絢音は檜皮に任務でも身に付ける忍び装束を着せて、少し伸びていた後ろ髪を丁寧に結って綺麗な紐で飾り付けた。全く忍びらしくない感じにはなったが、せっかくの挨拶なのだからこれくらいしても許されるだろう。
「なんだか息子が結婚するような気持ちだわ」
「絢音様、まだそんなお歳ではないでしょう…」
茶目っ気を出して言ってみれば呆れたように返した檜皮に、絢音はぽんと肩をたたいて準備が整ったことを伝えた。
今日を限りに、檜皮は桑染家の養子になる。秋口の収穫が終わったこの時期、年末の慌ただしさがやってくる合間を縫って必要な手続きを済ませなくてはならない。風間家の人間ではないので準備も手伝う必要はないのだが、絢音は檜皮を我が子か弟のように思っていることは変わりなかったので、今日の支度と引率を引き受けた。
「檜皮が私の子供のように大切な存在だということよ」
「ありが…とう、ございます。……僕も、桑染の家で頑張ります。ので、1つだけお願いできませんか?」
「どうしたの?」
「お腹の子が産まれたら、またお祝いさせてください」
絢音はとんでもないお願いをされたらどうしようかと思っていたが、頬が緩むようなお願いに、思わず檜皮をぎゅっとだきしめた。同じ里の中に居るのだから会えなくなるわけではないし、なにより風間家と関わりの深い家へと養子に入るのだ。
何を心配するのだと自分でも分かっているのだが、どうしてか涙腺が緩んでしまいそうになる。
「大丈夫よ、きっと千歳もお腹の子も、檜皮と朽葉を兄だと思ってるわ。何があってもなくても、顔を見せに来て頂戴ね」
「はい、絢音様」
【 仮想大江戸 お伽話 親世代編05「騒然たる一族」 】
木賊と絢音が付き添って桑染家へ行くことが決まると、やはり朽葉は千歳の面倒を見るのだと言って先代と共に留守番を申し出てくれた。彼らに千歳を任せると、絢音も身支度を済ませて玄関先へと赴いた。
既に庭先へ出ているかと思っていたが、檜皮はなにやら土間でおろおろとしており、庭先から木賊が苦笑いしてこちらを見ているのが見えた。絢音にも大方予想はついたが、こればかりは双子の問題だと口出しするのはやめて無言で靴を履く。
今朝から、朽葉はろくに檜皮と口を聞いていない。朽葉の様子を見るに、別に檜皮を悪く思ってのことではないようなので、なおのこと絢音と木賊は口出しが出来ないでいたのだ。ついに出かけるという時になって、檜皮も我慢が出来なくなったのだろう。
「あの、絢音様…朽葉は……」
「朽葉なら、居間で千歳を見てくれているわよ」
檜皮は途端にソワソワと居間へ続く襖を見つめはじめ、絢音は少し可哀想かとも思いながら木賊の隣へ移動した。木賊も二人の様子は気になっているようで、絢音と同じように玄関先を覗きこんでいる。
古い屋敷であることもあって、玄関先といってもかなり広めだ。それこそ家というよりも屋敷と言った方が良い広さは、一色家のそれよりも広いだろう。その広い玄関を隅々まで響かせるように、朽葉の声が響いてきた。
「檜皮はいい加減にしてよ!」
一瞬絢音も木賊も喧嘩かと身構えたのだが、続けて朽葉の言った言葉に頬が緩んだ。
「僕が檜皮を嫌いになるはずないでしょ!どこにいっても兄弟だよ!」
「でも、公的には他人に……」
「馬鹿!そんなの関係ないだろ!公的にはいつか上司と部下だ、関係ない人間になるわけじゃない!そんなにウジウジしてたら長にも絢音様にも申し訳ないだろ!男ならしゃきっとしろよ、くそ兄貴!」
しばらくすると中からグズグズと泣いているような声が聞こえ、絢音はなんだか笑ってしまった。絢音と年齢が大きく離れているわけではないが、彼らにとってお互いはかけがえのない存在だ。絢音から見た樹音のような存在だろう。
そんな大切な存在と気持ち以外のわかりやすいもので繋がっていたいと思うのは当然なのかもしれない。木賊が玄関先に入っていくと、檜皮はなにか言われて納得したようで、二人揃って穏やかな顔で戻ってきた。
「檜皮に何を仰ったんです?」
「男同士の約束だ。檜皮、忘れるでないぞ」
「はい!」
