。それが嬉しくて、いつかはああいう人と一緒になりたいものだと心から思っていた。一族のために頑張ることが誇りであり、自分の役目なのだと。
それなのに絢音は一族を飛び出した。そして両親もそれを容認している。理解が出来なかった。

樹音がリビングへ入っていくと、既に夕食の用意が整っていてテーブルの片側には両親が、その反対側には征一郎が腰掛けていて、樹音は慌てて謝罪をすると席についた。


「樹音さん、絢音さんが居なくて不都合を感じるのも分かりますが、夕飯に遅れるのはいけませんよ」

「すみません、お母さん」

「まぁまぁ、今までずっと二人で1つと扱われていたんです。突然絢音ちゃんが居なくなって戸惑うのも仕方がありません。」

「それにしても、もうすぐ二年も経つのですよ?少しは慣れてもらわなくては」


征一郎になだめられた母親はそれだけで納得したのか、他には何も言わずに食事を促した。父親もそんな母親の様子は当然だと思っているようで、特に何か言ってくることはない。他の誰が言っても意味をなさないのに、征一郎だけは両親に影響力を持っている。それも樹音が憧れる理由なのだろうなと自分自身でも感じた。
その後の夕食も穏やかに終わり、給仕が食後のワインを両親と征一郎に、樹音にはりんごジュースを持ってきてくれた頃だった。デザートのゼリーは美味しくて、樹音は満足して気が緩んでいた。


「ところで、あの話をしても良いでしょうか?」


征一郎が切りだすと、父親が嬉しそうに笑って頷いた。何か良い事業でもあるのだろうかと樹音が様子を伺っていると、征一郎は懐から手のひらに収まるような小さな箱を取り出した。それはベルベットのような生地で装飾された紺色のケースで、樹音がきょとんとしていると征一郎は箱を開いた。
箱から顔を出したのは可愛らしい宝石のあしらわれた指輪で、樹音はそこでようやく箱の存在を理解した。ドラマや何かでよく見るあの箱が、まさか自分に差し出されるとは思っていなかったために、まったく予想できなかったのだ。


「樹音、オレと結婚してください。後悔はさせない…多分。」


仕事中とはまた違う雰囲気の凛々しい表情で言ったかと思うと、最後にいつもの優しい顔で付け加えられ、樹音も一緒になって微笑んでしまった。この人は本当にこちらのことを分かってくれている。格式張ったことは嫌いではないが、それでも結婚は個人のこと。一族やら何やらの政治がらみも大切だが、こうやってただの個人として言ってもらいたい。そんな気持ちを察してくれたのだろう。
絢音が風魔の里へ嫁いでから一年と少し。その寂しさが少しだけ和らいだような気がして、樹音は笑顔で了承の返事をした。


「これで我が家も跡取りに困りませんわね、あなた。樹音さん、元気な子を産んでもらわなくては…」

「お母様、気が早いです」

「早いものですか。絢音さんからの手紙が届いたのだけれど、二人目の子供を授かってるそうよ」

「えっ!?絢音ってば、子供が居たの…?」


樹音は危うくテーブルに両手を叩きつけそうになりながら問い返した。絢音といえば、いくら複雑な事情があるのだろうと察せられる状況とはいえ、手紙の1つも寄越したことはなかったのだ。それなのにようやく手紙が来たと思ったら樹音には1枚も届かず、母親にだけ、それも出産という重大なことを事後報告したというのだ。
なんだか小さい頃のように負けたような気がしたし、今まで仲良く育っていたのを裏切られたような気がした。自分たちはまだ学生だったのだ。そして樹音は今もまだ学生で、ようやく成人しようとしているところなのに、絢音は一足飛びどころか何足も飛ばした先に行ってしまったのだ。


「ま、負けた気がする…」

「あら、今どき15で嫁へ、3年子無しはーなんて言う家柄は無いわよ。樹音さんは目一杯学生生活を楽しんでから子供を作れば良いわ。もちろん、征一郎くんの希望も聞かなくちゃならないけれどね」

「オレは、樹音さんの希望に合わせますよ。」


征一郎からのプロポーズも嬉しいはずなのに、なぜだかモヤっとしたものが胸のなかに渦巻いてしまい、樹音は笑顔を保つのに必死になってしまった。両親にそのいらだちのようななにかがバレてしまわないか心配だったが、それよりもせっかくのプロポーズを台無しにしてしまったような気がして、征一郎への罪悪感で押しつぶされそうだった。
その後は、征一郎と父親とが入籍の日にちやら挙式の日にちを話し合っていたが、樹音の耳を素通りしいくだけだった。

次の週末になると、征一郎からデートのお誘いがあった。特に断る理由もなければ、まして婚約してから最初のお誘いを蹴るなんて失礼なことをできるはずもなく、樹音は出来る限り可愛らしい格好をして待ち合わせの場所へと向かった。
まずは定番の映画でしょうと言っていた征一郎は、待ち合わせの10分前に樹音が玄関先へ向かうと、ちょうど迎えにやってきたところだった。本当は映画館もある街中で待ち合わせてもよかったのだが、それは男としてありえないことらしい。樹音は特に男性と交際した経験はなかったが、周囲の友人たちの話を聞く限りでは、征一郎のこの行動はかなりデキる方のはずだ。
言われるがままに征一郎の運転する車にのせられて街中へと出てくると、休日のためか歩道も車道も賑をみせていた。人混みは苦手ではないが、流石にこの中へ飛び込んでいくのは気が引けるほどだ。


「そういえば言い忘れていたけど、そのワンピース初めて見るな。可愛いよ」

「おはようございます、征一郎さん。征一郎さんも相変わらず格好良いわよ」

「ありがとう、可愛いレディに言われると、なんだか嬉しくなるね」


こういう時、絢音ならば「はいはい、お世辞ご苦労様ですこと」だなんて言って、軽く流せてしまうのだろう。けれど想像の中の絢音とは真逆に真っ赤になっていく自分の頬を自覚して、樹音はまた悔しいような恥ずかしいような気持ちになった。


「また絢音さんのことかい?いくら姉妹とはいえ、嫉妬してしまうなぁ」

「ご、ごめんなさい!そう、あのね、映画見る前にポップコーンが買いたいの」


我ながら雑な返しであることを自覚しながら言った時、前方から大きな音と共に風が吹いてきた。言うならば鍋の蓋を50ほど床に叩きつけたのを何倍にもしたような音と、土を巻き上げてくる風だった。


「なに…?」


信号待ちで止まっていた征一郎の車も、わずかながら風に揺れた。
何が起きたのか分からずじっとしていると、征一郎は窓を開けて軽く外へ頭を出して前方を見やった。ハンドルを握ったままだった左手にぎゅっと力が込められ、樹音にも何かよくないことが起きたのだろうということは分かった。


「まずいな…こんな昼間の街中で何をやってるんだ、連中は…」

「どうしたんですか?」

「風魔の忍者が防衛戦をしてる」

「えっ?」


言うと征一郎はエンジンを止めて社外へと飛び出した。樹音はとりあえずシートベルトを外し、いつ何が起きても良いようにとバックをぎゅっと握りしめて征一郎を見守るしかない。
征一郎は羽織っていた私服のジャケットを脱ぐと、代わりに後部座席から七色と一色の家紋が入ったスーツを羽織り、手をメガホンのようにして叫んだ。


「皆さん!落ち着いてください、この区画は七色の防衛管轄区です。すみやかに駐車し、歩いて移動を開始してください!」


樹音はその言葉を聞くと居ても立ってもいられなくなり、車の外へと飛び出した。
途端目に飛び込んできたのは、銃を乱射し、砲弾で建物を壊し、人々を刃物で脅している黒装束の団体だった。前方からは女性や子供の泣き叫ぶ声が聞こえ、車で移動していた人々もそれに気づいたらしく樹音たちの進行方向とは逆へと引き返していく。車で引き返す人たちと走って逃げる人たちとで、車道も歩道も阿鼻叫喚としか例えられない状況だ。


「樹音さん、君も逃げて。申し訳ないけどオレじゃぁ君を守れない」

「征一郎さんは?」

「オレはこの都市を守る七色重工の取締役だ。軍事関連の知識もある。あいつらは恐らく伊賀か甲賀の忍だろう。防戦しているのは風魔一族のはずだ。そういう取り決めになっているから…」

「取り決め?」


樹音はふと、絢音を置き去りにしてしまったあの日のことを思い出した。もしかして、と思う気持ちと、気にしすぎだと思う気持ちとがグルグルと頭の中を駆け巡る。
訳がわからないと叫びたくなった時、征一郎の車の上に何かが2つ落ちる音がした。トンという軽い音に、屋根は凹んでないなと場違いなことさえ考えてしまうほど、その音は自然と耳に馴染んだ。


「お前が七色征一郎か」


びっくりするほど低く良く響く声に、樹音ははっと車の屋根を見上げた。
そこには白髪に緑色の瞳をした30代くらいであろう男性と、白髪に灰色の瞳をした樹音より年下であろう青年が居た。どちらも忍び装束に口元を覆う布をつけていて、男性の方は頭の後ろになにやらお面のようなものが付いている。
征一郎は驚くこともなく彼らを見やると、そうだ、とだけ返事をした。


「俺が風魔小太郎だ。先日からの契約を履行するために来た。」

「頼む。街を防衛してくれ。連中が何を考えているのか分からない。街に定点配備されている銃器の類は使ってくれて構わない」


風魔小太郎と名乗った男性は頷くとお面を付け直した。夏祭りなどで売っているものよりも、少しだけ目元が大きく開いている。恐らくは素顔をばらさないためなのだろうと、樹音は邪推した。


「恩に着る」

「ははっ!忍びの言うセリフじゃないな、それは。まぁ良いよろしく頼む」

「…我々に新しい風を吹き込んだのは絢音だ。あいつの産まれた場所を守る。一真にも良い初遠征だ」

「はい、長。しかし文を届けにきただけのつもりが、かえって都合が良い事態になりました」

「全くだ。絢音の女の勘とやらを信じてみて正解だったようだ」


風魔小太郎はちらりと樹音を見やると、小さく会釈をして去っていった。一真と呼ばれていた青年の方も、後頭部で括った長い髪の毛を靡かせて走りだした。


「あ…」


青年が走りだした時にちらりと視界に入ったのは、絢音が気に入って付けていた髪留めだった。


「樹音さん、オレたちは引くよ。」


風魔小太郎が言った言葉と青年の髪留めと、よく分からないことが多すぎて混乱しながらも、樹音は征一郎に手を引かれてどうにか避難場所へと辿り着くことができたのだった。
後日、新聞にも取り上げられたのだが、伊賀忍者の遠江(とおとうみ)襲撃は誰か特定の人間を殺すためだったらしい。それにしても忍びらしからぬ行動にマスコミは騒ぎ、風魔によって守られた樹音たちは表立って報道はされないものの、彼らに感謝するものが多かった。









