2015年4月24日金曜日
【仮想学園】過去話ヨル編「僕の悪魔の代理人」
「夜子、お行儀が悪いわ」
「申し訳ございません」
「本当にガサツ。少しは女の子らしく出来ないものかしら?」
パスタをフォークだけで巻き取った途端、隣に座っていた母親に手を叩かれた。どうやら一緒に置かれていたスプーンを使えということらしいが、そもそもスプーンを使う文化は日本が勝手にはじめたことだった気がする。だったら、本当にマナーのなっている人というのはフォークだけで綺麗に食べるんでないだろうか。
そんなことを言おうものなら次は頭を叩かれることが分かっているので、僕は黙って従った。ちなみに、これはこの家の中での日常風景だ。習い事のピアノや習字、お琴、演劇の宿題を見てもらっている間、食事のあいだ、何でもない時。僕は母親に殴られる。
死にたいと思ったことは何回もあった。
大した家柄でもないくせに、両親も祖父母たちも僕を淑女として育てようと必死だった。曾祖母は神社の巫女だったので、女児を授かったと分かった時点でそっち方面から僕に縁談が舞い込んできたのが原因だと勝手に推測している。両親としては幸せになって欲しいという願いからの行動かもしれないが、彼らの子供であり孫である僕からしたら迷惑以外のなにものでもない。
かくいう僕は、紅ヨルという少し変わった名前というだけで、他は容姿も生い立ちを普通の女の子だ。ヨルというのは曾祖母がつけてくれた名前らしい。ただ、少し男の子っぽくも聞こえる名前が気に食わない両親は、名前の由来を僕に教えることもなく最後に「子」をつけて呼んでくる。勝手に改名されていたことを知ったのは、高校の部活動で海外遠征へ行くためにパスポートを取る時だった。
神様って不公平だなーと思いながらも、最初のうちはどの家も女の子はこういう育てられ方をするんだと思い込んでいた。それが僕の思う常識じゃないと知ったのは、小学校に入った時だった。
小学校は、近所でも有名な女子校だった。このころはまだ存命だった曾祖母は猛反対してくれたのだが、いかんせん多勢に無勢。僕が「狗谷学園初等部」へ入学することは気づいたら決まっていた。
ロングスカートにブラウスの制服はかなり高価だったろうし、成長期の子供に着せるというのだから買い替え頻度も多い。馬鹿みたいにお金がかかる学校だったのだろう。案の定、入学式に登校した時にはお淑やかで物静かな女の子ばかりだった。
「お早うございます」
親同士も知り合いが多いのか、必然的に孤立していたその中で、唯一僕に声をかけてくれたのが彼女たちだった。
「わたくしは桑染柳、そしてこちらが双子の姉で」
「桑染葵と申します、よろしくお願いいたしますね。」
深緑色の制服がよく似合う双子たちは、僕が一般家庭からの枠で入ったことに気づいたようで、両親が行って来いと許可をくれたからと声をかけてくれたらしい。僕は二人に感謝しつつ、母親から逃げる好機だとばかりに二人と会話を楽しんだ。
二人の桑染家は、この辺りで有名な風間家の分家筋らしく、本家の末妹である双子が桑染に養子に出されたのだそうだ。将来は桑染家に嫁ぐのだから、最初から仲良くなっておけと。それもそれでどうなんだ、親の都合じゃないかと当時の僕は思ったが、二人は納得しているのだそうだ。
特に問題はなく、強いて言うのなら二人はどうしても桑染家の人を兄にしか思えず、結婚というのは今は無理よねーと朗らかに言っていた。僕とは次元が違うなと本気で思った。
「ところで二人は、何組になったんですか?」
「二人とも4組です」
「ヨルさんは?」
「私は…あ、私も4組です」
この奇妙な取り合わせは先生の目にも止まったらしく、僕が孤立しないための対策だったのか3人は6年生までずっと同じクラスになることになる。
この二人と仲良くなったことを入学式で見ていて、当然ながら知っている母親は、調子にのったのか父親と祖父母を巻き込んで僕の縁談をまとめはじめた。僕の見合い写真を撮ったりさせられたが、逆らえばまた手をあげられる。