妙にいきいきとしている男二人と共に染家へ連れて行くと、門前で桑染の当主が迎えてくれた。自分の子供が女児ばかりなのは可愛くて良いが、婿を迎えて跡取りにするには不安がある。そこで、信頼のおける木賊が育てたと言っても過言ではない檜皮を、ということだったようで、当主自身も檜皮を大層気に入ってくれているようだった。
桑染の当主に迎えられて3人で邸宅へ上がると、早速義理の親子として契りを結ぶための杯が用意された。女でかつ妊婦であった絢音は部屋の外で待とうとしたが、当主にそんな古い風習に従う必要はないと、招き入れてくれた。
漆塗りの綺麗だが小さな杯に酒が注がれ、互いに飲み交わすと最後は盃を割る。その盃は処分せずに木箱に入れて保管するのだそうだ。絢音は初めて見るその静粛な空気に気圧されながらも、檜皮が正式に桑染の者となったことを嬉しく思った。
これから彼は思う存分に自分の能力を発揮して活躍することだろう。いつかは誰かお嫁をもらって子供も産まれるだろうし、男の子でも女の子でも祝福したい。尺ほどの細長い木に桑染としての名前を書いてもらい嬉しそうに受け取った檜皮を見て、絢音はそう思うのだった。
そしてこの日から、錦檜皮は桑染一真となった。
◇ ◇ ◇
樹音は大学が終わった後の手習いからまっすぐ自宅へ帰ってくると、自分の部屋へとかばんを置きに行った。8畳ほどの和室が左右に分かれていて、入って左手が濃い青色で統一された自分のスペース。右側は小豆色を中心にした絢音のスペースだ。
2年ほど前に風魔一族へと嫁いでいった絢音は、今はもう連絡を取る方法さえ分からない。両親は何やら神妙な顔で「詮索するな」と言っていたが、それに納得しろというのも無理な話である。更には風魔の一族へ嫁いだことは他言無用と口止めされたため、誰かに愚痴るということすら出来ない状況だ。これではストレスも貯まるというもの、将来円形ハゲにでもなったら両親はどうしてくれるのだろうか。
昔から、絢音と樹音は姉妹だからと言って様々なことで比較され、そしてお揃いにされてきた。絢音が薙刀を習い始めたら、せっかくだから樹音もと。樹音が気に入った柄の生地を見つければ、せっかくだから絢音も新しい着物を。といった風に、何かにつけてお揃いにしたがる大人は多い。
そしてお揃いにしたうえで、どちらが優れているのか比べたがる。
「絢音様は本当にお強い。こう言うのも失礼ですが、女性にしておくには勿体ないほどに身のこなしが素晴らしい。」
「体の使い方を分かっているのでしょうね、とても良い発声です。絢音様には今後ともお稽古を続けていただきたいとお伝え下さい」
小さい頃は習い事から帰宅するとき、先生である大人がお迎えの執事に言うのはいつも絢音のことだった。樹音は自分には才能が無いのだと思い、早々に薙刀と雅楽のお稽古はやめてしまった。すると今度は両親から塾へ通うように言われるのだ。
その頃からだった。今まで習い事というのは所謂実技的なものばかりだったが、はじめて座学に触れ、樹音は驚いた。
「どの教科もまんべんなく成績がよいのですが、特に数学において、樹音様は塾の中でも秀でておりまして」
はじめて大人に褒められた。お迎えの時に、絢音ではなく樹音が褒められたのだ。少しだけ誇らしくて絢音を見れば、絢音は思ったよりもショックを受けていない様子だったのが幼い頃の記憶に強く残っている。
樹音はそのときのことを思いだすと盛大なため息をついてベッドに横になった。
「絢音のばか。」
いつもこうやって樹音の先を行ってしまうのだ。普通の姉妹なら寂しがるだろうこの状況も、比較対象がいなくなったことに対する安心感しか感じられない。そんな自分が腹立たしくもあり、頭の中がごちゃごちゃと片付かない。
だいたい、どうして好きでも無い相手にお嫁に行くと言えたのか、樹音には全く理解出来ない。
あの風魔の忍びに誘拐された後、樹音が一人で待っていると何故か一色の家の人間が迎えに来た。そしてそこからまた車で帰宅したのだが、その時に絢音は一緒ではなかった。樹音が「絢音は嫁いだ」と知ったのは帰宅した翌日のことだった。
絢音だけ呼び出された後に何があったのかは分からない。けれどきっと、絢音が家を飛び出していくような何かがあったのだろう、興味をそそられる何かが。
「こーら、夕飯が出来てるんだからそんな格好してないで早くおいで」