終。






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2015/04/03 今昔
登場人物がややこしくなってきたので、じきにwikiの方更新します。
ネタバレNGな方は間違っても仮想シリーズのwikiをググらないでくださいm(_ _)m

【仮想大江戸】番外編 親世代編04「清廉なる一族」

よく漫画や何かでは忍びの三大流派が戦うという展開があるが、実際にはそんなことは起きていない。というよりも、今やそれぞれが担当する分野が異なるためにぶつかることも少ないのだと、絢音は木賊にそう聞いた。風魔は嘉萩家の護衛とともに遠江(とおとうみ)から江戸にかけてを守る比較的大きな一族であり、伊賀や甲賀は土地を守りつつも特定の家にはつかず、金や権力になびいている若干の日和見主義だ。

やり方が違うとはいえ、それぞれが上手く一族を守ってきているという伝統とそれに対する誇りがあり、絢音は「一色と周囲の家と、大してやってることは変わらないのね」程度に思っていた。



しょっちゅう家に遊びに来ている錦の双子たちは家事も子供の世話も覚えてしまい、少しくらいならば絢音も目を離しても大丈夫だというほどになっていた。里の人間はあまり互いの子供に手を出したりしないそうだが、錦の母親は外の文化のほうが自然なのだと言って、双子を手伝いにつかってくださいとまで言ってくれていた。絢音も二人のことは弟のように思っていたし、なにより双子が千歳を弟のように思っていたので頼るようにしていた。

木賊も、忍びとしても優秀な二人と仲を持つことは大事だと思っているうえに、純粋に双子のことを自分の家族のようだとも言っていた。



千歳が2歳にろうかという初夏のことだった、絢音が二人目を授かったのと同時に風魔一族へと大きな任務の依頼があった。





「宍戸の護衛?」





絢音は聞き慣れた苗字に顔をしかめて、どんな任務の依頼なのだろうかと珍しく身を乗り出して聞く姿勢になった。

木賊が持って返ってきて気まずそうに言ったのは、「宍戸家の護衛を頼まれた、それも一ヶ月」というものだった。宍戸といえば有名な色街を取り仕切る家で、風魔が護衛する嘉萩家とも多少なり交流がある家だ。嘉萩家の事業が広すぎるせいで、なぜか色街までも運営しているのだが、その色街で一番大きな家から嘉萩家を通してきた依頼なのだそうだ。断りづらい、というよりも嘉萩家の依頼である以上断れないらしい。

もちろん、絢音だって一色家が七色家になにか頼み事をしたら断れない、というように家どうしの繋がりとは恐ろしいものだと把握はしている。ただ、護衛対象が色街に居るとなると話は少しややこしい。





「宍家の護衛っていうことは、色街に入ることになるのかしら?」



「絢音、これは笑顔が怖いというものではないかと思うのだが…」



「気のせいよ、わたくし、怒ってなどいませんもの。ただ、木賊が色街に入るのかと聞きたいだけですわ。構いませんのよ、子供を授かった以上わたくしがお相手出来なくなるのは覆しようのない事実ですものね。」



「ご、誤解だ!確かに色街への潜入はあるが、俺は基本的に宍家の店主付きの男衆として紛れる。何より宍家は男娼妓楼だ。」



「見境がなくなって男性にまで手をだすだなんて」



「信じてくれ…頼む、他の人間に手を出すつもりは毛頭ないんだ……」



「という冗談はさておき」





絢音はひと通り人間らしい反応を返せるようになった木賊を楽しむと、まだ見た目ではまったく分からないお腹をさすって言った。





「その任務の間、どうしようかしら。体調悪くなってもお義父さんは流石に頼れないし…」



「ならば、檜皮と朽葉に頼んだらどうだ。錦の母親も今回の任務に入る、彼らだけでは寂しかろう。」





からかったことは特に気に留めていないのか、木賊はそれだけ言うと錦の家に話をつけてくるといって退室してしまった。











【 仮想大江戸 お伽話 親世代編04「清廉なる一族」 】









数日後、木賊が任務に行くのと入れ違いに朽葉と檜皮が風間家へとやってきた。木賊と錦家との間では「心配だからしばらくは泊まりこむ」ということになっていたようで、少なめではあるが着替えやら何やらの荷物を持ってきていた。絢音が周囲の家の女性たちに「家事を手伝ってもらうのだ」と言うと、「長の子供を産むのだからそれぐらいの待遇は普通だ」と言われた。絢音としては、男を家にあげるなんてと言われかねないと思っていたが、二人に名前を贈ったことが周囲に少しずつ広まったこともあってか、思ったよりも風当たりは弱かった。

朽葉は主に千歳の子守を、檜皮は絢音の家事を手伝ってくれることになった。千歳は比較的穏やかな朽葉に懐いており、檜皮は朽葉に比べれば任務も多かったため絢音についてくれたのだ。二人とも千歳の黒髪が羨ましいと言ってみたり、青い瞳が可愛いと言ってみたり、相変わらず弟以上にかわいがってくれている。





「絢音様、今日は少し…嫌な感じがしませんか?」





木賊たちが宍の護衛についてから三週間が経とうとしていた時だった。

朝から調子が良くないような気がするという双子たちは、昼前に昼食の支度をしている時にもそれを口にした。他人に心配をかけたがらない檜皮がそう言うのはとても気になったが、額に手を当ててみても熱があるような感じではない。





「具体的に、何がどう嫌なのか説明出来そうかしら?」



「それが…嫌な予感がする、としか説明のしようがないのです。千歳も元気だし、僕や朽葉の体調も良好です。なのに…筆舌に尽くしがたい違和感を感じるのです。」



「私にも、姉妹が居るのよ。確かに、二人揃って何か良くないと思った時には、ほんとうに良くないことが起きたわ。今日は何があっても良いように、できるだけこの家から離れないようにしておいてちょうだいね」



「わかりました」





双子とは時折不思議な繋がりを見せる。絢音はお呪いの類が盛んに行われているこの里でなら、なおのこと二人が何か感じ取っているのかもしれないと思ったのだ。現に、里付近に外敵が現れれば森で飼っているトンビやカラスたちが自主的に危険を知らせに里へ来るし、そういう日には朝から里中がピリピリしている。

外敵から里を隠すようなお呪いもしているらしいが、二人がソワソワするということはなにかが起きるのかもしれない。残念ながら絢音はこの里で育っていないためか、そういったことを察する能力はないようなのだ。二人の感じている違和感を信じて、今日は外出しないようにしよう。



そう思っていると、次の日も更に次の日にも、双子は違和感が強くなっていると言った。あげく、千歳もなかなか泣き止まなくなってしまい、先代である木賊の父も体調が万全ではないからと寝室にこもりっきりになってしまった。





「先代様がいらっしゃらないと、食卓がさみしいですね」



「朽葉、仕方がないだろう。先代様の体調が第一だ。なにより、この嫌な感じは里の入り口の方から来ている。長が留守の間は桑染の家が守ってくれているけれど、何かあれば僕や絢音様も何か仕事が降ってくるかもしれない」





双子は絢音の作っただし巻き卵とアジの開きを口に運びながら、いつもより淡々とそういった。絢音も食事をしているのだが、なにやら緊張してしまい味がよく分からない。





「朽葉は任務が来ても断って、千歳と先代様を頼む」



「分かってるよ檜皮。錦の家は母上が任務である以上空っぽだ。ここを守るのが僕らの役目。長が信頼して置いてくださってるんだから、行動で示さなくては」





二人のやりとりをボンヤリと聞きながら、絢音は千歳へ目を落とした。この子にも何か危険を察知するような能力は身につくのだろうか。もし木賊と風魔の誰かとの子供なら身につくはずだった何かが、絢音の血のせいで薄まっていたりしないだろうか。

今まで周囲に言われもしなかったことが、頭の中に浮かんでは消えていく。もちろん、絢音に聞こえないところで多少なり悪口は言われていただろう。それはまぁ良い。本人を目の前にしてい言う度胸もないような人たちが言っていることだ、気にするだけ損だと思っている。





「絢音様?」



「大丈夫ですよ、すみません、食事時にする話ではありませんでした」





双子たちに言われて、絢音は自分の箸が随分と止まっていたことに気づいた。時計の針を見やればかれこれ十五分は固まってしまっていたようで、絢音は二人に大丈夫だから気にするなというと、残っていた食事に手を伸ばした。

その日の夜、予定よりも早くキリが着いたという木賊たちが里へ帰ってきたが、そこに錦の母親の姿はなかった。





錦の双子を女手ひとつで育てていた母親は、任務の最中に亡くなったのだという。

錦家の葬儀は慎ましく行われ、参列者は檜皮と朽葉、それに木賊と桑染家の当主だけだった。他にも数人の女性が参列したいと言ったそうだが、周囲の目があるから辞めておけと木賊によって参列は拒否された。もちろん、その後墓参りに来てくれたら嬉しいとの言葉も添えてだ。

絢音は錦が何故亡くなったのか、詳細を聞くことは出来なかった。朽葉の腕の時と同じで、胎教に悪いと思われているらしい。しかし里の仲ではかなり仲良くしていた女性が亡くなったのにその理由を聞けぬとは、逆にストレスであるようにも思えた。ただ、木賊は朽葉と檜皮に詳細を話して聞かせると、言うべきだと思ったら絢音にも伝えるように言い添えたそうだ。





「絢音様、おはようございます」



「おはよう、檜皮。」





結局、帰る家はあっても待つ人が居なくなった二人は、そのまま絢音の世話をしてくれるということで風間家に住み込んでいる。元より広すぎるほどの家であるし、何より賑やかで良いと先代が言っているため、木賊も賛成しているようだ。

その日も檜皮と絢音が作った朝食を全員が食べ終わると、木賊は席をたつことなくその場に居た絢音と双子を見渡して言った。





「提案がある」





重々しい雰囲気から、何か重大なことを言われる覚悟はしたが、木賊の口から出たのは思いもよらない言葉だった。





「朽葉を我が家の養子に、檜皮を桑染の養子に迎えたいという話が出ている。」



「僕が、あの桑染家へ……養子に、ですか?」





桑染家といえば、里の出入口にあたる部分に家を持ち、女性も身体能力に長けた武闘派の一族だと絢音も聞いたことがあった。代々の長である風間家の次に古く大きな家であり、長の右腕という立場も務める家柄だと。





「桑染は今のところ娘しかいない。檜皮を養子に迎えて跡取りに、ゆくゆくは娘の誰かと子供を、ということなのだろう。檜皮、お前の人生だ。好きに決めたら良い」



「しかし…僕は未熟者で、とても桑染の方々に見合うような者では………」



「ならば返答を保留にするという選択肢もある。長である俺預りの者を養子にと望んでいるんだ。多少の無理は効く。お前がどうしたいか決められるまで保留にするのもありだぞ」





木賊は隣に居た檜皮の頭にぽんと手を載せて撫でた。絢音は二人が自分の子供になるということに違和感はないしむしろ喜ばしいと思えるが、檜皮が桑染の養子に行くことにはすこしばかり懸念があった。