この縁談が動き始めたのが初等部の5年生。縁談が嫌で腰まで届いていた髪の毛を無断で切った時には、納戸に2週間閉じ込められた。今思えば浅はかだったと思う。せめてウィッグを入手してからやるんだった。
閉じ込められているある日、暗い部屋に父親が入ってきたこの後何が起きたのか、僕はよく覚えていない。翌日も、その翌日も父親は夜にやってきて、その間の僕の記憶はない。ただ分かっているのは、父親が来た翌朝は布団の中で裸だったこと。それから口の中が気持ち悪い味になっていたことくらいだ。
今思い返してみれば、何をされていたのかはよく分かる。この頃から母親は何もなくても僕に手をあげるようになった。
「ヨル、遅いわ」
朝起きて朝食の席につけばそれだけでコメカミ辺りを殴られる。目眩がした。すぐに返事をしなかったら、そのまま顔面を殴られた。女同士とはいえ大人と子供だ、当然ながら拳があたったせいで鼻血が出てくる。
「汚い子ね」
冷たい言葉共に、今度は朝食用のフォークが手の甲につきつけられた。血がにじむ。
「汚い。どうしてこんなに汚い血をしてるの?どうして私の血を引いているの?どうして私の言うことが聞けないの?」
「申し訳ございません、お母様」
振り返ってはじめて分かるのだが、曾祖母も祖母も母もそれから僕も、皆何かしら楽器が出来たし、それは趣味レベルより上だった。ただ、父方の祖母や母方の祖母と比べると、母親のレベルは低かった。僕はそうでもなかった。
それもストレスになってたのかなーなんて、今ならば思える。あくまでも、今になれば、というところが問題だ。
そんな時だった、僕は偶然にも学園に入った直後に亡くした曾祖母が残してくれた書物を発見したのだ。木箱に入れられた曾祖母からの遺品は、古い家だということにこだわりを持っている両親に効果てきめんの遺書のお陰で無傷のまま僕に渡された。中身は数冊の本であり、表紙には古い文字で「術」と書かれているのみ。他にも「知」「癒」の2冊があり、3部構成の本のようだった。僕はまず「知」とかかれた本を開いてみた。
当時の僕は驚いた。いわゆる陰陽術について書かれた冊子だったのだ。曾祖母か誰かの手描きらしい本は古かったので、僕は急いでパソコンに向かうとそれを現代語訳しながらデータにしていった。もちろん、両親には内緒で曾祖母に買ってもらったCDRWに保存した。
3冊全てをデータにし終わる頃には、僕の脳内は術式のことでいっぱいだった。小さい頃から曾祖母は僕に色んなことを教えてくれていたが、ここまで本格的に学んだのははじめてだった。古い言葉が読めたのも、曾祖母のおかげだ。
もともとこういう古い術みたいなことに興味はあった。小さい頃から習っている音楽だって、元はといえば神様にお祈りするためのものだ。
たまに父親が置いていってくれた漫画やゲームなんかよりもこっちの方が好きだった。現実味が全く無いもののほうが、「逃げ」には持ってこいだ。
僕が実際にこの術を使ったのは、とある男の子と知り合った時。
なにやら可愛らしいワンピースを着せられたと思ったら、自宅に子連れの夫婦がやってきた。どうやら両親の知り合いらしい。あちらも綺麗に着飾った男の子がいて、同じ初等部の生徒だと気づくのに少し時間がかかった。
「ほら、千草。ご挨拶なさい」
「はじめまして、ヨルさん。オレは清白千草。君の家族になるかもしれないんだ、よろしくね」
「紅ヨルと申します、どうぞよろしくお願いいたします。」
形式的に握手に応えると、互いの両親は満足したように笑っていた。
その時、僕の中で何かが切れたんだと思う。食事はどうにか乗り切ったが、千草という男の子が帰った後に居ても立ってもいられなくなって、自室に駆け込むと鍵をかけてワンピースを脱ぎ捨てた。