「きゃぁ!?」
突如ドアから聞こえた声に、樹音は跳ね起きるようにしてベッドの上に座った。絢音のベッドと違いロフトにはなっていなかったのが幸いだ、頭を打たずにすんだ。
「征一郎さん!レディの部屋に突然入ってくるだなんて!」
樹音が起き上がって文句を言うと、予想通りに穏やかな顔つきの男性がドアを開けた状態で立っていた。今日は仕事でもあったのだろうか、ワイシャツにベスト、タイをつけている。胸元に施された刺繍は七色の家の家紋であり、一族絡みの正式な仕事をしてきのだろうことが伺えた。
七色の家の長男で征一郎、絢音は征さんと呼んでいたが樹音は恐れ多くて、小さいころからずっと「征一郎さん」の呼び方をしている。
「レディとして扱ってほしいのなら、家族揃っての夕飯に遅れない方が良いんじゃないかな?」
「えっ、もうそんな時間…あぁ、ごめんなさい。すぐに向かいます」
「待ってるよ。今日はオレも一緒だから、とびきり可愛くしておいで」
「征一郎さんったら!」
可愛らしくウインクを残して去っていった征一郎に、樹音は枕元にあったクッションを投げつけたくなった。
征一郎は、一色家が幅を利かせるこの界隈でも有名な重工業を営む会社の取締役だ。身内ばかりで関連会社の上席を埋めているものだから、中間職の人間からの評価はとても悪いと聞いている。それでも彼が会社を継ぐと決めたのは、すこしでも環境を改善していきたいからだと聞いた。
樹音はそんな征一郎のことをとても好いていたし、何より征一郎もこちらのことをよく気にかけてくれている。それが嬉しくて、いつかはああいう人と一緒になりたいものだと心から思っていた。一族のために頑張ることが誇りであり、自分の役目なのだと。
それなのに絢音は一族を飛び出した。そして両親もそれを容認している。理解が出来なかった。
樹音がリビングへ入っていくと、既に夕食の用意が整っていてテーブルの片側には両親が、その反対側には征一郎が腰掛けていて、樹音は慌てて謝罪をすると席についた。
「樹音さん、絢音さんが居なくて不都合を感じるのも分かりますが、夕飯に遅れるのはいけませんよ」
「すみません、お母さん」
「まぁまぁ、今までずっと二人で1つと扱われていたんです。突然絢音ちゃんが居なくなって戸惑うのも仕方がありません。」
「それにしても、もうすぐ二年も経つのですよ?少しは慣れてもらわなくては」
征一郎になだめられた母親はそれだけで納得したのか、他には何も言わずに食事を促した。父親もそんな母親の様子は当然だと思っているようで、特に何か言ってくることはない。他の誰が言っても意味をなさないのに、征一郎だけは両親に影響力を持っている。それも樹音が憧れる理由なのだろうなと自分自身でも感じた。
その後の夕食も穏やかに終わり、給仕が食後のワインを両親と征一郎に、樹音にはりんごジュースを持ってきてくれた頃だった。デザートのゼリーは美味しくて、樹音は満足して気が緩んでいた。
「ところで、あの話をしても良いでしょうか?」
征一郎が切りだすと、父親が嬉しそうに笑って頷いた。何か良い事業でもあるのだろうかと樹音が様子を伺っていると、征一郎は懐から手のひらに収まるような小さな箱を取り出した。それはベルベットのような生地で装飾された紺色のケースで、樹音がきょとんとしていると征一郎は箱を開いた。
箱から顔を出したのは可愛らしい宝石のあしらわれた指輪で、樹音はそこでようやく箱の存在を理解した。ドラマや何かでよく見るあの箱が、まさか自分に差し出されるとは思っていなかったために、まったく予想できなかったのだ。
「樹音、オレと結婚してください。後悔はさせない…多分。」
仕事中とはまた違う雰囲気の凛々しい表情で言ったかと思うと、最後にいつもの優しい顔で付け加えられ、樹音も一緒になって微笑んでしまった。この人は本当にこちらのことを分かってくれている。格式張ったことは嫌いではないが、それでも結婚は個人のこと。一族やら何やらの政治がらみも大切だが、こうやってただの個人として言ってもらいたい。そんな気持ちを察してくれたのだろう。
絢音が風魔の里へ嫁いでから一年と少し。その寂しさが少しだけ和らいだような気がして、樹音は笑顔で了承の返事をした。
