風が心地よい。
絢音が暮らしていた一色一族の暮らす土地はそれなりに都会で、産業が発展してきたこのご時世では流行の最先端でもある場所だった。しかしそれに伴って川は汚れ空気は淀んでいたように思う。もちろん、各種工業を営む一色家とて対策を行っていなかったわけではないが、この風魔の里には遠く及ばないことは確かだ。
庭の端にある物干し竿にシーツやら着物やらが揺れる様子を少し眺めると、よし!と絢音は気合を入れてカゴを持つと立ち上がった。洗濯物が終わったところで、そろそろ昼食の支度にとりかからねばならない。慣れない主婦の仕事をこなすなかで良かったと思うのは、この家に姑が居ないことだろうか。口出しされるとやる気を無くす、という自分でも子供っぽいと分かる一面を持つ樹音としては、寂しい反面嬉しい気持ちもあるのだった。
【 仮想大江戸 お伽話 親世代編02「純血なる一族」 】
世間の喧騒から離れて風魔の里へと入ってから、すでに10ヶ月が経過しようとしていた。絢音は義務感こそあれ、一人の男性を相手にするのと同じように木賊と接していたし、彼もまた絢音を嫁として大切に扱ってくれていた。樹音が夢見ていたような甘く優しい新婚生活とは全く違うだろうが、絢音はこれも1つの幸せだと感じている。今では二人で少し寒くなってきた里の周りを散歩するのが楽しみだ。
風魔の忍びを率いる風魔小太郎、つまりはこの里の長である者の家は周囲より少しだけ大きく、また里の奥まった場所にあった。その反対側である里の入り口には、代々長の腹心でもある桑染という家の邸宅があり、それに挟まれるようにして数々の家が建っている。
絢音は時折やってくる風魔の一族から野菜を貰ったり、元気な子どもたちの相手をしながら次期長の新妻としての日々を過ごしていた。樹音だけを家に戻したことは後悔していない。むしろ、この里の若者たちが「己の鍛錬のためでもある」と入念に護衛をしてくれている。
不満なことがあるとすれば、里の者は感情が希薄で、女性よりも男性の方がそれが顕著だということだ。
「ごめんください」
台所で昼餉の用意をはじめたところで、玄関から声がかかった。絢音は一旦鍋の火を弱めると、エプロンを外しながら玄関へ駆ける。最近は少し体調が悪いのか、走ろうとするとめまいがする。それでも、留守を預かる嫁として妻として、そんな義務感で足を動かした。
「はーい、ただいま」
叫び返しながら玄関を覗くと、見覚えの無い青年が立っていた。風魔独特の白髪に灰色の瞳。両腕で1つの米俵を抱えており、細い腕なのにどこからあんな力が出るのか不思議でならない。
青年は風魔一族の成人の儀を終えているはずなのに、それにしては豊かな表情をこちらへ向けた。軽く口角があがり、目が細まる。
「こんにちは、奥様。僕は錦の家のものです、母に言われてこれを届けに参りました。」
「あら、ありがとうございます。夫にもしかと伝えますと、お母様にお伝え下さいね」
「はい。お昼時に申し訳ないです」
「良いのよ、どうせ任務で遅いのだろうから…あ、そうだ。良かったら金平糖を持って行ってくださらない?私の実家が送ってくれたのだけれど、どうにも量が多くって」
「よろしいのですか!ありがとうございます」
錦の家の者だと名乗った青年は嬉しそうに笑うと、絢音が玄関先に小分けにしておいておいた金平糖を受け取ってじっくりと眺めた。この里では外との交流が少ないためか、こうしたお菓子や若者が好むようなものが少ない。初めて見たとつぶやく青年に、絢音はまた無くなったらお出でというと、それこそ昼時に他所の子を引き止められないなと慌てて帰るように促した。
その日はどうにも錦という子のことが気になった。絢音と同い年くらいの人間は、誰もが無表情が標準装備されている。風魔の人間として任務をこなすということは、当然人も殺すことになるだろうし、感情が希薄になるのは分かる。木賊(とくさ)からも成人として認められるのは感情を殺す術を得たものだけだと聞いたことがある。
そんなとりとめもないことを考えながら義父と共に食事をし、家事をこなしているうちに一日はあっという間に終わってしまった。代わり映えしない一日で終わるはずだったのに、布団へ入ってもまだ錦のことは頭から離れなかった。