曾祖母の残した「術」の本を開くと、必要なページを開いて書いてある内容を唱える。陰陽師が式を呼び出す時に使っているようなことが書いてあったページだ。巫女の曾祖母がなんでこの本を持っていたのかは完全に不明。
「天霊霊地霊霊十二神将急急如律令!」
目の前がパッと一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間には大きな神社に入った時のような何やら普通とは違う空気を感じた。
『呼んだのか、小娘。アヤはババになって死んだと思ったが…お前は孫か』
長い白髪に緑の瞳。黒っぽい服装に禍々しい雰囲気の彼は、漫画に出てくる悪魔に見えた。そしてその日常を非日常に変えてくれるであろう存在は、当時の僕にはとても魅力的に見えた。
「夜芸速(やぎはや)の十拳剣(とつかのつるぎ) 此れ火産霊(ほむすび)と成り」
『おい!待て!落ち着け!俺は別に逆らうつもりはっ!』
「呼び出した者に心を開くな。これ鉄則!今日からあなたはカルラ。私…ううん、僕の使い魔だよ!」
でも僕にはどうやら素質があったらしい。その日から僕には「カルラ」という名前の悪魔(男)が守護霊として取り憑いた。なにやら召喚に成功、そのうえ攻撃呪文で打ち負かし使役することにまで成功してしまったらしい。世の中何が起きるか分かったものではない。
翌日からカルラとの共同生活が始まったわけだけど、信心深い僕や曾祖母と違ってそういうものに興味がないらしい両親と祖父母たちにはカルラは見えなかった。昨夜突然逃げ出したことには「びっくりしてしまっただけ」と言うと、納得してくれた。
後で知ったことだったが、清白家というのも大きくはないがそこそこ古いお家だったらしい。
◇ ◇ ◇
中等部に入ったのをきっかけに、僕は制服を勝手に改造した。もともと校則が緩いのも手伝って怒られることもなく、僕は年中ショートパンツで過ごし、髪の毛もショート。場合によってはいわゆる「男の娘」的なものに見られることも多かった。年下の女の子から告白されて、僕は女だといったらギャン泣きされたのが僕の人生第一の修羅場。背後で大爆笑しやがったカルラをぶん殴ったら土下座されて、通りかかった別の悪魔が「サタンを跪かせてる…!?」と叫んで一時的に僕の名前が悪魔やら人外の間で有名になったのが第2の修羅場。
そして問題が起きたの中等部3年生の時の学芸会だ。
当時生徒会に入った僕は先生に言われてクラスの代表のようなことをしていたので、何かと人の前に立つことも多かったし、担任とも仲が良かった。が、この担任が謎だった。
何故かこの時の担任が高等部の先生と仲が良かったようで、高等部のとあるクラスと合同で演劇をやろうと言い出した。演目は教師二人の趣味で「ロミオとジュリエット」のアレンジ版。後にこの台本そっくりなアニメが放送されたので、僕は運命を感じている。
台本が決まっている以上、役は2クラス全員が揃って決めるべきだという高等部のクラス委員の発言により、ホームルームの時間を使って総勢55名の生徒が臨時教室へ集まっていた。
学園は初等部から大学部、希望者のための大学院まである大規模なところで、初等部には良いお家の人が。中等部からは外部の生徒も増えて行くという仕組みだ。
中等部の僕たちからすれば高等部の生徒はお兄さんお姉さんであり、逆らえない空気になるだろうと最初こそ不満気だった。それは実際にロミオ役を決める時に勢い良く大学部の生徒が挙手したことで事実になってしまった。
「はい!」
「はい、風間くん、どうしました?」
穏やかな先生の声に、風間と呼ばれた生徒の方から椅子がずれる音がして、それから声がした。
「ロミオは、俺がやります」
「っ!?」
僕は思わず振り返った。理由は聞かないで欲しい。強いていうなら、カルラに声が似てたから。もっと言うなら、僕好みの声だったから。
振り返って更に驚いたのは、綺麗な白髪に緑色の瞳。ちょっと切れ目でお酒や煙草のCMに出たらとてもよく似合いそうな面立ち。イケメンじゃないが格好良いというやつだ。つまるはなし、見た目も僕のカルラにそっくりなのである。