桑染家も、恐らくはより実践任務の経験があり成績も優秀、かつ五体満足な檜皮を養子にほしいと思ったのだろう。しかしこれを檜皮が了承してしまった場合、暗に要らないと言われた朽葉はどう思うだろうか。絢音も樹音と比べられ続けることで生きてきて、それがどういうことか知っている。気が強い絢音よりも穏やかな樹音と見合いを、という大人たちの会話も聞いたことがある。

逆にそれを解消しようと、絢音が朽葉を取るような発言をしてしまえば、檜皮が他所へ追いやられているような気持ちになりかねない。



どちらに何を発言するわけにもいかず、絢音は務めて明るく、さてと!と言って立ち上がった。





「檜皮も朽葉も好きなだけ考えたら良いわ。若い内に思い悩むことは無駄にはならないのよ。木賊も結論は急がないと言っているのだし、時間をかけて解決しましょう。それよりも今解決すべきことは、お茶碗が乾いて洗うのが大変になるということよ!」





言うと、乾いたご飯を茶碗から落とす苦労を知っているからか、檜皮が慌てて返事をして茶碗を寄せ始めた。朽葉も手間になることは駄目だと片付けを手伝いはじめ、絢音と木賊の分も二人で片付けに行ってくれた。

木賊は双子が完全にいなくなるのを見ると、絢音に視線を戻した。余計なことを言ったような気はしたので、食後のお茶を入れて木賊の前に湯のみをおくことでごまかした。





「絢音は、選択したことは後悔していないのか?」



「……何のことを仰りたいのか分かりかねますわ、木賊。」



「しかし…」



「後悔していたら、私は木賊との子供を欲しがったりしませんわよ」





絢音は色々と考えてしまうと暗い気持ちになるだろうと、檜皮たちと一緒に食事の後片付けを済ませると、木賊を散歩に誘った。こちらへ来てから日課になっていた散歩も、千歳を授かってからはあまりできていなかった。久々に一緒に歩きたいと言うと、檜皮と朽葉が気を利かせて先回りし、千歳の子守を買って出てくれた。

二人は久々に外へと並んで出た。私服で並んで居る分には、どこにでも居る普通の夫婦と変わらないと絢音は思っている。蓋を開ければ血筋だのなんだのと様々な話題が飛び出してくるが、二人だけで歩いている時にそんな話題はしたくなかった。



里の奥にある風間家の屋敷から裏手に入ると、獣道を人間が踏み均してできた小さな道がある。そこを山裾にそって歩いて行くのが二人の散歩道で、少しいったところにある池で鳥達を眺めて帰ってくるのが定番だ。暑くなり始めた太陽も適度に茂った木々が遮っており、山道は心地よい天候だ。

まだ安定期に入ったばかりなのだからと、やたら手を貸したがる木賊の腕に自分の腕もしっかり絡めて歩くうち、ろくに会話もしなまま行きの半分ほどの道を来てしまった。





「話すことがなくても、一緒に居ると落ち着くものなのですね、木賊。思った以上に、私は安心してきたのですけれど、木賊はどうかしら」



「絢音が居ればそれで良い。お前や千歳が無事ならばそれが全てだ。こうして共に散歩など、贅沢がすぎるほどだな。まして今は檜皮と朽葉も居る」





木賊ははじめて絢音が出会った時からは考えられないほどに穏やかな顔で微笑んだ。花がほころぶようなとはまた違うが、言うならばまだ誰も足あとを残していない雪原のようだと絢音は思った。静かで起伏がなく穏やかな笑顔は、強く凛々しくと言われ育てられた絢音自身とは正反対のようにも思える。

千歳が生まれ、檜皮や朽葉を成り行きとはいえ引き取るような形となり、そしてお腹には新しく子供も授かった。出会ってからあまりにも忙しなく過ごしてきたが、それは木賊にとって多少なり良い影響があったようだ。

絢音は少しだけ自分に自身が持てたような気がした。改めて周囲を見回せば、新緑は瑞々しく生い茂り、綺麗な緑色のグラデーションを見せている。比較的街中に家があった絢音にはこの景色はあまり馴染みがないものだが、どこか懐かしく波立っていた心が少しずつ穏やかになっていくものだ。





「木賊には、白が似合うわね。雪や兎みたいな白い色が」



「ほう?ならば絢音にはすみれ色だな。」



「まぁ、木賊も千歳も名前は緑なのだけれどね。…ねぇ木賊、この色はなんというのかしら。夏に向かって葉っぱの色がどんどん濃く強くなっているわ。素敵な色」



「日本の色は本当に呼び名が細かいからな。」



「このくらいの色だと、なんて呼ぶのかしら」





木賊は少し考えるような素振りを見せると木々を見上げ、眩しそうに目を細めながら続けた、。





「俺も詳しいわけではないが、常磐緑といったところか」



「本当に木賊は博識ね。まさかちゃんと答えてくれるとは思わなかったわ」





二人はそのままどちらからともなく歩き出し、木々が少し開けた場所でひなたぼっこをし、ぽかぽかと眠気がやってくるまでそこに座っていた。何をするでもなく、飛んできた鳥を眺めたり、流れる雲を見つめるだけの時間は心地が良い。

檜皮と朽葉のことも気になるが、あちらもあちらで二人で考える時間が必要だろう。そう思ってしまうのは放任主義だろうか。母親が亡くなった直後の二人にとんでもない難問を叩きつけている自覚はあるが、木賊とともに日差しを浴びているうちに、彼らの決断とそこから得られる結果をサポートしてみようという気持ちになった。











 ◇ ◇ ◇











檜皮は悩んでいた。

自分たちの母親と絢音が遠縁の親戚であるからという以上に仲が良かったのは側で見て知っていたし、自分たちも絢音のことは第二の母かもしくは姉のように思っている。年齢は10違う程度だが、絢音は頼れるお姉さんであり身の回りの面倒を見てくれる母親だ。そして千歳は自分たちにとって大切な弟であり、来年の年明けに産まれるだろう絢音の次男も自分たちにとっては弟だ。

そのくらい、風間家での暮らしは檜皮にとって馴染みの深いものであり、錦という帰る場所が無くなった今となっては唯一無二の拠り所だ。長である木賊が面倒を見ているということと、里の女性たちから信頼を勝ち得た絢音が言うからと、余所者として扱われることも格段に減った。だからこその養子の申し出なのだろう。





「悩んでる?」





眠ってしまった千歳を撫でながら、朽葉が問うてきた。そっくりそのまま自分と同じ見た目だったはずの弟は、檜皮がどう選択しようとも今と変わらぬ生活を手に入れられるはずだ。風間家の養子になろうとなるまいと、絢音たちは今まで通りに接してくれるだろう。

ところがどうだ。檜皮は風間家に残って養子でもないのに面倒を見てもらうか、長の右腕となるべく桑染の家へと行くのか。どちらを選ぶかで自分が迎えるであろう未来は大きく変わってしまう。弟を羨ましく思う気持ちもあるが、怪我のことも向いている任務のこともある。しょうがないと割りきれてしまうのは、風魔の一員として成人の儀を受けたからだろうか。





「悩まないわけがない。」



「そうだよね。ごめんね、僕ばかり。楽なのはいつも僕のほうで、辛いことはいつも檜皮にいってしまう。怪我をする前から、ずっとこうだ。」



「朽葉のせいじゃない!ただ、僕が決めかねているだけだから。多分、桑染の家に養子へ行ったら、今の名前は捨てることになる。檜皮っていう大事な名前なのに、これは正式なものじゃないから、養子になる時点で新しく名前を着けてもらうことになると思うんだ」



「それが、悩む理由?だったら、心配することないよ。絢音様は必要な時に名乗れば良いって言ってくれた。例え桑染なんとやらって名前ができたとしても、檜皮は檜皮だよ。」





朽葉の言いたいことは、檜皮にもよく分かっていた。絢音があえて正式な手続きを踏まずに名前をくれた理由があるだろうことも、朽葉が檜皮にとって何を選ぶべきか助言したいと思ってくれていることも。姿だけは鏡写しなのに、どうしてこうも中身が違うのだろうと思うほどにしっかり者の朽葉は、檜皮のためにと色々なことを考えてくれているだろう。

檜皮自身も、長としての木賊を立てるためには桑染の養子へ行ったほうが良いのだろうと分かっている。そして養子に行ったとしても、変わらず優しく接してくれるだろうことも。絢音だって同じだ。どこの家の子供であっても手が空いているから面倒を見る、彼女はそういう人なのだ。





「絢音様も長も、多分僕が出世することよりも、正しいことができる人間になることを望んでくれると思う。だからこそ、桑染に養子に行ったほうが良いと思うんだ」



「長がわざわざ選択肢を作ってくれた意味は、分かってるんだよね?」



「多分、僕らを納得させるため。自分の意思で前に進むためだと思う」





言うと、朽葉はにっこりと微笑んでみせた。





「そう思えるなら大丈夫。思ったこと、考えたこと、長と絢音様へ相談してみようよ」





本当に、母親や絢音に似て笑顔をよく浮かべる弟だ。檜皮はなんとなく誇らしくなって、同じように口角を持ち上げてみた。里の人間に比べたら檜皮も笑う方だと自負しているが、弟や絢音には敵わない。できるなら、二人のように心からの笑顔を浮かべられるようになりたいし、将来は長になるであろう可愛い弟、千歳のためにも良き右腕になるために精進しようと思うのだった。

































終。















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2015/03/31 今昔

2015年3月30日月曜日

【仮想大江戸】番外編 親世代編03「錚々たる一族」

風間木賊は人生で二度目の困惑というものをしていた。一度目は言わずもがな、絢音と樹音の拉致依頼から結婚に至った時だ。あの時は後にも先にもこんな衝撃は一度きりだろうと思っていにも関わらず、今こうしてぽかんと口を半開きにしてしまいそうな事態に陥っている。人生には上り下りの坂のみならず、「まさか」というものがあるとは正にこのことである。


「待て、今……なんと…」

「何度でも言いますわよ、絢音様がおめでたです。」





【 仮想大江戸 お伽話 親世代編03「錚々たる一族」 】





身体は男、心は女という医者は絢音の布団を挟んで木賊の反対側に座っており、にこにこと穏やかに微笑んで言い放った。


「産まれるのは、来年の初夏でしょうな。妊婦には辛い時期を冬に迎えるのですから、旦那であり父である若君が支えるのですよ」


季節は秋も終わりに近づき、絢音との散歩も寒さで中断することがあるくらいだ。錦の双子の更に下の子や、それと同じくらいの幼い子供たちは枯れ葉を踏みつけてはパリパリという音を楽しんでいる。大人たちも落葉を掃除するついでに焼き芋やらなにやらと、季節の行事を楽しんでいるだろう。
木賊も仕事着を少し暖かいものに変えたし、絢音も他のくノ一と同じような格好でいることはなくなった。少し前にあった錦双子の弟が怪我をした任務の時には焦ったが、お腹の子が無事だったというのは喜ぶべきことのはずだ。
しかしながら、木賊としてはまさか自分が父になるとは、これぞ「まさか」から転がり落ちるような思いだ。