こんなことでは同じ布団で寝るようになった木賊に申し訳ないと思う。仕事を終えて帰宅した旦那に食事を出し、風呂を用意し、そして床での安らぎを与えるのが妻の努めだ。絢音の心が他所を向いていることなんて、木賊はすぐに気づいてしまうだろう。
風呂あがりの木賊が寝室へ来るのを待っている間に先日贈られた櫛で髪を梳いていると、背後の障子が静かに開かれた。気配を読もうとしなくとも、屋敷のこの部屋に入れるのは木賊と絢音だけだ。
「さっそく使っているのか」
「ええ、木賊からの頂きものですもの。大切に使わなくては」
そう返されたのがお気に召したのか、木賊は座っていた絢音を後ろから抱えるように腰を下ろした。絢音も櫛を枕元へ置くと、木賊の胸元へと背もたれる。
「今日、錦の家の者だという男の子がお米を持ってきてくださったの」
「……錦の家がか。もしや、妙に笑う男か?」
「あら、ご存知なの?」
どんな子がとも言っていないのにあの子のことだろうと思われる発言をした木賊に、絢音は複雑な気持ちになった。やはり、あのように表情豊かであることは里では異端児なのだろうか。
「錦の家には双子が居る。兄は仕事の出来る奴だが、弟の方はてんで出来ない。弟は人殺しよりも小鳥や草花を愛でる方が向いている」
「…えぇ、そういう穏やかなことが似合う子でしたわ。金平糖をさし上げたのですけれど、とても喜んでくれて。あんな子も里に居るのだと…少し驚きました」
「珍しいことではある。人を殺せない忍びなど、なんの役に立てようか。」
そういう木賊はどこか寂しそうで、絢音を抱いていた腕にも少しだけ力が入ったように思う。確かに感情が読みにくい相手ではあるけれど、しっかりと側に居れば気持ちも汲み取れるようになる。錦ももしかしたら、里の中でイレギュラーだったとしても、いつか理解してくれる相手が現れるかもしれない。
絢音は錦のことを考えるうち、自分が木賊の拠り所にならなくては、いやなりたいのだ。と強く思った。木賊の方へ向き直ると首に腕を回し、自分の体重を使って布団へ横になる。そのまま頭を撫でながら小さな声で子守唄を歌ってみることにした。
「 ゆりかごのうたを かなりやが歌うよ 」
絢音は自分の背中に回された腕に自分も眠気を感じながら、自分の意識が途絶えるまで知っている限りの子守唄を歌い続けた。様々な重圧を感じるであろう一族の跡取りが、少しでも安らかに眠れるように、と。
翌朝、いつもより機嫌の良さそうな木賊を見送りに自宅の門まで出て行くと、今日の仕事に同行するらしい里の忍びたちが何人かやってきていた。皆一様に口を覆う布をつけているが、一人だけ太陽の光を目一杯反射するような灰色の瞳を見つけ、絢音は思わず小さく声をあげてしまった。
錦もまた絢音が出てきていることには気づいていたようで、小さく目礼をしてくれる。顔をあげたところでにっこりと微笑めば、あちらも目が細まり微笑んでくれたようだ。
「絢音、今日は一色家の護衛に入る」
「あら、そうですか。」
「詳細は聞かぬのか?」
「既に風間に嫁いだ身ですもの。生家は確かに心配ですけれど、木賊が向かうのでしたら心配はありませんわ」
「…そうか。嘉萩家との会食の護衛になる。早々に戻るはずだ」
「えぇ、家のことはお任せください。」
1つ頷いた木賊たちが里の外へと向かうのを見送るうち、絢音は少しだけ違和感を感じた。何がとは言えない程度のもので、わざわざ引き止めるのも気が引けたので絢音は今日も洗濯物から終わらせなくてはと自宅へと戻った。
いつもと同じように家事をこなすうち、日が暮れて夕食の支度でも始めようかという頃になってからだった。全身が静電気をもらったかのようにビリリとしびれたのだ。菜箸が床に転がった音で我に帰ると、絢音は変なこともあるものだと首をかしげた。菜箸を綺麗に洗って別の菜箸で料理を再開すると、今度は家の外から悲鳴やら何やらが聞こえてきた。
煮物も味が整ったので火を止めると、絢音はエプロンを外して家の外を覗いてみた。誰かが任務で怪我をしたとしても騒ぎになんてならないだろうし、そもそも騒ぎになったとしてもこんな里の奥まで喧騒が届くことはありえない。
では一体何が?という不安でソワソワとする手のひらにぎゅっと爪を立てて門の外まで小走りにでていくと、ちょうど木賊が戻ってきたところだった。一緒に任務に出ていた者も居るようで、更にその身内と思われる者も集まってきている。
