2015年6月5日金曜日

【仮想大江戸】 小話 「金魚すくい」

※ 楽曲からイメージした小話




【金魚すくい】





「見てみて!射的!」


あたしは常盤の浴衣を引っ掴むと、下駄と地面が立てるカラコロという音に気分を高揚させながら走りだした。
目の前に続く道には、色とりどりの提灯が柔らかい光を放っており、両脇には話に聞いたことがあっただけの屋台たち。あたしの浴衣は白地に赤い金魚が泳いでいるけれど、正直今日のあたしも金魚の気持ちだ。
まだ日の高いうちから紅の家にやってきた常盤は、あたしの母と祖母を言いくるめてあたしの居る離れまでやってきた。いつもなら勝手に塀を乗り越えてやってくるというのに、正攻法でやってきたのだ。理由を聞いてみれば、両手に抱えるようにして色とりどりの浴衣をみせられた。


「どれが好みだ?」

「は?」

「俺はこういうのは詳しくないのでな…お前が好きそうなものを、とりあえず全て持ってきた」


言われて、常盤の持っている浴衣を1つずつ畳の上に広げていくと、あたしよりも彼の方がわくわくしているようで、楽しげに続けた。


「今日は夏祭りの初日だ。昨夜は前夜祭の宮入りで何も見れていないのだろう?」

「お宮入り以外でお祭りに行ったことないわ。大抵、近所の料亭でお仕事があったから…」

「今年の予定は空いていると、夜子の母上に聞いてきた。だから、今年は一緒に行くぞ」



なんでも器用にできるくせに、浴衣の着付けは自分じゃできないという常盤に、紺色に銀糸が織り込まれた浴衣を着せた。顔を隠す必要はないだろうけれど、あたしの持っていたお祭りの知識を総動員して、狐のお面も持ってきた。
あたしの方も、常盤が選んでくれた浴衣から一番気に入ったものを着て、帯も髪飾りも常盤に選んでもらった。

まるで、恋人という関係のようだと思う。

特に、どちらから好きだ何だと言ったことがあるわけではない。そりゃ、言われたら嬉しいだろうけれど。今のところ、あたしも常盤も言わなくても分かっているのだ。

ヨーヨーを片手に走って行く子どもたちを見て、いつか自分たちも親になるのかななんて話をしてみたり。
あの屋台の料理は美味しかったから作れるように頑張ってみるね、なんて話をしてみたり。
そんな淡い、幸せを描くだけで今は十分だ。


紅の家はとても内向的で、外部の人間を寄せ付けない。そういう意味では風魔に似ているのかもしれない。大きな違いがあるとすれば、女系の一族ということくらいだろう。
だからあたしも、母や祖母には逆らえない。そう思って過ごしていた。言われるがままに芸を磨き、仕事をして、いつの日か両親が決めた相手と結婚する。そしてまた女の子を産まなくてはならないのだと、そう信じきっていた。枠組みの中に囚われて、それ以外の考え方が出来なかったのだ。言ってみれば、金魚すくいのケースに入れられた、あの赤い魚たちと同じ。
紅の家の女性はその芸と特殊な髪色が原因で、裏では高値で取引される。赤い髪の毛に赤い瞳。それだけで人攫いに遭うかもしれないのに、親の作った囲いから出る勇気はあたしにはなかった。


「はぐれるぞ」


そう言って手を繋いで、だいぶ違うはずの歩幅を合わせてくれる。常盤の手に繋がれているうちは、ビニール袋に移った金魚だ。常盤の思う場所に連れて行ってもらえる。
あたしと同じように白髪と緑の瞳で、周囲にはあっという間に風魔の人間だとバレるだろう。けれど彼は強い。始めて出会った料亭の事件の時もそうだった。あたしを庇って、守ってくれた。今だってそうだ。いくら高値がつく紅の女だと言っても、風魔の忍びと一緒ならば余程の馬鹿出ない限り手を出してこないだろう。


「手…」

「ん?どうした?」

「つなぎ方、こっちがいい」


くっついていた自分の指同士の間へ常盤の指を絡め取れば、まあ…所謂そういうつなぎ方になる。皮膚の接触面積が増えるからか、妙な安心感がある。

紅の家の中に居るあいだは、何も感じない日常の中を泳ぐだけの金魚だったあたし。
狭い世界から、あなたがあたしを掬いあげてくれた。出会ったのが偶然でも、手を伸ばしてくれたのは、常盤の意思のはず。あたしを一番に考えてくれる、大切な、唯一の相手だと思っている。そんなことは照れくさいので絶対に言わないけれど。