「ちょうど長としてお父上の後を継がれるうえに、跡取りが産まれるかもしれない。いやぁ、これはおめでたいことですわ!」

「あぁ……ありがとう、礼を言おう」


今日はちょうど木賊も仕事の依頼が入っておらず、いつも以上に気合を入れて昼食を作るのだと張り切っていた絢音は、昼前に台所で倒れてしまった。朝から多少顔色が良くないとは思っていたが、まさか体調不良の原因がこれとは。木賊が手伝いを申し出ようとしたその目の前で突如倒れた時は何事かと思ったが、今の絢音は二人の会話もどこ吹く風ですやすやと眠っている。
いつぞや、錦双子の父親と共に任務にあたった時には、「嫁や子供が元気で家に居てくれるから仕事ができる。必ず生きて戻ろうという気になる」のだと言っていたが、まさにその通りだ。万が一にも今日何か任務の依頼があったとしても、絢音が倒れた原因が分からないままで家を出れたかと聞かれれば、答えに困ってしまう。困窮するということも、絢音がこの家にやってきてから知ったことだ。
いつの間にやら木賊の父であり、明日明後日にも「先代」となるであろう風魔小太郎とも良い関係を築き、里の人間にも溶け込んでいる。絢音が行った努力は推し量ることしかできないが、木賊は今の里の状態が好きだと思えた。絢音が来たことで変化しつつある里の状況が、とても素晴らしいものだと思えた。
もちろん、良いことだと思う木賊のような人間が居ると同時に、先日絢音を蹴り飛ばした男性たちのような変化を受け入れられない人間も居ることはわかりきっている。それをどうにか収束させるのが長となる者の責務であろう。木賊自身の行動によって絢音が暮らしやすくなるのなら、それはとても嬉しいことだ。


「若、まるで里の人間じゃないみたいよ、その顔」


医者の穏やかな声に、木賊は慌てて顔を引き締めた。


「あっはは!そうやって笑顔になったり焦ったり。最初は他所の人間を嫁にするなんて言うから、私たちは一体どうなることやらって思ってたのよ。どうせ上手くいくはずがないってね。」

「…この里の人間であれば、当然の反応だろうな」

「でも、誤解だったみたいね。絢音様、他所の女性たちになんて呼ばれてるか聞きました?お嬢ですって!そりゃもともと良いとこのお嬢様なんだから、立ち振舞が優雅だったりするのは分かるの。でもそれだけじゃお嬢だなんて呼び方にはならないでしょう?」


医者はまるで自分のことのように嬉しそうな顔をして、絢音の方へと視線を落とした。倒れた時よりも幾分は楽そうな顔になった絢音は、これだけ近くで話していても目覚める気配はない。


「きっと、彼女なりに色んな場所で色んな人と話をして、里の内外の違いを否定するんじゃなくて、受け入れて楽しんでいたのね。そして問われれば里の外のことを嫌味にならないように教えるだけの能力もあった。私も実際に、パウンドケーキの作り方を教わったりして。」

「そんなことまでしていたのか。」

「そうよ。若に心配かけまいとして、あまりその日あったことを話そうとしないのかもしれないけど、絢音様は色んなことをしてた。家事で手が離せない母親が多いと知れば、自分がいち早く家事を終えて子どもたちの面倒を見る。それが外では当たり前だったから、って。自分も子供が産まれたら近所の子供たちに遊んでもらいたいから、お互い様なんですって。……だからね、若」


穏やかだった表情のままでこちらを見た医者は、すっと目を細めて言った。


「絢音様は、きっと若が思っている以上に若のことを思っている。あなたのために里に馴染もうとしてる。本当は本人の口から聞くべきなのでしょうけど、絢音様は所謂ツンデレってやつだから」

「ツンデレ?異国の文化か?」

「目覚めたら聞いてみたら良いわ、『お前はツンデレなのか?』って」


妙に楽しそうに笑いながら鎮痛剤と魔除けの呪いを置くと、医者はいつもどおりお金は要らないのだと言って去っていった。後は手伝いに来ている家の者が、必要ならば何か手渡すだろう。
木賊は絢音の頭をそっと撫でると、せっかくの休日なのだから側に居ようと布団に潜り込んで横になった。無意識なのか軽くこちらを向いた絢音の顔から前髪を退ける。まるで里の外の人間のようだと思いながら、木賊は目を閉じた。





 ◇ ◇ ◇





絢音はその冬、特に体調を崩すこともなく順調に大きくなっていくお腹を嬉しく思いながら過ごした。医者には身体を鍛えていて良かったと言われ、その時はじめて無理に薙刀やら体術を習わせていた両親に感謝した。樹音と比較されながらも続けた甲斐があったようだ。
更に、絢音が安定期に入ったからということで、木賊が正式に風魔小太郎を襲名した。絢音は大きくなってきたお腹のことを考えて儀式には参列しなかったが、後から聞いた話では「一族の人間以外が出る行事ではない」と錦双子が言われたそうで、夫の晴れ舞台を拝めなかったのは残念だが胎教には良かったのかもしれない。

春になるころには既に家事をこなすことは難しく、そこは気を利かせた錦双子とその母親が何かと世話をやきにきてくれた。木賊の母が既に居ないということもあってか、もともと里の女性たちは「跡取りの世話ができる!」と意気込んでいたようだ。
子供の存在によってより里の女性たちに馴染んだ頃、ちょうど新緑も青々と茂り空には時折小さな入道雲が浮かぶ初夏。絢音がはじめて抱いた自分の子供は男の子だった。


「名前をお聞かせください!こう見えて書道が得意ですので、ぜひ一枚書かせていただきたいのです!」

「おめでとうございます、長、それに絢音様も。よろしければこちらを使ってください」


新しい長に子供が産まれたこと、しかもそれが男の子であるとなれば、例え里の中と言えども噂好きは女性の特権であることにかわりなく。瞬く間に話は広まり、任務で居ない者を除く多くの女性が我先にとお祝いを述べに来た。流石に身内にも挨拶が済んでいないうえ産後の間もない時期だからと、お祝いを置いていくだけのものがほとんどだったが、錦の双子だけは木賊が気を利かせて部屋へと招き入れてくれた。絢音もこの二人にはなかなか話す機会が無かったので嬉しく思い、身支度を簡単に整えると子供を抱いて二人を迎えた。
木賊と絢音の寝室のすぐ側にある部屋で、4人で簡単にお茶をした。絢音は相変わらず穏やかな表情をしている二人を見ると、なんだか日常が帰ってきたような気がして嬉しかった。


「お久しぶりです、絢音様」

「お子様も絢音様も、お元気そうでなによりです。」


双子は丁寧に頭を下げると、お祝いだと言って可愛らしい柄のガーゼタオルを渡してくれた。来られない母の気持ちだそうだ。
絢音はそれをありがたく受け取りつつ、双子を見て涙が零れそうになった。絢音自身も腹を蹴られ流産の恐怖からすっかり忘れていたが、任務で失敗したというあの日から双子を見分けるには十分すぎるほどの違いが生まれていた。弟の方は、あの任務で左腕の肘から先を失っていた。


「ごめんなさい、嫌なことを聞くかもしれないけれど、あなた、腕は…あの時に?」


そこではじめて、絢音は二人の下の名前を知らないことにも気づいた。こんなにも助けて貰っている相手なのに、名前すら聞いていなかった自分にも驚いた。
錦の弟は特に気にする様子もなく軽く微笑んだ。


「はい、あの日の任務で伊賀のものに。無力ぶりが目に見えてしまってお恥ずかしい限りですが、今は諜報任務を中心に行っております。」

「そうだったの…ごめんなさい、私ったら何も知らずに……」

「いえ、絢音様。長のお子を授かったのですから、他所のことに気兼ねしている場合ではなかったのです。弟のことを伝えずにいてくださった長には感謝しております。」


兄の方のセリフに木賊を見やれば、小さくすまないと言われ、絢音は何やらもどかしくてため息をついた。心遣いは嬉しいのだが、やはり蚊帳の外という感じがしてしまう。


「そうだ、今まで聞いていなかったのだけれど、二人の名前を聞いても良いかしら。今更になって申し訳ないけれど…」

「……絢音様、申し訳ございません」

「僕たちには、名乗る名前が無いのです」


双子の言葉に、絢音はしまったと思った。他所の血が混じっているという双子の家系は、何かとこの里で不便をしているはずだ。まさか名前も、とまでは予想できなかったが、予め木賊に話を聞いてから問えば良かったようだ。
絢音のそんな感情が顔に出ていたのか、双子は申し訳無さそうな顔をして続けた。


「錦の家は、元より里の外の人間です。例え里の中で生まれ育っても、風魔の人間として名前を授けることは出来ないのそうです」

「というのも、先々代の風魔小太郎であった方の発言だそうで、今後はどうなることやらといった状況ですが」


双子はちらりと木賊を見やると、すぐに視線を絢音へと戻した。それから絢音が抱いていた子供を見ると目元を緩めて言った。


「ところで、絢音様のお子様の名前は決まっているのですか?」

「里の皆には口外しませんので、お聞かせください」

「…この子は、千歳。末永く幸せに生きてほしいっていう先代様の願いと、それから木賊の名前や私の生家が色に関するものだったから、この子も色にちなんで、ね」


絢音が心苦しくなりながら言うと、双子たちは小さく「千歳」と呟いて、忘れまいとしているようだった。それからまだ綺麗な黒をしている髪の毛と、うっすら開いたところから見える青い瞳を褒め称え、風魔の人間らしからぬほど喜んでみせた。
まるで自分たちの弟か甥っ子が出来たようだと言う二人に、絢音はふと思い立った。


「木賊、筆と紙があるはずだから、取ってもらえるかしら」


きょとんとした木賊に差し出されたそれを受け取ると、絢音は樹音と共に習わされていた書道の授業を思い出しながら、出来る限り丁寧に筆を滑らせた。


「もしも、二人が良いと言ってくれるのであれば…名乗ることがあればこれを使いなさい。」

「「えっ?」」

「私は本来一色家の…二色家を含む一色一門の当主となるはずだった者。そこから外れた者同士、呼び名の候補を贈りたいのよ」


絢音がさっさと書き上げた文字を見て、双子たちは目を輝かせて身を乗り出してきた。
「二色 檜皮」「二色 朽葉」
先ほど言ったばかりなので彼らにもわかったのだろう。木賊の名前は緑色の一種だ。そして千歳も同じように緑色の和名からとっており、もちろん二人にと考えた檜皮(ひわだ)と朽葉(くちば)も同様だ。


「檜皮は、檜皮葺というものがあるように、家の屋根となるものよ。兄ならば家を継ぐことになるでしょうから、家族を守る殿方となれるように。朽葉は大地、万物を育てるもの。あなたが今やっている任務にも誇りを持てるよう、家族の地盤を支えるのはあなたの仕事よ」