周囲の女子からは賛成の声が、男子からはからかいの声があがり、ロミオはあっさり決まった。ロミオになった風間先輩は、続けてこう言った。
「ということで、俺そんな身長高くないんでジュリエットは中等部の子から選んでください」
「ロリコンか?」
「先生、誤解です」
さらっと言ったのに高等部の女子生徒から反対意見が出ないことが驚きだった。
格好良いなと思った。自分が悪いような理由を言ってるけれど、主役はこれで中等部からも出せる。風間先輩にそういう意思があったかどうかは分からないけれど、僕はこの状況に嬉しくなった。
自然と手が上がってしまったことに気づいたのは、先生に名前を呼ばれて立ち上がった時だった。
「先生、僕…ジュリエット役がやりたいです」
家に帰っても、煩い母親の愚痴と夜になれば自室に父親の襲来があるだけだ。父親の襲来はカルラが防いでくれることもあるが、失敗することもある。だったら「学芸会の準備で疲れてるから来ないで」といえる理由がほしい。何より、風間先輩と一緒に演劇をしてみたいと思った。
小さい頃から演劇をしていることは周囲の人は知っていたし、察しが良い子には僕が家で受けている仕打ちはバレているだろう。周囲の大賛成もあって、僕は風間先輩と一緒にロミジュリすることになった。
ここで断っておくけれど、僕の性格は決して「ジュリエット」ではない。ジュリジュリしいメールを送ったこともない。
この直後から、超スパルタな教師二人から、僕と風間先輩は演劇の特訓をうけることになった。元より有名校でお金持ちも多いこの学園。僕が演劇を習っている先生を呼んでのレッスンなんてこともはじまった。
ある日の放課後。二人で練習を終えて昇降口へ向かっている最中だった。
「紅さん…いや、ヨル。少し寄り道して帰らないか?」
これはデートのお誘いだろうか、だが断る。
今日は練習の途中で暇になったらしく、カルラは背後に居ない。こういったラブコメ的展開は今までカルラが全力で排除してくれていたけれど、こういう時に限っていないらしい。
「いや、君の…その、連れというか所謂『見えないお友達』が今居ないことは分かってる。だから誘った」
バレとる。
さてどうしたものか。カルラが居ない以上、この風間先輩から僕を守ってくれる人は居ない。カルラは悪魔だけど。風間先輩が何を考えて僕をお茶に誘っているのかは分からないけれど、正直父親のせいで男という存在に良いイメージが無いうえに、もともと年上という存在はちょっと苦手だ。逆に年下も鬱陶しいと感じることが多いけどね。
僕はちょっと困ったように微笑んでみせると、風間先輩は履き替えた外靴のままでスノコの上にのってきて、抵抗しない僕をぎゅっと抱きしめた。
「学校は辛くないか?」
わお、何だこの展開。
「問題ありませんけど…」
「じゃぁ家か?」
「……」
「見えない何かとか、第二の人格とか、そういうものが出来る人は凄く辛い状況にあるんだと思ったんだ。あと、俺もヨルがいつも連れてる友達に会ってみたいと思った」
「…なんで、ですか」
「いつもヨルと一緒に居るのが羨ましい。四六時中一緒ってわけじゃないみたいだが、君の側にずっと居られるのはどんな感じなのか、何が見えるのか、聞いてみたい。」
たまげた。風間先輩が何を言っているのか、僕の頭では理解できない。
こういう少女漫画的展開の台詞っていうのは、僕なんかよりも女の子らしくて可愛くってお淑やかで、そう、桑染の双子みたいな子が言われるものだ。どんな漫画だって、僕みたいにガサツで可愛くなくて女の子らしくない子は言われない。ヒロインにはなれないものなんだ。
だから、これを言われているのは僕じゃない、僕じゃないんだ。風間先輩はきっと誰か別の人と僕を勘違いしている。だけど僕からそれを指摘する勇気はないから、早くカルラが戻ってくればいいのに。