「木賊!」
「絢音、近寄るな。血がつく」
言われて見てみれば、木賊は血まみれの何かを抱えていた。その何かが小さく震えたかと思うと灰色の何かが見え、少ししてからそれが目だと分かった。
灰色の瞳に気づいた途端、抱えられているのが人間で、その左足が無いこと、両腕が力なく垂れていることに気づいてしまい、絢音は口元へ手を持っていった。気持ち悪いわけではない、ただ驚いた。
「錦の家か!!これだから余所者は良くないと言っている!!」
しわがれた声で叫ぶ男性に、周囲に居た人間は一斉に黙り込んだ。
静かになった広場に、木賊たちがやってきた方、里の入り口の方から一人の青年が歩いてきた。錦にそっくりなその青年は舗装されていない里の道で足音を立てることもなく、しずしずと歩いている。その青年に気づいていないのか、叫んだ男性は更に続けた。
「錦の小僧はいつか問題を起こすと思っていた!見てみろ!若と一緒の任務で不祥事とは情けない!里の恥さらしが!!」
「弟がご迷惑をお掛けいたしました」
そこで初めて錦のそっくりさんに気づいたらしい男性は、目を見開いて彼を見た。恐らく今やってきた静かな彼が錦の双子の兄なのだろう。
「ですがどうか、曾祖母を悪く言うのは辞めていただきたい」
「はっ!誰が余所者の言うことなど聞き入れるものか!里の端に家を追いやられた意味を考えろ、愚か者め。最近じゃ余所者同士でつるんでるらしいじゃないか。まんまと長の家にもぐりこんだ雌狐と手を組んで、里を壊すつもりなのだろうに」
ジトッとした男の目線が、絢音を貫いた。
衝撃を受けるはずもない。絢音はふんと鼻で男性を笑うと、つかつかと歩みよった。自分の一族を守るという目的を果たすためにこの里へ嫁いだのだ。雌狐だなんだと悪く言われることなど百も承知でここへ来たのだ。
「木賊、錦の弟くんが助かる見込みは?」
「ある」
「じゃぁ早く運んであげてちょうだいな」
背後で木賊が部下に錦を預けたのを見届けると、絢音は絢音や錦を余所者と言い放った男性を見据えた。こちらが臨戦態勢なのを察しているのか、あちらもだいぶ構えている。しかし絢音は警戒されているという事実を誇らしく感じた。相手が自分を警戒しているのは、己に危害を及ぼす可能性があると認められているからだ。
その通りにしてくれよう、とニィっと口の端を持ち上げた。
「どうも、余所者の新妻ですわ」
「自覚があるようでなによりだな」
「あなたは自分が老害であるという自覚がないようですわね、名も知らぬお方」
背後で絢音と井戸端会議を繰り広げる奥様たちがくすくすと笑ったのが聞こえた。
「で?錦の家の何が気に食わないのかしら」
「雌狐め、貴様は知らぬやもしれぬが、この一族は他所の血を入れぬ純血を保ってきた。それが誇りだ」
「それで数が少ないという、ホコリやチリみたいな因習ですわね。存じておりますわ」
「黙れ!錦の家は4代前に外からの捕虜との間に子供を作った。その末裔があの双子だ。他所の血をもった、しかも畜生腹の子どもたちだ。里に良い影響を与えるはずがなかろう!」
全くその通りだ!と言いたげに頷いた男性が何人か居るのを見て、絢音は盛大にため息をついた。絢音はそれだけで済ませることが出来たものの、背後に何人か居る女性たちからは怒りの雰囲気すら感じる。元より捕虜の女性に子供を産ませるなど、いくら忍びとはいえ女性が受け入れられるはずもない。
まして徳川が世を治めていたような時代ならいざしらず、今どき女性だというだけで地獄へ落ちるだなんて信じている者もごくごく少数だ。絢音とてこのご時世に双子を貶めるような言い方をする人間が居るとは今この耳で聞くまで信じられなかったほどである。この里の女性たちが怒るのもしょうがないだろう。
「貴様もあの双子とは親戚になるのだろうな、なにせ二色の家のものを捕虜にしたのだから」
「あぁ、私の生家の親戚ですか。それは教えて頂いてどうもありがとうございます。今度からあの双子にもお菓子をお裾分けしなくては」
「畜生腹の次は雌狐!!しかもとんだ淫乱だな!身内が辱められて動じもしないとは!」
「あら、だって…わたくし既に風間の家の人間ですもの。あまり生家…しかも遠縁にこだわるだなんて、嫁として恥ずかしいですわ」
「余所者の分際で若の嫁と名乗るのか!跡取りも埋めぬような出来損ないが!!」