二人は絢音が書いた紙を手に取ると、大事そうに持って絢音へと頭を下げた。そしてすぐに木賊を見やり、どうかこの名前を名乗らせて欲しいのだと頭を下げた。錦の家の者として名乗れずとも良いから、絢音の考えたこの名前を自分たちのものと、名乗れずとも自分たちのものとして思いたいのだと。
木賊は驚いたという顔をしていたが、すぐに穏やかな表情に戻ると二人の頭に手を載せて頷いた。


「お前たちが辛い仕打ちを受けていることは知っている。長となった以上、あれを続けさせるつもりもない。家名の文字は今までどおりのものを、名前は今絢音が書いたものを使うと良い。何か言われたら俺が言ったのだと、後ろ盾にしろ。」

「「ありがとうございます!」」

「もっとも、すぐに後ろ盾など要らぬほど成長するやもしれぬがな」


もとより木賊にも絢音にも懐いていたうえに、長としてという言葉が効いたのか、二人は嬉しそうに紙をたたむとこれまた丁寧に懐へしまいこんだ。先に立ち上がった兄に手を貸されながら弟も立ち上がると、二人は少し下がった場所でまた頭を下げた。


「長様、絢音様、本当にありがとうございます。」

「この誉れ、我が母にも伝えたく、失礼ながらこれにてお暇させていただきます」

「あぁ、気をつけて帰れ。お前たちははしゃぐと周囲が見えなくなる。良いな、檜皮、朽葉。」

「「はい!」」


双子--檜皮と朽葉はまだきらきらとした顔のままで、それでも丁寧にお礼を言うことは忘れずに去っていった。いつもは静かな足音も今だけはパタパタと聞こえてきて、恐らく帰ったら錦の母親に怒られるのだろうなと絢音は苦笑いした。
足音が聞こえなくなると、絢音は木賊へ向き直って頭を下げた。


「勝手なことをして申し訳ございません、木賊」

「構わん。錦の家のことは里に軋轢を生む。早々に俺が囲い込めばあの二人も、檜皮と朽葉も辛い思いをせずにすむだろうし、これは打算的と言われてもしょうがないが俺の株も上がる。お互い悪いことはないだろう」


先ほど双子にしたように、絢音の頭の上にも木賊の手が乗った。なんだか久々にされたような気がして、絢音は心地よくなり目を閉じた。やはり産後で疲れがとれきっていないのだろうか、頭を撫でられているうちにどんどんと眠くなってくる。
千歳もうつらうつらと船を漕ぎ始めた絢音につられて眠くなったのか、既に目を閉じて寝息をたてている。


「あまり無理をするな。体力も戻らぬうちから気を張りすぎると、体を壊すぞ」

「えぇ、そうします。今日はこれで、休ませていただきますね」

「運んでやる、じっとしていろ」


千歳ごと抱き上げられて、揺れを心地よく感じているうちに、すぐに布団の感触がやってきた。木賊が千歳を子守カゴに寝かせたのを見届けると、絢音もまた目を閉じた。「おやすみ」という声が耳元で聞こえ、穏やかな気持ちで眠りについたその夜は、不思議な夢を見たような気がした。
目覚めた時に覚えていたのは、どこか自分と似ている赤毛の少女が少し木賊に似た少年と一緒にいたことだけだた。少女の歌を穏やかな顔で聞いている少年の表情は、なんとなく檜皮と朽葉に似ているように思えた。










終。








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2015/03/30 今昔
親世代編、まだしばらく続きます。
絢音の後は樹音のお話を少し。そこから桑染と宍戸の家のお話へ……続くと良いな。

2015年3月27日金曜日

【仮想大江戸】番外編 親世代編02「純血なる一族」

風が心地よい。

絢音が暮らしていた一色一族の暮らす土地はそれなりに都会で、産業が発展してきたこのご時世では流行の最先端でもある場所だった。しかしそれに伴って川は汚れ空気は淀んでいたように思う。もちろん、各種工業を営む一色家とて対策を行っていなかったわけではないが、この風魔の里には遠く及ばないことは確かだ。

庭の端にある物干し竿にシーツやら着物やらが揺れる様子を少し眺めると、よし!と絢音は気合を入れてカゴを持つと立ち上がった。洗濯物が終わったところで、そろそろ昼食の支度にとりかからねばならない。慣れない主婦の仕事をこなすなかで良かったと思うのは、この家に姑が居ないことだろうか。口出しされるとやる気を無くす、という自分でも子供っぽいと分かる一面を持つ樹音としては、寂しい反面嬉しい気持ちもあるのだった。











【 仮想大江戸 お伽話 親世代編02「純血なる一族」 】











世間の喧騒から離れて風魔の里へと入ってから、すでに10ヶ月が経過しようとしていた。絢音は義務感こそあれ、一人の男性を相手にするのと同じように木賊と接していたし、彼もまた絢音を嫁として大切に扱ってくれていた。樹音が夢見ていたような甘く優しい新婚生活とは全く違うだろうが、絢音はこれも1つの幸せだと感じている。今では二人で少し寒くなってきた里の周りを散歩するのが楽しみだ。

風魔の忍びを率いる風魔小太郎、つまりはこの里の長である者の家は周囲より少しだけ大きく、また里の奥まった場所にあった。その反対側である里の入り口には、代々長の腹心でもある桑染という家の邸宅があり、それに挟まれるようにして数々の家が建っている。

絢音は時折やってくる風魔の一族から野菜を貰ったり、元気な子どもたちの相手をしながら次期長の新妻としての日々を過ごしていた。樹音だけを家に戻したことは後悔していない。むしろ、この里の若者たちが「己の鍛錬のためでもある」と入念に護衛をしてくれている。

不満なことがあるとすれば、里の者は感情が希薄で、女性よりも男性の方がそれが顕著だということだ。





「ごめんください」





台所で昼餉の用意をはじめたところで、玄関から声がかかった。絢音は一旦鍋の火を弱めると、エプロンを外しながら玄関へ駆ける。最近は少し体調が悪いのか、走ろうとするとめまいがする。それでも、留守を預かる嫁として妻として、そんな義務感で足を動かした。





「はーい、ただいま」





叫び返しながら玄関を覗くと、見覚えの無い青年が立っていた。風魔独特の白髪に灰色の瞳。両腕で1つの米俵を抱えており、細い腕なのにどこからあんな力が出るのか不思議でならない。

青年は風魔一族の成人の儀を終えているはずなのに、それにしては豊かな表情をこちらへ向けた。軽く口角があがり、目が細まる。





「こんにちは、奥様。僕は錦の家のものです、母に言われてこれを届けに参りました。」



「あら、ありがとうございます。夫にもしかと伝えますと、お母様にお伝え下さいね」



「はい。お昼時に申し訳ないです」



「良いのよ、どうせ任務で遅いのだろうから…あ、そうだ。良かったら金平糖を持って行ってくださらない?私の実家が送ってくれたのだけれど、どうにも量が多くって」



「よろしいのですか!ありがとうございます」





錦の家の者だと名乗った青年は嬉しそうに笑うと、絢音が玄関先に小分けにしておいておいた金平糖を受け取ってじっくりと眺めた。この里では外との交流が少ないためか、こうしたお菓子や若者が好むようなものが少ない。初めて見たとつぶやく青年に、絢音はまた無くなったらお出でというと、それこそ昼時に他所の子を引き止められないなと慌てて帰るように促した。



その日はどうにも錦という子のことが気になった。絢音と同い年くらいの人間は、誰もが無表情が標準装備されている。風魔の人間として任務をこなすということは、当然人も殺すことになるだろうし、感情が希薄になるのは分かる。木賊(とくさ)からも成人として認められるのは感情を殺す術を得たものだけだと聞いたことがある。

そんなとりとめもないことを考えながら義父と共に食事をし、家事をこなしているうちに一日はあっという間に終わってしまった。代わり映えしない一日で終わるはずだったのに、布団へ入ってもまだ錦のことは頭から離れなかった。



こんなことでは同じ布団で寝るようになった木賊に申し訳ないと思う。仕事を終えて帰宅した旦那に食事を出し、風呂を用意し、そして床での安らぎを与えるのが妻の努めだ。絢音の心が他所を向いていることなんて、木賊はすぐに気づいてしまうだろう。

風呂あがりの木賊が寝室へ来るのを待っている間に先日贈られた櫛で髪を梳いていると、背後の障子が静かに開かれた。気配を読もうとしなくとも、屋敷のこの部屋に入れるのは木賊と絢音だけだ。





「さっそく使っているのか」



「ええ、木賊からの頂きものですもの。大切に使わなくては」





そう返されたのがお気に召したのか、木賊は座っていた絢音を後ろから抱えるように腰を下ろした。絢音も櫛を枕元へ置くと、木賊の胸元へと背もたれる。





「今日、錦の家の者だという男の子がお米を持ってきてくださったの」



「……錦の家がか。もしや、妙に笑う男か?」



「あら、ご存知なの?」





どんな子がとも言っていないのにあの子のことだろうと思われる発言をした木賊に、絢音は複雑な気持ちになった。やはり、あのように表情豊かであることは里では異端児なのだろうか。





「錦の家には双子が居る。兄は仕事の出来る奴だが、弟の方はてんで出来ない。弟は人殺しよりも小鳥や草花を愛でる方が向いている」



「…えぇ、そういう穏やかなことが似合う子でしたわ。金平糖をさし上げたのですけれど、とても喜んでくれて。あんな子も里に居るのだと…少し驚きました」



「珍しいことではある。人を殺せない忍びなど、なんの役に立てようか。」





そういう木賊はどこか寂しそうで、絢音を抱いていた腕にも少しだけ力が入ったように思う。確かに感情が読みにくい相手ではあるけれど、しっかりと側に居れば気持ちも汲み取れるようになる。錦ももしかしたら、里の中でイレギュラーだったとしても、いつか理解してくれる相手が現れるかもしれない。

絢音は錦のことを考えるうち、自分が木賊の拠り所にならなくては、いやなりたいのだ。と強く思った。木賊の方へ向き直ると首に腕を回し、自分の体重を使って布団へ横になる。そのまま頭を撫でながら小さな声で子守唄を歌ってみることにした。





「 ゆりかごのうたを かなりやが歌うよ 」





絢音は自分の背中に回された腕に自分も眠気を感じながら、自分の意識が途絶えるまで知っている限りの子守唄を歌い続けた。様々な重圧を感じるであろう一族の跡取りが、少しでも安らかに眠れるように、と。











翌朝、いつもより機嫌の良さそうな木賊を見送りに自宅の門まで出て行くと、今日の仕事に同行するらしい里の忍びたちが何人かやってきていた。皆一様に口を覆う布をつけているが、一人だけ太陽の光を目一杯反射するような灰色の瞳を見つけ、絢音は思わず小さく声をあげてしまった。