「どうして僕にそんなこと言うんですか?」
「いや、気になったから…その……俺も、連れがほしいなと、思って」
「呼び出す方法ならお伝えしますよ、せっかく演劇で仲良くなれたんですし!」
風間先輩がカルラや曾祖母の術に興味を持ってくれたのが嬉しくて、僕は先輩を自宅へ呼んだ。そう、ここで気づくべきだったんだ。僕の両親がどういう人間なのか。それから風間先輩のお家柄ってやつを。
僕は浮かれて風間先輩の手を握って熱くカルラと術について語りながら歩いた。カルラはそこそこの地位がある悪魔らしいこと、凄く声が素敵で風間先輩と似ていること。
「そうか、カルラと言うのか」
「はい、風間先輩とは見た目もちょっと似ています」
「ではカルラと同じように、俺のことも名前で呼んでくれ。」
「え?」
「ほらー、あれだ、主従の関係ならば名前で呼んでも自然だろう?ヨルが困ったらいつでも俺を召喚すればいい」
その時の僕は、先輩がどう思っているのかも分からないままに「じゃぁ常磐先輩ですね」なんて言って笑ってみせた。それから手を繋ぎ直して自宅の玄関までやってきた。
ただいまを言って入っていくと、リビングから僕が誰か連れているのを見たらしい母親が少し不機嫌そうな顔で出てきた。ところが、常磐先輩の顔を見た瞬間によそ行きの笑顔になった。
「あら、都子、おかえりなさい。風間さんと仲が良かったの?いらっしゃい、よければあがっていってくださいね」
「ただいま」
「お邪魔します」
いつもは「おかえりなさい」なんて言わないくせに、都合が良い。
そのまま3人でリビングへ入っていくと、父親が珍しくテレビを見ていた。そして振り返るやいなや、僕の方へやってきたかと思うと、僕の視界は真っ暗になった。おでこが痛い。
どうやら頭を引っ掴んでうつ伏せに押し倒されたらしい。あぁ、いつものことか。なんて冷静に思っていたけれど、母親に悲鳴で我に帰った。
「男を連れ込んだのか!!この淫乱娘が!!」
馬鹿じゃないのか、この親父。なんで中学生の娘に対して淫乱だなんて言葉が出てくるんだろうか。男女差でも年齢差でも筋力で敵わないことは分かっているので、僕は大人しくおでこをグリグリと床に押し付けられたままで居た。両手はべったりと床につけたままで抵抗はしていない。
父親はその否定も謝罪もしない態度が気に食わないのか、舌打ちすると今度は頭に足を乗せてきた。
「お前、まだ14歳だろう。そんな年齢で男に手をだすとは。しかもお相手は風間さんのご子息だぞ。恥を知れ!お前のような出来損ないの娘が風間議員のご子息と釣り合うとでも思っているのか!世間様から後ろ指さされて辛い思いをするのは私なんだぞ!お前のせいで私や母さんがどれだけ不運な目に遭ったと思っている!」
流石に抵抗したほうが良いのだろうか。視界が暗いながらに滲んできたのが分かる。別に泣いているわけではなく、意識が遠のいていくような気がする。
「申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、なんで臓物の1つでも売って土下座して持ってこない!!だいたい、貴様は小さい頃から親に逆らってばかりで」
「…誕生日がきている」
父親の言葉を遮って、常磐先輩の声がした。うっすら残っている意識の中で、妙に常磐先輩の声は鮮明に聞こえた。
「ヨルはもう誕生日が来たから15だ。実の娘の誕生日も知らぬのか、父親としての恥を知れ。」
小馬鹿にしたような物言いに、父親が歯をギリリとならしたのが聞こえた。
「あと、風間家の男に手を出したって?悪いが手を出したのは俺が先だ。俺が好きでヨルと一緒に居る。我が家の権力が恐ろしいと言うのなら口出ししないでいただこうか。」
「な、何を言って…こんな屑な娘が風間家と関わりを持てるなど……」
「ヨルの母親と同じくらい、外面よく振る舞う術は持ち合わせるべきですよ、お義父さん。」
