2014年12月2日火曜日

【仮想大江戸】番外編 閑話・桑染編

その男は当主に忠誠を誓っていた。しかしながら、それは「当主」という存在に信頼をおいているのであって、先代の当主であった風間木賊(かざまとくさ)個人に信頼を置いていたわけではない。これは恐らく、彼以外の男たちにも同じことが言えるだろう。それが、「風魔」という特殊な一族の特徴であるからだ。






【 仮想大江戸 お伽話 閑話・桑染編 】






世の中には不思議なことがいくつもある。そう思われていたのはだいぶ前の話であるが、大江戸歴が2000年を超えた今でも摩訶不思議な出来事というものは存在するはずなのだ。しかしながらそれが世に語られないのは、当事者たちが必死に隠し守っているからなのである。
その1つであるのが忍という者たちであり、風魔一族である。

男の名前は桑染一真(くわぞめかずま)と言った。風魔としての例に漏れず、真っ白な髪の毛とそれとは対照的な濃い色の瞳。そして父親である桑染家の当主から受け継いだ忍としての技術。どれもが一真の自信であり、誇りであり、これから守り続けていくべきものだ。
ただ問題があるとすれば、それは一真が「出来損ない」と呼ばれることだった。
以前、庭で雀が怪我をしているのを見つけた。それを丁寧に世話をしてやっているところを偶然にも風魔の里の者に見られ、「なぜ世話をしているのか」と問われた。それに「可哀想だと思ったからだ」と答えたところ「こいつは忍として出来損ないだ」と言われたのだ。
全くもって理解に苦しむ。自分より弱い者を守ることが忍ではないのだろうか。幼いながらに納得ができず、母親に相談した記憶もある。


「あの雀は元気にしているだろうか…」


縁側に腰掛けて空に向かってつぶやけば、どこかでカラスの鳴き声がした。「生きているわけがないだろう」と言われたような気がして、一真は眉をひそめた。

風魔の里では、成人の儀式というものが行われる。それは感情を完全に押し殺し、当主の命じるままに動けるようになることだ。故に、雀を可哀想と感じた一真は風魔としては出来損ないである。里の者達はそう言った。
暦が冬に変わり息が白くなりはじめた夕暮れは、やはりさむい。成人の儀式を終えているとはいえども、一真もまだ15になる子供だ。風邪をひくことはないだろうが、身体を万全に整えておくことも任務のうちである。


「一真、居るか?」


庭先からした声に顔を向ければ、見慣れた白髪が居た。その白髪の中には一房だけ緑色の髪の毛が混じっている。当主の息子であり、謀反を起こした先代を始末し次代の当主として認められつつある少年。桑染の一家が全力で守るべき対象であり、そしてなにより、一真にとって彼は幼なじみでもある。


「若様、どうなされたのです?」

「やめろ気持ち悪い。俺が当主になったとしても、別に幼馴染であることに変わりはないだろう。」

「変わるでしょう、周りがお前を見る目が。」


彼の名前をいちいち脳内に呼び起こすまでもなく、一真の中に「風間常磐」という人間は色濃く存在している。それこそ、いつぞや手習いの本で読んだ、赤い魚の中に一匹混じった黒い魚と同じほどの存在感だ。


「それで、わざわざ何用で?自宅からは随分遠いだろうに」

「千歳と朽葉の墓参りだ」

「あぁ…お兄さんたちのか」


常磐とは歳の離れた兄たちは、彼の母親と同じ頃に流行病で亡くなった。常磐はまだ幼く兄たちの記憶はおぼろげであるようだが、一真は少しだけ覚えていることがある。


「ちゃんとお団子は用意したみたいだな」


兄である千歳も朽葉も団子とまんじゅうが好きなのだ。常磐はさほど甘味に興味はないようだったが、墓参りの度に美味しいと評判の店を探しては新しい団子を備えているようだ。そして今日もまた包を持っており、これから墓参りに行くのだろう。せかっくだから自分も着いて行こうかと一真が立ち上がりかけると、常磐はそれを手で制した。


「いや、墓参りは済ませた。この包は土産だ」

「土産…?家のものにか?」


確かに当主として忍として実力がある常磐だが、それでも普通の人間としての能力はとんでもなく低い…どころの騒ぎではなく、一真が知るところでは自転車に乗るのに年齢制限は無い、といった一般常識が欠落しているレベルだ。
以前二人で任務で市街地へ出た際には、走りゆく車を見てはあれが良いだのこれが良いだのと楽しげに笑っていたのも記憶に新しい。一真の場合は元より世間に紛れ込むような任務を得意とする一家であったため、もちろん車やら世情にも明るい。そうでなくとも、普通に里で暮らしている者たちよりも、常磐は圧倒的に欠けているはずなのだ。
その常磐が土産を持っているなど。明日は雨が降るだろうか。もしからしたら槍が土砂降りになるかもしれない。一真が屋根瓦の心配をしていると、その顔を何と受け取ったのか常磐は照れくさそうに笑った。


「今夜から、夜子が屋敷に来るのでな。」

「は?……夜子って………あの紅一族の末裔が風魔の里に…?お前、何考えてるんだ…?」

「あわよくば今夜は

「やっぱり言わなくて良い!!」


一真は危うく聞いてしまいそうになった内容を予測して頬を染めると、慌てて冷静な顔を取り繕った。
紅、という家は、たとえ音楽や芸事に精通していなくとも名前を知っているほど、この国の音楽に大きな影響を与えている女系家族だ。その家の末裔に、常磐が熱を上げている。という噂は耳にしていたものの、政治的な意味合いが強いとばかり思っていた。