錦もまた絢音が出てきていることには気づいていたようで、小さく目礼をしてくれる。顔をあげたところでにっこりと微笑めば、あちらも目が細まり微笑んでくれたようだ。





「絢音、今日は一色家の護衛に入る」



「あら、そうですか。」



「詳細は聞かぬのか?」



「既に風間に嫁いだ身ですもの。生家は確かに心配ですけれど、木賊が向かうのでしたら心配はありませんわ」



「…そうか。嘉萩家との会食の護衛になる。早々に戻るはずだ」



「えぇ、家のことはお任せください。」





1つ頷いた木賊たちが里の外へと向かうのを見送るうち、絢音は少しだけ違和感を感じた。何がとは言えない程度のもので、わざわざ引き止めるのも気が引けたので絢音は今日も洗濯物から終わらせなくてはと自宅へと戻った。

いつもと同じように家事をこなすうち、日が暮れて夕食の支度でも始めようかという頃になってからだった。全身が静電気をもらったかのようにビリリとしびれたのだ。菜箸が床に転がった音で我に帰ると、絢音は変なこともあるものだと首をかしげた。菜箸を綺麗に洗って別の菜箸で料理を再開すると、今度は家の外から悲鳴やら何やらが聞こえてきた。

煮物も味が整ったので火を止めると、絢音はエプロンを外して家の外を覗いてみた。誰かが任務で怪我をしたとしても騒ぎになんてならないだろうし、そもそも騒ぎになったとしてもこんな里の奥まで喧騒が届くことはありえない。

では一体何が?という不安でソワソワとする手のひらにぎゅっと爪を立てて門の外まで小走りにでていくと、ちょうど木賊が戻ってきたところだった。一緒に任務に出ていた者も居るようで、更にその身内と思われる者も集まってきている。





「木賊!」



「絢音、近寄るな。血がつく」





言われて見てみれば、木賊は血まみれの何かを抱えていた。その何かが小さく震えたかと思うと灰色の何かが見え、少ししてからそれが目だと分かった。

灰色の瞳に気づいた途端、抱えられているのが人間で、その左足が無いこと、両腕が力なく垂れていることに気づいてしまい、絢音は口元へ手を持っていった。気持ち悪いわけではない、ただ驚いた。





「錦の家か!!これだから余所者は良くないと言っている!!」





しわがれた声で叫ぶ男性に、周囲に居た人間は一斉に黙り込んだ。

静かになった広場に、木賊たちがやってきた方、里の入り口の方から一人の青年が歩いてきた。錦にそっくりなその青年は舗装されていない里の道で足音を立てることもなく、しずしずと歩いている。その青年に気づいていないのか、叫んだ男性は更に続けた。





「錦の小僧はいつか問題を起こすと思っていた!見てみろ!若と一緒の任務で不祥事とは情けない!里の恥さらしが!!」



「弟がご迷惑をお掛けいたしました」





そこで初めて錦のそっくりさんに気づいたらしい男性は、目を見開いて彼を見た。恐らく今やってきた静かな彼が錦の双子の兄なのだろう。





「ですがどうか、曾祖母を悪く言うのは辞めていただきたい」



「はっ!誰が余所者の言うことなど聞き入れるものか!里の端に家を追いやられた意味を考えろ、愚か者め。最近じゃ余所者同士でつるんでるらしいじゃないか。まんまと長の家にもぐりこんだ雌狐と手を組んで、里を壊すつもりなのだろうに」





ジトッとした男の目線が、絢音を貫いた。

衝撃を受けるはずもない。絢音はふんと鼻で男性を笑うと、つかつかと歩みよった。自分の一族を守るという目的を果たすためにこの里へ嫁いだのだ。雌狐だなんだと悪く言われることなど百も承知でここへ来たのだ。





「木賊、錦の弟くんが助かる見込みは?」



「ある」



「じゃぁ早く運んであげてちょうだいな」





背後で木賊が部下に錦を預けたのを見届けると、絢音は絢音や錦を余所者と言い放った男性を見据えた。こちらが臨戦態勢なのを察しているのか、あちらもだいぶ構えている。しかし絢音は警戒されているという事実を誇らしく感じた。相手が自分を警戒しているのは、己に危害を及ぼす可能性があると認められているからだ。

その通りにしてくれよう、とニィっと口の端を持ち上げた。





「どうも、余所者の新妻ですわ」



「自覚があるようでなによりだな」



「あなたは自分が老害であるという自覚がないようですわね、名も知らぬお方」





背後で絢音と井戸端会議を繰り広げる奥様たちがくすくすと笑ったのが聞こえた。





「で?錦の家の何が気に食わないのかしら」



「雌狐め、貴様は知らぬやもしれぬが、この一族は他所の血を入れぬ純血を保ってきた。それが誇りだ」



「それで数が少ないという、ホコリやチリみたいな因習ですわね。存じておりますわ」



「黙れ!錦の家は4代前に外からの捕虜との間に子供を作った。その末裔があの双子だ。他所の血をもった、しかも畜生腹の子どもたちだ。里に良い影響を与えるはずがなかろう!」





全くその通りだ!と言いたげに頷いた男性が何人か居るのを見て、絢音は盛大にため息をついた。絢音はそれだけで済ませることが出来たものの、背後に何人か居る女性たちからは怒りの雰囲気すら感じる。元より捕虜の女性に子供を産ませるなど、いくら忍びとはいえ女性が受け入れられるはずもない。

まして徳川が世を治めていたような時代ならいざしらず、今どき女性だというだけで地獄へ落ちるだなんて信じている者もごくごく少数だ。絢音とてこのご時世に双子を貶めるような言い方をする人間が居るとは今この耳で聞くまで信じられなかったほどである。この里の女性たちが怒るのもしょうがないだろう。





「貴様もあの双子とは親戚になるのだろうな、なにせ二色の家のものを捕虜にしたのだから」



「あぁ、私の生家の親戚ですか。それは教えて頂いてどうもありがとうございます。今度からあの双子にもお菓子をお裾分けしなくては」



「畜生腹の次は雌狐!!しかもとんだ淫乱だな!身内が辱められて動じもしないとは!」



「あら、だって…わたくし既に風間の家の人間ですもの。あまり生家…しかも遠縁にこだわるだなんて、嫁として恥ずかしいですわ」



「余所者の分際で若の嫁と名乗るのか!跡取りも埋めぬような出来損ないが!!」





自分もだいぶ古めかしいことを言っている自覚はあったが、絢音はゆったりと歩み寄ると男性の首を片手で掴むとグッと腕を上へと伸ばした。思ったよりも簡単に首を絞めることに成功して驚いたと同時に、どんどんと口が軽くなっていく。





「随分と古めかしい考え方をされているのですね、名も知らぬお方。わたくしの生家も、わたくし自身のことも、好きに貶すが良い。ですが、それ相応の復讐はさせていただきますわよ」



「このアマァ!!」





絢音が持ち上げた男性と同意見らしい別の男性がこちらへクナイを振りかざし駆けて来たのを見て、妙に冷静に腕を下ろした。慌てて刃物を引っ込めた相手の上に男性を落とすと、更に後ろから危害を加えようとやってきた男性の蹴りをしゃがんで回避し、足の付根を蹴りあげて転ばせる。背後から寄ってきた男に蹴りを入れて女性陣の方へ跳ね返せば、その男はくノ一として一線で活躍していた彼女たちに袋叩きにされている。

寄ってくる人間は全て相手になってやる。余所者だからと、女だからと舐められるわけにはいかないのだ。絢音は殴ろうとした相手の手を掴み、別の相手の刃物を受け止めるとその両方を利き足で蹴飛ばした。



妙に体が軽い。先日からの体調不良が嘘のようにさらにもう一人を殴って沈めると、どうしてもがら空きになってしまっていた下腹部に衝撃を感じた。





「ハハッ、見ろよ…血なんて吐いてるぞ。汚ねぇな、土地を余所者の血で汚す気かよ!」





絢音の腹を蹴りとばした男性に言われて口元へ手を持っていけば、ぬるりと生ぬるい液体が付着した。べとっと地面へ垂れるそれを目で追うと、口からだけでなく、どうやら下腹部からも血が出ているらしい。月のめぐりで出るようなどす黒い色の血ではなく、口からも下腹部からも鮮血が垂れていた。

腹を蹴った男と他数人は下衆な笑いをあげていたが、女性たちと一部の男性からはため息とも何ともつかない悲鳴のようななにかがあがった。





「アンタたち、お嬢になんてことするの!」



「長、制裁の許可をください!!あんな連中、風魔の男じゃありません!」





そう叫ぶ女性の声がどこか遠くに聞こえた。

そういえば、来ても良いはずの月のものはきていない。元より定期的ではない方だとはいえ、今回はあまりにも遅い。ここのところ体調も悪かった。

あぁ、何故気付かなかったのだろう。あぁ、自分はなんてことをしてしまったのだろう。絢音とて一族の頂点にたつ家系へ生まれた身、跡取りの重要性はよくよく分かっているというのに。自分が迂闊すぎたのだ。失敗した。これは妻として、嫁として、あるまじき姿だ。



ごめんなさい。

そう口が勝手に動いたのは分かったが、耳に届いたのはかすかに唇をこすった空気の音だけだった。



後頭部がじんじんと痛くなり、手のひらはうまく動かない。呼吸も自覚できるほどに浅くなり、思考は働かない。

なによりも、嫁いだ身、人質としても身でありながらというよりも、木賊と居たかもしれないお腹の子への罪悪感で涙も出ない。





「騒ぐな」





木賊の低い声に、周囲が一層静まった。

歩み寄ってきた木賊に抱きしめられ、少しだけ呼吸は楽になったが、それでもまだまともに話すことはできなさそうだ。





「絢音について思うところがある者も多いだろう。他所の血を入れるのかと、風魔の誇りはどうなるのだと。俺はそんなことはどうでもよい。」



「若!何をおっしゃるか!!」



「問題は、血族として近すぎる者どうしが子をなすことで、より体の弱いものが増えたことだ。それを説明し、長の許可も得た上で俺は絢音を迎えた。気が済まぬという者は絢音と対戦し、全員敗れて納得したと思っていたが?」





木賊が周囲を見回すと、絢音に手をあげようとしていた男性たちは気まずそうに顔をそむけたり、逆に文句があると言いたげにこちらを見返したりしている。





「それでもまだ納得できないという者を治められないのは俺の責任だ。彼女に手あげるのは間違っているし、里の女衆に制裁を加えさせるわけにもいかぬ。文句があれば俺にけしかけろ。正面からでもそうでなくとも構わない。ただ、これ以上自分の妻を貶されて黙っていられるほど、俺は馬鹿でもなければ無頓着でもない」





今度こそ、絢音は堪え切れずに木賊の胸元へ縋り付いた。次期当主の嫁たる自分が人前で弱みを見せるなどあってはならない。そう思い続けていたのに、過呼吸になるほどの涙は押さえつけられなかった。