「これで我が家も跡取りに困りませんわね、あなた。樹音さん、元気な子を産んでもらわなくては…」
「お母様、気が早いです」
「早いものですか。絢音さんからの手紙が届いたのだけれど、二人目の子供を授かってるそうよ」
「えっ!?絢音ってば、子供が居たの…?」
樹音は危うくテーブルに両手を叩きつけそうになりながら問い返した。絢音といえば、いくら複雑な事情があるのだろうと察せられる状況とはいえ、手紙の1つも寄越したことはなかったのだ。それなのにようやく手紙が来たと思ったら樹音には1枚も届かず、母親にだけ、それも出産という重大なことを事後報告したというのだ。
なんだか小さい頃のように負けたような気がしたし、今まで仲良く育っていたのを裏切られたような気がした。自分たちはまだ学生だったのだ。そして樹音は今もまだ学生で、ようやく成人しようとしているところなのに、絢音は一足飛びどころか何足も飛ばした先に行ってしまったのだ。
「ま、負けた気がする…」
「あら、今どき15で嫁へ、3年子無しはーなんて言う家柄は無いわよ。樹音さんは目一杯学生生活を楽しんでから子供を作れば良いわ。もちろん、征一郎くんの希望も聞かなくちゃならないけれどね」
「オレは、樹音さんの希望に合わせますよ。」
征一郎からのプロポーズも嬉しいはずなのに、なぜだかモヤっとしたものが胸のなかに渦巻いてしまい、樹音は笑顔を保つのに必死になってしまった。両親にそのいらだちのようななにかがバレてしまわないか心配だったが、それよりもせっかくのプロポーズを台無しにしてしまったような気がして、征一郎への罪悪感で押しつぶされそうだった。
その後は、征一郎と父親とが入籍の日にちやら挙式の日にちを話し合っていたが、樹音の耳を素通りしいくだけだった。
次の週末になると、征一郎からデートのお誘いがあった。特に断る理由もなければ、まして婚約してから最初のお誘いを蹴るなんて失礼なことをできるはずもなく、樹音は出来る限り可愛らしい格好をして待ち合わせの場所へと向かった。
まずは定番の映画でしょうと言っていた征一郎は、待ち合わせの10分前に樹音が玄関先へ向かうと、ちょうど迎えにやってきたところだった。本当は映画館もある街中で待ち合わせてもよかったのだが、それは男としてありえないことらしい。樹音は特に男性と交際した経験はなかったが、周囲の友人たちの話を聞く限りでは、征一郎のこの行動はかなりデキる方のはずだ。
言われるがままに征一郎の運転する車にのせられて街中へと出てくると、休日のためか歩道も車道も賑をみせていた。人混みは苦手ではないが、流石にこの中へ飛び込んでいくのは気が引けるほどだ。
「そういえば言い忘れていたけど、そのワンピース初めて見るな。可愛いよ」
「おはようございます、征一郎さん。征一郎さんも相変わらず格好良いわよ」
「ありがとう、可愛いレディに言われると、なんだか嬉しくなるね」
こういう時、絢音ならば「はいはい、お世辞ご苦労様ですこと」だなんて言って、軽く流せてしまうのだろう。けれど想像の中の絢音とは真逆に真っ赤になっていく自分の頬を自覚して、樹音はまた悔しいような恥ずかしいような気持ちになった。
「また絢音さんのことかい?いくら姉妹とはいえ、嫉妬してしまうなぁ」
「ご、ごめんなさい!そう、あのね、映画見る前にポップコーンが買いたいの」
我ながら雑な返しであることを自覚しながら言った時、前方から大きな音と共に風が吹いてきた。言うならば鍋の蓋を50ほど床に叩きつけたのを何倍にもしたような音と、土を巻き上げてくる風だった。
「なに…?」
信号待ちで止まっていた征一郎の車も、わずかながら風に揺れた。
何が起きたのか分からずじっとしていると、征一郎は窓を開けて軽く外へ頭を出して前方を見やった。ハンドルを握ったままだった左手にぎゅっと力が込められ、樹音にも何かよくないことが起きたのだろうということは分かった。
「まずいな…こんな昼間の街中で何をやってるんだ、連中は…」
「どうしたんですか?」
「風魔の忍者が防衛戦をしてる」
「えっ?」