自分もだいぶ古めかしいことを言っている自覚はあったが、絢音はゆったりと歩み寄ると男性の首を片手で掴むとグッと腕を上へと伸ばした。思ったよりも簡単に首を絞めることに成功して驚いたと同時に、どんどんと口が軽くなっていく。
「随分と古めかしい考え方をされているのですね、名も知らぬお方。わたくしの生家も、わたくし自身のことも、好きに貶すが良い。ですが、それ相応の復讐はさせていただきますわよ」
「このアマァ!!」
絢音が持ち上げた男性と同意見らしい別の男性がこちらへクナイを振りかざし駆けて来たのを見て、妙に冷静に腕を下ろした。慌てて刃物を引っ込めた相手の上に男性を落とすと、更に後ろから危害を加えようとやってきた男性の蹴りをしゃがんで回避し、足の付根を蹴りあげて転ばせる。背後から寄ってきた男に蹴りを入れて女性陣の方へ跳ね返せば、その男はくノ一として一線で活躍していた彼女たちに袋叩きにされている。
寄ってくる人間は全て相手になってやる。余所者だからと、女だからと舐められるわけにはいかないのだ。絢音は殴ろうとした相手の手を掴み、別の相手の刃物を受け止めるとその両方を利き足で蹴飛ばした。
妙に体が軽い。先日からの体調不良が嘘のようにさらにもう一人を殴って沈めると、どうしてもがら空きになってしまっていた下腹部に衝撃を感じた。
「ハハッ、見ろよ…血なんて吐いてるぞ。汚ねぇな、土地を余所者の血で汚す気かよ!」
絢音の腹を蹴りとばした男性に言われて口元へ手を持っていけば、ぬるりと生ぬるい液体が付着した。べとっと地面へ垂れるそれを目で追うと、口からだけでなく、どうやら下腹部からも血が出ているらしい。月のめぐりで出るようなどす黒い色の血ではなく、口からも下腹部からも鮮血が垂れていた。
腹を蹴った男と他数人は下衆な笑いをあげていたが、女性たちと一部の男性からはため息とも何ともつかない悲鳴のようななにかがあがった。
「アンタたち、お嬢になんてことするの!」
「長、制裁の許可をください!!あんな連中、風魔の男じゃありません!」
そう叫ぶ女性の声がどこか遠くに聞こえた。
そういえば、来ても良いはずの月のものはきていない。元より定期的ではない方だとはいえ、今回はあまりにも遅い。ここのところ体調も悪かった。
あぁ、何故気付かなかったのだろう。あぁ、自分はなんてことをしてしまったのだろう。絢音とて一族の頂点にたつ家系へ生まれた身、跡取りの重要性はよくよく分かっているというのに。自分が迂闊すぎたのだ。失敗した。これは妻として、嫁として、あるまじき姿だ。
ごめんなさい。
そう口が勝手に動いたのは分かったが、耳に届いたのはかすかに唇をこすった空気の音だけだった。
後頭部がじんじんと痛くなり、手のひらはうまく動かない。呼吸も自覚できるほどに浅くなり、思考は働かない。
なによりも、嫁いだ身、人質としても身でありながらというよりも、木賊と居たかもしれないお腹の子への罪悪感で涙も出ない。
「騒ぐな」
木賊の低い声に、周囲が一層静まった。
歩み寄ってきた木賊に抱きしめられ、少しだけ呼吸は楽になったが、それでもまだまともに話すことはできなさそうだ。
「絢音について思うところがある者も多いだろう。他所の血を入れるのかと、風魔の誇りはどうなるのだと。俺はそんなことはどうでもよい。」
「若!何をおっしゃるか!!」
「問題は、血族として近すぎる者どうしが子をなすことで、より体の弱いものが増えたことだ。それを説明し、長の許可も得た上で俺は絢音を迎えた。気が済まぬという者は絢音と対戦し、全員敗れて納得したと思っていたが?」
木賊が周囲を見回すと、絢音に手をあげようとしていた男性たちは気まずそうに顔をそむけたり、逆に文句があると言いたげにこちらを見返したりしている。
「それでもまだ納得できないという者を治められないのは俺の責任だ。彼女に手あげるのは間違っているし、里の女衆に制裁を加えさせるわけにもいかぬ。文句があれば俺にけしかけろ。正面からでもそうでなくとも構わない。ただ、これ以上自分の妻を貶されて黙っていられるほど、俺は馬鹿でもなければ無頓着でもない」
今度こそ、絢音は堪え切れずに木賊の胸元へ縋り付いた。次期当主の嫁たる自分が人前で弱みを見せるなどあってはならない。そう思い続けていたのに、過呼吸になるほどの涙は押さえつけられなかった。