そのままボンヤリとしてきた頭で把握できたのは、背後から錦の兄が飛び出してきて、絢音の腹を蹴った男の顎下へ、膝を入れたことだけだった。











 ◇ ◇ ◇











錦の片割れが男を沈めた途端、女性陣から拍手が巻き起こった。本当はこんな大袈裟なことにはしたくなかったのだが、どこかこうして人前で絢音を庇えたことはとても意味があるように思える。木賊は泣きつかれたのか気を失った絢音を抱き上げると、周囲の女性たちを見渡した。

誰もがスッキリしたような笑顔を浮かべつつも、口々に絢音を心配するような声をかけてくる。いつの間に里に馴染んだのか不思議であると同時、共に過ごす季節も3つ目ともなればこのくらいなのだろうかとも思える。





「若!お嬢の体が最優先です!」



「早くお医者様に見せなくてどうするのですか!」



「お嬢はずっと、若のお子を産むのだと意気込んで…いえ、喜んでいらっしゃったのに!最近はお体が辛そうなのに無理して家事もこなして…」



「錦の子のことも、身内と知らずに優しく接していたのですよ。なんて優しい子!まだこんなに若いのに!」





口々に言う女衆に謝罪と礼を返していると、錦の兄がこちらへとやってきた。どうやら女性たちが引くのを待っているようだったので視線を投げれば、気を利かせた女性たちが騒いだ男たちの制裁に向かったため、錦は苦笑いしてよってきた。

こうして見ると、弟とよく似ている上に、風魔という一族の中ではかなり表情豊かだ。絢音は年下に惹かれる女性ではないが、この里に居ればこうした世間的な感覚を持った人間と関われるのは貴重な時間だっただろう。





「若、我が身内の任務失敗、大変申し訳ございません。」





丁寧に頭をさげた錦はすぐに頭をあげると、手のひらで木賊の自宅の方をさして戻るように促してきた。妙に気が回るところも、どうにも一族らしくはないと思うが、それを違和感に感じることはない。

先ほどの男たちのように気味悪く思う連中も居るのだろうが、木賊はむしろこういった態度は好感が持てた。





「後日、俺からお見舞いを届けさせてください。」



「気遣い感謝する、お前たちならば絢音も喜ぶだろう」





それだけ言うと木賊は女性たちに咎められる前にと、錦に医者へ走るよう頼んで自宅へと戻った。



その後、錦に呼ばれた医者は目出度いやら許せないやら、ともかく勇んでやってきて診察をしていった。「女の体になにをするんだ」と終始男への文句を言っていた医者は、体が男で心が女なのだと、連れてきた錦に言われて知った。

錦も仲が良いらしいその医者に礼を言って玄関先においてあった金平糖を持たせて見送ると、木賊は眠ることなく絢音の隣に座り続けた。なんとなく、隣に寝てはいけない気がしたのだ。



自分からこの家へ嫁ぐと宣言したあの時には驚いたが、今日まで嫁であらねばと思う一方で自然とこちらへ好意を傾けてくれていた。共に過ごす時間が長いせいか急激に近づいた距離に、お互い戸惑いはもっていた。それでも、絢音はあのように、不特定多数の他人が居る前で「風間の嫁である」ということを誇りに思うと言い放ってくれたのだ。それがどれほどに嬉しいことか、彼女はきっと分かっては居ない。

この里では極力血が遠い者同士を結ばせ、ほとんどが婚姻統制によって子をなしている。感情が希薄な者が多いこの里ではそれが当たり前だったはずなのに、長となる自分は相手に思われ相手を思って子をなそうとしている。これがどれほど希少なことか。



布団のうえから絢音の腹に手をのせると、木賊は申し訳無さで胸がいっぱいになるのを感じた。幸いにも絢音の身体に怪我は無いとのことで、子供も里の医者に言わせれば無事な可能性もあると。心配しすぎたらしい部下の女性が、母子の安全を守るのだというお呪いをしにもきた。木賊も大丈夫だと信じているが、心配でならない。





「ありがとう」





木賊はそう小さく告げると、絢音が以前歌っていた子守唄を覚えている限りで口ずさんだ。少しでも気を張りすぎる可愛らしい嫁が、ぐっすりと休めるようにと。



























終。





















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2015/03/27 今昔

2015年3月2日月曜日

【仮想大江戸】番外編 親世代編「艶やかなる一族」

今は昔、竹取の翁よりもはるか昔の話である。

平安とよばれたまこと雅なる時代に入る前、日本という国はいくつかの家々が支配していた。江戸を治める嘉萩家とそれを守護する風魔一族。遠江(とおとうみ)に住まう一色家と七色家、さらに京を守護する紅家と親しい甲賀一族、東北の地を治める蒼天一族。その他にも大小様々な地方領主によって均衡を保っていた日本で、その薄い壁を破ろうとする者は少なくなかった。

いつしか、一色と七色はほとんど同じ血族となり、蒼天一族が勢いを弱め、嘉萩家が関東を集中に収めるようになり、紅家が江戸に分家を置くようになる。これが大江戸歴のはじめのお話である。











【 仮想大江戸 お伽話 親世代編「艶やかなる一族」 】











そんな竹取物語から時代は流れ、大江戸歴は1900年台も後半に入っていた。

一色、といえば、日本の中程に位置する遠江を治める一門の当主として有名な家柄である。大江戸歴が始まる前から続くとも言われるそれは、この大江戸歴1960年台でも変わらない栄誉を誇っている。一色絢音は、そのことに誇りを持っていると言っても良い。

一族特有の青い髪の毛と瞳は、どこにっても注目の的であり、ちょっとの問題であれば周囲が勝手に解決してくれる。それは一族が代々、統治や地方産業である農業に工業、繊維機械系を一手に守っていることからくるものであり、絢音がこれからも守らねばと思うものである。



と、周囲は絢音のことはそう信じてやまないだろう。





「馬鹿じゃないかしらねぇ、本当に」





大きなあくびとともにそう言うと、絢音は邪魔な前髪を耳にかけた。この河川敷は気持ち良い風が吹くのが好きで、学校帰りによくこうして暇をつぶすのだ。ここの辺りは近所では少し治安が悪いといわれていて、一族の人間は近寄らない。逆に絢音が居ても「いつも人に囲まれていて大変なのね」と変に気を使って誰も寄ってこない。



代々地方産業を行っている企業に出資していることは事実だし、一族の人間がそういった会社に多く務めているのも確かだ。しかしそれを誇りに思うのではなく、驕り己の私腹を肥やすことを考える人間が多い。政略結婚で愛のない夫婦も多く、かくいう絢音も双子である樹音も婚約者が居る。

そんな一族を好きになれ?誇りに思え?周りはいつも無茶なことを言うもので、絢音は17歳という年齢で既に諦めを覚えている。双子の樹音は伸ばし続けている一族の象徴とも言える青髪も、絢音はなんだか気に食わなくて切ってしまった。あの時の両親の顔を思い出すだけでも腹が捩れるほどに笑いがこみ上げてくる。





「馬鹿は絢音でしょう?そうやって皆をおちょくって遊んでばかり。」





ひざ上まで丈を短くした着物の裾を抑えながら、見た目は絢音にそっくりな少女が隣に座り込んだ。言うまでもなく仲の良い双子の樹音であり、地面にすりそうな丈の着物にスリットを入れている絢音とは正反対な性格は大変に好ましい。





「だって。先週末婚約者の方にお会いしたでしょう?何よあれ、気持ちの悪い声をして…ありえないわ」



「でも、収入が安定してるイケメンでしょう?良いじゃない。将来安泰」



「無理!あんな気味の悪い声の人と暮らしていくだなんて無理!ぜったいに嫌!」



「じゃぁ、誰なら良いの?」



「一族に居るわけがないでしょう?私のお眼鏡に叶う良い声の男性だなんて」



「あらあら、ふふっ。知ってるのよ?寺子屋の望月様、良い声だって言ってたでしょう?」



「同い年くらいの連中なら、って話よ。もっと低くて優しい声の人が良い。ついでに財力があって顔が悪くなければ良い」





はーあと盛大なため息をついて寝転がると、隣で樹音がまたもや声をあげて笑った。くすくすという笑い方は、樹音の穏やかな性格によく合っていると思う。双子だというのに、どちらかというと大人っぽいと言われることが多い絢音と、歳相応で清楚で純粋と言われる樹音とではタイプが違いすぎる。もちろん言い寄ってくる男性も違う。

そういえば最近は10も年上の男性に求婚されたっけなぁと思い出していると、歪な形の雲が流れていった。あの形、なんとなく気に食わない。





「でも望月様は良い候補なのね、覚えておくわ。ところで、絢音ってばよくここに来るみたいだけれど、この辺りは治安が悪いから気をつけた方が良いわよ。早く帰りましょう」





隣で樹音が立ち上がり、着物のおしりについた草をぽんぽんと払った。絢音も両親がうるさく言う前に帰ろうかと立ち上がり、そこで違和感を覚えた。





「一般人としてはなかなかだ」





そう言われたと気づいた時には、顔に何か麻袋のようなものを被せられたのか視界は塞がれ、両手両足を縛り上げられる感覚があった。何をするの!と叫んだが、地面から足が離れてお腹に衝撃が走った。

周囲で男性が「手厚く扱え」と言っているのが聞こえる。なかなかに良い声じゃないかと思った次の瞬間には自分の足の方向に進んでいくのを感じた。どうやら俵担ぎでどこかに運ばれているらしい。



絢音はしまったと思うと同時に、必死に足音を数えた。4人分だろうか。ということは、一緒に居た樹音も一緒にさらわれている可能性がたかい。地元でも名高い家の娘だ。身代金目的の誘拐があってもおかしくない。

試しに顔を蹴ってやろうかと足を動かしてみたが、膝裏に手を添えられて終わりだった。





「ちょっと、あの…降ろしていただくか、もう少しっ…丁寧に運んでくださいませんか?」





絢音の前方、進行方向の反対から樹音の声がした。すぐに「ありがとうございます。」と続いたので、何か抱えられ方に変わりがあったのだろう。絢音は樹音の声に少しだけ冷静さが戻るのを自覚しながら、どうにか息を吸い込んだ。それから出来る限り落ち着いて聞こえるよう、自分を運ぶ人間と並走している人間が居るあたりに向かって言った。





「貴方がた、私たちをどうするおつもりなのかしら?」





しばし考えるような間があったが、すぐに男性の声が返ってきた。





「一色樹音の方は平穏に埋もれていたかったようだが、お前はこういう異常事態を待ち望んで居たのだろう?ならばこの事態を喜んで受け入れるが良い。何、悪いようにはしないさ」





はじめに、二人のことを丁重に扱えと言った声と同じだ。

絢音は仕方なしに返事もせずに黙りこみ、彼らの目的地へつくのを待つことにした。







運ばれているうちに酔わなかったのは奇跡だと知ったのは、板の間六畳ほどの部屋へ投げ出された時に樹音が青い顔をしているのを見てからだった。目隠しはされなかったものの手足の拘束はそのままで、二人はひんやりとした床の上で身を寄せ合った。