言うと征一郎はエンジンを止めて社外へと飛び出した。樹音はとりあえずシートベルトを外し、いつ何が起きても良いようにとバックをぎゅっと握りしめて征一郎を見守るしかない。
征一郎は羽織っていた私服のジャケットを脱ぐと、代わりに後部座席から七色と一色の家紋が入ったスーツを羽織り、手をメガホンのようにして叫んだ。
「皆さん!落ち着いてください、この区画は七色の防衛管轄区です。すみやかに駐車し、歩いて移動を開始してください!」
樹音はその言葉を聞くと居ても立ってもいられなくなり、車の外へと飛び出した。
途端目に飛び込んできたのは、銃を乱射し、砲弾で建物を壊し、人々を刃物で脅している黒装束の団体だった。前方からは女性や子供の泣き叫ぶ声が聞こえ、車で移動していた人々もそれに気づいたらしく樹音たちの進行方向とは逆へと引き返していく。車で引き返す人たちと走って逃げる人たちとで、車道も歩道も阿鼻叫喚としか例えられない状況だ。
「樹音さん、君も逃げて。申し訳ないけどオレじゃぁ君を守れない」
「征一郎さんは?」
「オレはこの都市を守る七色重工の取締役だ。軍事関連の知識もある。あいつらは恐らく伊賀か甲賀の忍だろう。防戦しているのは風魔一族のはずだ。そういう取り決めになっているから…」
「取り決め?」
樹音はふと、絢音を置き去りにしてしまったあの日のことを思い出した。もしかして、と思う気持ちと、気にしすぎだと思う気持ちとがグルグルと頭の中を駆け巡る。
訳がわからないと叫びたくなった時、征一郎の車の上に何かが2つ落ちる音がした。トンという軽い音に、屋根は凹んでないなと場違いなことさえ考えてしまうほど、その音は自然と耳に馴染んだ。
「お前が七色征一郎か」
びっくりするほど低く良く響く声に、樹音ははっと車の屋根を見上げた。
そこには白髪に緑色の瞳をした30代くらいであろう男性と、白髪に灰色の瞳をした樹音より年下であろう青年が居た。どちらも忍び装束に口元を覆う布をつけていて、男性の方は頭の後ろになにやらお面のようなものが付いている。
征一郎は驚くこともなく彼らを見やると、そうだ、とだけ返事をした。
「俺が風魔小太郎だ。先日からの契約を履行するために来た。」
「頼む。街を防衛してくれ。連中が何を考えているのか分からない。街に定点配備されている銃器の類は使ってくれて構わない」
風魔小太郎と名乗った男性は頷くとお面を付け直した。夏祭りなどで売っているものよりも、少しだけ目元が大きく開いている。恐らくは素顔をばらさないためなのだろうと、樹音は邪推した。
「恩に着る」
「ははっ!忍びの言うセリフじゃないな、それは。まぁ良いよろしく頼む」
「…我々に新しい風を吹き込んだのは絢音だ。あいつの産まれた場所を守る。一真にも良い初遠征だ」
「はい、長。しかし文を届けにきただけのつもりが、かえって都合が良い事態になりました」
「全くだ。絢音の女の勘とやらを信じてみて正解だったようだ」
風魔小太郎はちらりと樹音を見やると、小さく会釈をして去っていった。一真と呼ばれていた青年の方も、後頭部で括った長い髪の毛を靡かせて走りだした。
「あ…」
青年が走りだした時にちらりと視界に入ったのは、絢音が気に入って付けていた髪留めだった。
「樹音さん、オレたちは引くよ。」
風魔小太郎が言った言葉と青年の髪留めと、よく分からないことが多すぎて混乱しながらも、樹音は征一郎に手を引かれてどうにか避難場所へと辿り着くことができたのだった。
後日、新聞にも取り上げられたのだが、伊賀忍者の遠江(とおとうみ)襲撃は誰か特定の人間を殺すためだったらしい。それにしても忍びらしからぬ行動にマスコミは騒ぎ、風魔によって守られた樹音たちは表立って報道はされないものの、彼らに感謝するものが多かった。
終。
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2015/04/03 今昔
登場人物がややこしくなってきたので、じきにwikiの方更新します。
ネタバレNGな方は間違っても仮想シリーズのwikiをググらないでくださいm(_ _)m
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