「その…和菓子は茶請けにするのか?」

「あぁ、あいつは和菓子が好きだからな。特にこの店の猫まんじゅうは好んで食べるらしい」


わざわざ幼い少女のために和菓子を買いに行ったと言うのだろうか。風魔の当主が、女のために?一真は混乱で回りづらい舌をどうにか動かし、常磐に視線を向けた。


「で、夜ってことは当然食事をして帰るんだよな?」

「今回は泊まりだ」

「……ちゃんと別の部屋だろうな…?」

「何故部屋を分ける必要が有るんだ?」


心の底からキョトンという顔をしてみせた常磐に、一真は全身の力がぐったりと抜けていくのを感じた。だめだコイツ、早くどうにかしないと。
一般常識に欠けている、ということを踏まえてもだ。婚前の男女が同じ部屋で寝るというのはまずいのではないだろうか。まして彼は風魔の当主だ。弱みになりうるものは全て排除しなくてはならない。これは桑染の家がどうにか正してやらねばならぬことだ。もし、その赤鬼と呼ばれる紅の末裔が常磐のものになったとしても、当主の妻たるもの子供も残さぬうちに死なれては困る。つまりそこそこ強くなくては認められないのだ。
一真は相変わらず世間を変なレンズ越しに見ている常磐に言い放った。


「その赤鬼が来たら、私にも会わせてくれ」

「ウチに何の用ッスか?」

「うわぁ!?」


両肩に、ポン。と何かが乗ったのが分かった。


「夜子、来ていたのか。随分と早かったな、まだ日暮れ前だぞ」

「夕方からのお仕事がドタキャンになったの。メール入れておいたんだけど、見てない?」

「すまない、受信されてないみたいだな」


あっれーまじか。それは辛いー。風魔の里って電波悪いの?
と、口でプンスカという擬音を言いながら、その何かは一真の上から退いた。背後に移動した気配を追いかけて目を向ければ、そこには綺麗な赤黒い髪の毛を部分的に結い上げた、和服姿の少女が立っていた。背中には黒いケースを背負っており、何か楽器が入っているのだろうことが分かる。跳ねまわったために落ち着かない髪の毛を撫でる手は、楽器の演奏のせいか同じ年頃の娘よりも少し節が太いように見える。
可憐な少女の手というよりも、働く女性の手といった感じだ。あずき色の着物の上には灰色の羽織を着ており、その羽織には小さく品よく、銀糸で家紋が刺繍されている。髪飾りには鳥の飾りが着いており、赤毛によく映える金色は、さながら夕焼けを舞い踊るトンビのようでもある。
その背格好と家紋を見て、一真は瞬時に気づいてしまった。この少女こそが紅一族の末裔である赤鬼に間違いない。


「で、常磐、この御方は?」

「彼が桑染一真、代々当主の補佐を務めている一族だ。」

「はじめまして、私、紅夜子と申します。どうぞ、お見知り置きを」


丁寧にお辞儀してみせた少女は、どこか常磐の母を思わせるような妖艶さがあった。見たところ自分や常磐よりも少し年下のようだが、その年齢でそのゆったりとした所作が出来るものなのかと疑いの視線を向けたくなる。
一真もどうにか自己紹介をすると、お辞儀を返した。

圧倒された。その場に居るだけだというのに、存在感が大きいのだ。初めて常磐に会った時と同じような、頭が上がらないという動物的な本能を感じてしまう。


「いかがですか、ご当主の補佐殿。あたくしは…お眼鏡にかないまして?」


女豹か、女郎蜘蛛か。捕食される側はこんなにも怖いのかと、一真は生唾をのみこんだ。


「夜子、あまり一真を虐めてやるな」

「え~、いじめてるつもり無いもん」


常磐に肩を叩かれた途端に和らいだ空気に、一真は大きく息を吸った。どうやら無意識に呼吸が浅く小さくなっていたらしい。このような少女相手に悔しいと思うが、それと同時に、これならば常磐に相応しい。そう感じた。


「ほら、あまりこいつの休日を潰すのも申し訳ない。行くぞ」

「いつも潰しにきている常磐には言われたくないな。ほら、さっさと行った。一族の未来はお前にかかってるんだからな」


そう言えば、常磐も何を言われたのか察したらしく、赤鬼と呼ばれる少女の手を柔らかく握ると自宅の方へと歩き出した。

今、先代風魔の残した事件のために、江戸も風魔の里も落ち着きが無い。これから動乱の時期を迎えるのは確かであると、一真は考えている。そしてその中で、ごく少数であるこの一族が生き残っていくためには、当主となる常磐の働きが重要になるだろう。
さらに言うのであれば、彼の働きには一真たち風魔に属する人間の働きが直結しているし、何よりもあの赤鬼が影響しているだろう。一時は感情を完全に失っていたように見えた常磐が、ああして一人の少女を大切そうに扱っているのだ。赤鬼の影響力は計り知れない。
もしかしたらこの先風魔の未来を変えるのは、常磐一人ではなくあの二人になるのかもしれない。一真はどこかホクホクと温かい気持ちと、常磐に対する滅びればいいのにという相反する気持ちを抱えて自室へと引き上げた。
外では雀が大空へと飛び立ったところであった。





終。

0 件のコメント:

コメントを投稿