降ろされた時に見えたのは、緑色の縁取りがされた忍び装束で、世間のことにあまり興味が無かった二人でも分かったことがあった。自分たちは風魔の忍びにさらわれたのだ。





「風魔一族、だよね」



「そうね、でもあの家って確か江戸の嘉萩家と密着しているんじゃなかったかしら?どうして私達を?嘉萩家の邪魔になるような存在なのかしら。江戸からこっちに向けて領地を広げたい、とか」





絢音の言う予想が正しいかどうかは分からないし、かと言って何か喋っていないと落ち着いて居ることは難しかった。

二人が他愛もないことを話しているうちに、忍び装束の女性がなになら竹で出来た衣装箱のようなものを持って入ってきた。彼女は間違うことなく絢音の方を見ると、懐から短刀を取り出して手足の拘束を切った。縛られていたところは少し赤くなっているものの、そう跡は残らなさそうだ。





「こちらに着替えて下さい。若様がお呼びです」



「……分かりました」





逆らっても良いことはないだろうと、差し出された衣装箱を開くと、中には深緑色の美しい着物が収められていた。深い青髪と合いそうな金色の簪も入っている。





「絢音、行くの?」



「行かなくちゃ何も始まらないじゃない」



「オカシイわ。だって……だって、相手は…」





オカシイのは樹音の方だ。

絢音はその言葉をすんでで飲み込むと、さっと着替えを済ませることにした。先ほどあの男性に言われたばかりだ。樹音は普通が一番だというが、絢音は一色家の普通を壊してやりたい。だったら、絢音が出て行って要求を聞き、樹音だけでも元の場所へ帰してやるのが正解だろう。

双子だからといって、何から何まで同じでなくてはならない道理はない。

着替え終えると、やはり全体的に落ち着いた色合いで大人っぽく、かつ質もなかなかに良いものであることが伺える。絢音は気が引き締まる思いで女性の後ろについて部屋を後にした。背後から樹音が呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないフリを決め込んだ。





女性の後ろを歩いて行くと、この建物はちょっとした城と呼んでも良いほどに広い屋敷であるらしい。階段を登って長い廊下を歩き、右へ左へ歩くうちに、絢音は先ほど居た場所へ戻れる自信は早々に失った。

女性は1つの部屋の前で膝をつくと、中へ向かって声をかけた。s





「若様、一色絢音をお連れいたしました。」





無言で内側から襖が開けられ、部屋の中に二人の男性が居るのが見えた。一人は初老と言える、絢音の両親と同じくらいの年齢で、もう一人は絢音より少し年上であろう青年だった。





「一色絢音、手荒なマネをしてすまないな。息子にはキツく言い聞かせた、女性は丁重に扱えと」





初老の男性の言葉で、彼らが親子であるとわかると、絢音には二人がそっくりに見えてきた。もちろん、同じ忍び装束で同じような髪型をしているからかもしれない。

黒に緑色の縁取りがされた装束と、真っ白な白髪、それから緑色の瞳。どれも美しいと思わされる。それを言えばきっと樹音に「オカシイ」と言われるのだろうが、絢音にはそれらが美しく見えた。





「いえ、構いません。それよりも、わたくしをここへお呼びになった理由を伺えませんか。」





絢音の言葉に、初老の男性は楽しそうに笑うと対面にある座布団を進めてきた。絢音は逆らうこともなく、いつも家で言われる通りにそっと座った。





「私の名は風魔小太郎。これは息子の木賊(とくさ)だ。」



「一色絢音と申します。」



「我々が誰の依頼で動いているか、検討が付いているのではないかね?どうだい、お嬢さん」





風魔小太郎と名乗ったそれに、彼がこの一族の当主であることが分かり、絢音は自分の名前すら言うだけで声が裏返りそうになった。





「いえ…風魔は江戸の嘉萩と親しいと聞きますが、嘉萩が一色に手を出す理由が分かりません。」



「なるほど。正解は甲賀だ」



「……信じません」



「何故?」



「忍びがそう簡単に雇い主を明かすとは思えませんので。この場で私を殺すおつもりなら分かりませんが。」





シンと、静寂が耳に痛くなるほどに響いた。

背後の女性はいつの間に消えたのか気配は無く、癖のある白髪を後頭部で結わえた木賊と呼ばれた息子も動く気配はない。誰かが発する衣擦れの音も無く、ただ自分の呼吸音だけが大きく聞こえる。

相手からのプレッシャーがこんなにも辛いと感じたのは、自分のイタズラがバレて父親に怒られた10歳の誕生日以降はじめてだった。





「父上、俺が説明しよう」





沈黙を破ったのは、想定外にも木賊であった。座ったままで少し前へ出てくると、父親である風魔小太郎の返事も待たずに絢音と視線をあわせ、口を開く。





「今回の件、元凶は甲賀の一部と癒着している望月家だ。」



「…は?」



「あの家は甲賀忍者へ2つの命令を行っている。一色の娘二人を拉致すること。そして辱めて殺せと言われている。」



「あの望月家が?我が家を?呆れた。叔父上があの家の工場を僻地へ追いやったからって、本家筋の私達に手を出すだなんて、少し頭が足りないように思うわ」



「俺も同意見だ。そこで、本来甲賀を従えている紅家と甲賀本筋から依頼があった。風魔で二人を保護してくれと」





絢音は言葉の端々から、甲賀という一族が恐らく2つに割れているのだろうと考えた。紅の家は元より「色彩家」と呼ばれる色を家名に持つ家であり、一色とは交流がある。





「元の家へ戻すのは簡単だが、いつ甲賀に狙われるとも分からない。一旦は引くだろうが、問題はその後だ。忍びとの繋がりがない一族が撃退するには、甲賀はいささか大きすぎる」



「なるほど。…では、わたくしはここへ残りましょう」





木賊と風魔小太郎が驚いて目を見開いた様子が、絢音には愉快でならない。パッと思いついただけの案ではあるが、口にしてみる価値はあるだろうと、すっと伸ばした背中に誇りを精一杯に背負って言い放った。





「わたくしがここへ嫁入りすれば、一色の家も保護対象となりますね。それであれば、樹音の方は帰っても問題は有りますまい。見たところ、木賊様とわたくしは年の頃も近い様子。もちろん、風魔の長であらせられる小太郎様の元へと仰るのであれば、喜んでご奉仕いたしましょう」



「お前は…自分の身を差し出すのか?」



「くさっても血縁。我が一族を守るためなのであれば、わたくしはこの身を差し出すことに何の躊躇いもございません」





どうぞお側に置いてくださいまし、と丁寧に頭を下げる。相手が世間では恐れられる忍びの一族であるということは然程問題ではなく、それよりも絢音にとって重要なのは樹音を家へ帰してやることなのだ。こういった非現実的で愉快な出来事が好きな絢音とは違う。樹音は平穏を望む人間だ。だからこそ、絢音が残ることで樹音を家へ戻すのが最優先。

彼らが簡単に頷くとは思えないが、試して駄目なら次の手を試せば良い。次はどんな方法でここへ残ると言ってみようか。





「分かった。嫁に来い」



「木賊。お前は少し黙っておれ」



「親父、それは無理だ。身を挺してでも一族を守る。風魔に今必要な『感情』だと俺は思う。何よりこんなべっぴんさんが頭下げて頼んでるのに断るなんて、男がすたるぞ。あ、もう手遅れだったか?」



「青臭いガキが何を言う。」





絢音は二人にやりとりが想定の範囲外のそのまた外側であることに、笑うよりも唖然としてしまった。先ほどからずっと無表情だった木賊がそんな言い草をするとは思わなかったし、絢音の嫁入りという申し出を了承してくれたことも想定外だ。





「元より風魔は他族の血を入れぬ。そういう決まりだ。」



「ではその掟は俺が覆そう。桑染の家は俺がどうにかする。息子の晴れ姿が見たくないのか?」





まるで女の子のような言い分ではあるが、木賊の粘り強い言い訳に負けたのか、最終的に風魔小太郎も首を縦に振った。背後で女性の驚いた声があがり、絢音はまだ女性が居たのかと気づいた。何かと心臓に悪そうな一族ではあるが、これで一色の家を守ることができる。

今まで嫌っていた自分の家のためにどうしてここまでしてしまうのかは分からない。それでも絢音は今自分がしたことが、とても誇らしく感じるのだった。









 ◇ ◇ ◇











「ほら、次!……もう居ないのかしら?思ったよりも弱いのねぇ、風魔の中忍っていうのは。いいわ、上忍の方はいらっしゃいませんこと?私の実力が知りたいの、ご協力いただけませんかしら」





木賊は縁側に腰掛けて緑茶をすすりながら、どこか明後日の方向に目を向けた。

庭先では、一族の中でも平均的な能力を持っている「中忍」たちを相手に、絢音が手合わせを行っている。もちろん、本来忍びが得意とするような闇討ちや護衛ではなく、純粋な戦闘能力をぶつけあっている。





「おいおいおいおい!おねーさんが頑張ってるじゃねぇか!お前ら全員腰抜けかよ!オレがやってやらぁ!!」





確かあの者は愛染の家のものだっただろうか。絢音より年上の男性がノリノリで仕掛けていくも、軽く足払いされ背後を取られ、最後は「気づいたらこうなってました」というような顔で地面に転がっているのだ。

最初こそ、今さっき挑戦した男性のように、「里の外の人間と戦いたい」だの「一族以外がこの里に嫁ぐなんてありえない」だのと憤った連中が勝負を挑んでいた。しかし今は全員が全員遠巻きに絢音を見るばかりになっている。それもそうだ。中忍衆は決して弱くない。それをあっさり倒してしまう絢音の存在が非常識すぎて、どう関わって良いか分からなくなっているのだろう。



本来、風魔は忍びの三大勢力で唯一古い因習を守り続けている一族で、里の外の人間と比べると極端に感情が希薄だ。故に婚姻統制で愛情なき夫婦も多く、子供も義務感から産まれてくることが多い。木賊の両親のように恋愛結婚というのはごく稀だ。そしてその稀な両親を持つからこそ木賊も思う。出来るなら女性に惚れてみたいと。身を焦がすような思いを抱き、そんな相手を幸せにするために契りを交わしたいと。

絢音は強い。木賊が守る必要があるか分からい程度には実力を持っている。どうやってあの身体能力を身につけたのかはまだ知らないが、向かってくる相手を的確に倒す強さも、その横顔に感じる凛々しさもとても好ましく思える。出来るなら、手の届く場所に置いておきたい。





「木賊!」





庭先で絢音が声をあげた。





「貴方が手合わせしてくださらない?もう誰も相手をしてくれないのよ、少しだけ、駄目?」





これから先、側に置きたい以上の感情を彼女へ抱くのかどうかは全く予想が出来ない。それでも木賊は、今絢音が自分を頼ってくれることが嬉しい。彼女の願いを叶えたいと思えることが嬉しい。

幼い頃に殺された感情がこれからどうなっていくのか。絢音の隣で確かめたいと、そう願うばかりだ。





















2015/03/02 今昔