「っふ。乙女だな。」

「うーしゃい!」

「何を言う。可愛いからそう言っているまでだろう?」


慌ててつなぎ方を元に戻そうとしたあたしの手をグっと引き寄せると、常盤の唇が耳に触れた。


「いつも以上に可愛い。連れ帰りたいくらい、好きだ」


訂正しよう。
あたしも負けじと常盤の耳元へ口を寄せた。


「あ、あたしだって…好き、だ……ばかぁ!」







2015/06/05 今昔
歌手:藤田麻衣子
曲名:金魚すくい


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【仮想大江戸】 小話 「今でもあなたが」

※ 楽曲からイメージした小話
※ 親世代編のネタバレ注意


【 今でもあなたが 】


木賊は腹の傷を庇いながら布団の上に起き上がった。
愛した人を取り戻そうとしたことを後悔はしていないが、周囲に大きな迷惑をかけたことは後ろめたく思っている。
絢音が流行病に倒れた時、二人の間に産まれた長男と、それから養子として引き取った少年が亡くなった。あの病がなければ、常盤の成人の儀を早急に執り行う必要もなかった。そして、木賊自身も絢音を追い求めて禁術に手を出すことはなかった。己の弱さを実感すると共に、子どもたちの世代に申し訳ない気持ちで潰れそうになる。
木賊はふと自分の手のひらを見つめてみた。
木賊を生かしておくと判断したのは、絢音の姪である麗奈と、常盤と恋仲だという夜子という少女だった。親殺しの相手とはいえ友人の親、友人の義理の親になるかもしれない人。そんな相手が憎くとも殺したいとは思わない。絢音の妹である樹音そっくりの顔でそう言った。
物思いにふけっていても忍びとしての習性は抜けないもので、自室へ近づいてくる気配を感じて顔をあげた。

「お義父さん、夜子です。入っても宜しいですか?」

どことなく、絢音に似ていると思う。
人前で負けを認めたくないところや、強気を装っていても本当は甘えてしまいたいところ、限られた人の前でしかそれを見せないと徹底しているところ、よく響く声や下に向きがちな視線。異性の親と似た相手に惹かれるという話は聞くが、母親との記憶が希薄であるだろう常盤もその傾向にあるのかと思うと、なんだか頬が緩むような気がした。

「どうした?一人でここへ来るとは珍しいな」
「1つお伺いしたことがあります。もし…余所者である私に話して聞かせてもいい話であれば、お聞かせください。」
「いいだろう。どうしたんだ?」

もうお前は他人じゃない、と言ってやりたいのはやまやまだが、絢音がくぐり抜けてきたあの余所者を排除するような動きが、また繰り返されるかもしれない。そう思うと、簡単にそう口にすることははばかられる。

「成人の儀では、大切な人を殺すというのは本当ですか?」
「…どこでその話を聞いたんだ」
「里の外に流れてくる、数少ない風魔の噂のひとつです」
「そうか…外へは、そのように流れているのか…」

礼儀正しく座っている夜子の顔は心なしか暗い。その負の感情を見せてくれるようになったのはここ最近で、幼い頃の常盤の話を聞かせているからか、心を開いてきてくれたようだ。

「風魔は、身内殺しをするような一族ではないと、私は思っているのです。長の命令は絶対。お金や権力には靡かないと有名な一族であるのに、その大切な身内を殺すようなことをするとは思えなくて…」
「あぁ、ありがとう。常盤の嫁さんは本当にものをしっかり見てくれている」
「っ…!」

嫁という言葉に過剰に反応してみせるところは、絢音とは違うようだ。絢音はむしろ、自ら嫁にと売り込んできたうえに、当主の妻であるということに誇りを持っているようだった。

「成人の儀は、始めて暗殺の仕事を請け負うことだ」
「…幼い頃からその任務につくこともあると、常盤には聞きました。」
「奴は例外だ。その手の仕事を好んでいたからな…」
「では、成人の儀とは具体的になにが行われるんですか?」
「……お前が殺したのは、誰かが大切に思う相手だ。愛しいと思う人を殺したのだ。そう言い聞かせて暗闇に閉じ込める。そうして過度のストレスを与えて感情を押し殺す術を学ぶのだ。」

暗闇、といっても、その定義は人によって様々だ。木賊は自宅の地下にある座敷牢だったし、常盤の時には少々過酷だとは思ったが一番危険な方法を取り入れた。箱に詰めて地面へ埋めたのだ。

「では、常盤は自分の大切な人を殺めたわけではないのですね…」

ほっとしたように言う少女に、木賊は微笑ましく思い頬をゆるめた。

「私は、風間家当主の妻として、彼を支えていく覚悟を決めました。まだ時期ではないと判断し、常盤には返事をしていません。しかしながら、若輩者ゆえご無礼もあるかと存じます。どうか、暖かなご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします。」

まっすぐな背中で言い、そして優雅に礼をした少女は、やはり絢音に似ていた。
そして思うのだ。亡くなって何年も経過する、それから言い寄ってくる女性が居なかったわけでもない。それでも、やはり絢音が一番であり唯一であると。そう思ってしまうのだ。
木賊は好きなのだ、絢音を思い出させてくれる夜子の声が。
絢音にそっくりなその声を聞くだけで、涙が出る。それはきっと、今でも彼女を愛しているからなのだろう。
涙した木賊に慌てる目の前の少女と、自分が愛した女性との息子が、幸せであれるようにと、木賊は心の底から祈った。






2015/06/05 今昔
楽曲は
歌手:藤田麻衣子
曲名:今でもあなたが