鈍い音がして、頭の上の重みが無くなった。ぼんやりしたまま這いつくばっていると、常磐先輩に抱き上げられたのが分かる。流石に高校生の筋力では人ひとり持ち上げるのは重たいだろう。一緒に座り込むようにして抱きしめてくれた。
けれど僕にはそれが、生まれてからずっと落ちたままだった最果ての底辺に、常磐先輩が迎えに来てくれたように感じられて、なんだか嬉しくなった。
「あと何でしたっけ?臓物を売れ?バカバカしい。自分の子供になんてことさせるんだ。子は親を選べない。親も子は選べないがどんな人格に育つのか多少の影響を与えることはできる。後ろ指さされる理由は、お前の子育てが家畜同然だと知れ渡っているからだろう、下衆が」
「貴様…子供のくせに生意気だぞ!」
「権力に怯える弱者のくせになにを言う。あぁ、お義母さん。今後はヨルさんを我が家で引き取ります。」
母親がアタフタと何やらヒステリックなことを言っている声が聞こえた。そんなこと申し訳ないだの、出来るはずがないだの、うちの娘を手放したくないだの聞こえるが、バカバカしい。
「ご安心ください。この会話は全て、通話越しに俺の父へ伝えていますので、ヨルさんの現状については理解してくれました。ヨルさんの最低限の荷物を持ってすぐに出ていきます。」
『ご苦労。児童相談所へは私から連絡を入れておこう。』
「あぁ、ありがとう、オヤジ」
僕の意識はそこまでだ。
その後、何があったのか詳しく聞くことは出来なかったけれど、目が覚めた時には風間家の一室に居た。和風な家具で統一された部屋の中に木箱が置かれていて、曾祖母の本と僕のパソコン、CD類も持って来られているようだった。
僕は最終的に児童相談所から色々と懲罰を受けそうになった両親を許すことにした。何故かというと、常磐先輩と先輩のお兄さんである千歳さん、朽葉さんの助言からだ。もともと父親が働いていたのはこの街の議員でもある風間木賊さんの元。監視体制が整った場所で更生させようということになったのだ。そうすれば、僕には今まで通りのお金をかけてもらえるし、世間的に問題も起きない。
6畳間の部屋を与えられた僕は、何故か風間家で暮らすことになったけれど、まぁ問題ない。曾祖母のお墓参りがちゃんとできればそれで万事オッケーだ。
両親から見れば、僕は風間家が人質として連れて行ったようにも見えるだろう。なんだかんだいって、愛故の暴走だったのだろうから。ま、はた迷惑なことに変わりはないけれど。
で、どうして僕が今更数年前の話をしたかというと。
「ちょっと常磐、邪魔なんだけど」
「何を言う。呼ばれたので召喚されたまでだぞ?」
「寝言は寝て言ってよ!!なんで僕の部屋に居るの!!」
「寝言でも呼んでいたのか、可愛いやつめ」
「この変態!!」
ずっと6畳間で暮らしているのは良いのだけれど、問題が1つ。隣の部屋が常磐の部屋だということだ。
最近は毎朝目覚めると布団の中に常磐が居る。どこのホラーだよ。僕が常磐のお母様である絢音さんに訴えたところ、「常磐が早起き出来るようになってよかったわ~」で流されたのでもう知らない。僕が純潔を失ったら多分カルラが常磐を〆てくれるだろう。
そうそう、最近は両親の呪縛が消えて心配事が減ったからか、カルラはあまり顔を見せてくれない。常磐にそう言ったら、「それは良いことだ」と言っていた。何やらカルラのかわりに僕を守る気で居るらしい。
サタンと呼ばれる悪魔の代わりをしようだなんて、とんだ自信家だ。
「はぁ、もういいよ……っていうか、今日は振替休日だから月曜だけど休みだよ?」
「………」
「忘れてたんだ…」
僕は布団の中に潜って常磐のお腹に抱きつくと、せっかくの休日だからと二度寝にふけることにした。
今日もカルラは現れないことだろう。
終。
2015/04/24 今昔
お試しで仮想学園の過去編をば。
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