そのままボンヤリとしてきた頭で把握できたのは、背後から錦の兄が飛び出してきて、絢音の腹を蹴った男の顎下へ、膝を入れたことだけだった。
◇ ◇ ◇
錦の片割れが男を沈めた途端、女性陣から拍手が巻き起こった。本当はこんな大袈裟なことにはしたくなかったのだが、どこかこうして人前で絢音を庇えたことはとても意味があるように思える。木賊は泣きつかれたのか気を失った絢音を抱き上げると、周囲の女性たちを見渡した。
誰もがスッキリしたような笑顔を浮かべつつも、口々に絢音を心配するような声をかけてくる。いつの間に里に馴染んだのか不思議であると同時、共に過ごす季節も3つ目ともなればこのくらいなのだろうかとも思える。
「若!お嬢の体が最優先です!」
「早くお医者様に見せなくてどうするのですか!」
「お嬢はずっと、若のお子を産むのだと意気込んで…いえ、喜んでいらっしゃったのに!最近はお体が辛そうなのに無理して家事もこなして…」
「錦の子のことも、身内と知らずに優しく接していたのですよ。なんて優しい子!まだこんなに若いのに!」
口々に言う女衆に謝罪と礼を返していると、錦の兄がこちらへとやってきた。どうやら女性たちが引くのを待っているようだったので視線を投げれば、気を利かせた女性たちが騒いだ男たちの制裁に向かったため、錦は苦笑いしてよってきた。
こうして見ると、弟とよく似ている上に、風魔という一族の中ではかなり表情豊かだ。絢音は年下に惹かれる女性ではないが、この里に居ればこうした世間的な感覚を持った人間と関われるのは貴重な時間だっただろう。
「若、我が身内の任務失敗、大変申し訳ございません。」
丁寧に頭をさげた錦はすぐに頭をあげると、手のひらで木賊の自宅の方をさして戻るように促してきた。妙に気が回るところも、どうにも一族らしくはないと思うが、それを違和感に感じることはない。
先ほどの男たちのように気味悪く思う連中も居るのだろうが、木賊はむしろこういった態度は好感が持てた。
「後日、俺からお見舞いを届けさせてください。」
「気遣い感謝する、お前たちならば絢音も喜ぶだろう」
それだけ言うと木賊は女性たちに咎められる前にと、錦に医者へ走るよう頼んで自宅へと戻った。
その後、錦に呼ばれた医者は目出度いやら許せないやら、ともかく勇んでやってきて診察をしていった。「女の体になにをするんだ」と終始男への文句を言っていた医者は、体が男で心が女なのだと、連れてきた錦に言われて知った。
錦も仲が良いらしいその医者に礼を言って玄関先においてあった金平糖を持たせて見送ると、木賊は眠ることなく絢音の隣に座り続けた。なんとなく、隣に寝てはいけない気がしたのだ。
自分からこの家へ嫁ぐと宣言したあの時には驚いたが、今日まで嫁であらねばと思う一方で自然とこちらへ好意を傾けてくれていた。共に過ごす時間が長いせいか急激に近づいた距離に、お互い戸惑いはもっていた。それでも、絢音はあのように、不特定多数の他人が居る前で「風間の嫁である」ということを誇りに思うと言い放ってくれたのだ。それがどれほどに嬉しいことか、彼女はきっと分かっては居ない。
この里では極力血が遠い者同士を結ばせ、ほとんどが婚姻統制によって子をなしている。感情が希薄な者が多いこの里ではそれが当たり前だったはずなのに、長となる自分は相手に思われ相手を思って子をなそうとしている。これがどれほど希少なことか。
布団のうえから絢音の腹に手をのせると、木賊は申し訳無さで胸がいっぱいになるのを感じた。幸いにも絢音の身体に怪我は無いとのことで、子供も里の医者に言わせれば無事な可能性もあると。心配しすぎたらしい部下の女性が、母子の安全を守るのだというお呪いをしにもきた。木賊も大丈夫だと信じているが、心配でならない。
「ありがとう」
木賊はそう小さく告げると、絢音が以前歌っていた子守唄を覚えている限りで口ずさんだ。少しでも気を張りすぎる可愛らしい嫁が、ぐっすりと休めるようにと。
終。
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2015/03/27 今昔
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