中学生というのは、とても複雑なお年ごろである。
「はじめまして、戒愁珊瑚(かしゅう さんご)です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
例えば、転校生がやってきたとしよう。その転校生が外見で男女の区別がつかず、名前でも区別がつかず。そんな子であった場合に周囲の輪に溶け込める確率というのは、中学二年生ではとても低いと思われる。
案の定、剣が二年生になった春に転校してきたこの少年も、どこか教室か浮いてしまっていた。勿論それが良いことではないが、そこをどうにかする術を学ぶのが学校という場所だ。狗谷ミヤのように浮いていることを気にすることもなく、中学校へ進学してくるような人間も居るわけだが、そのような道はたどるべきでない。剣は強く感じることになった。
休み時間になれば、中性的な見た目と相まって女子からの熱い視線を受けている珊瑚に、剣は他の男子の静止も聞かずに声をかけた。
「なぁ、戒愁…であってるか?」
「うん、あってるよ。戒愁珊瑚。」
「おれは梔子剣。お前細いよな、ちゃんと食ってるのか?」
そう聞くと、珊瑚は驚いて目を見開き、それからにっこりと笑ってみせた。
「ありがとう、梔子。実は小さいころに病気して、それ以来あんまり運動ってしたことないんだ。」
「じゃ、昼休みになったらおれたちと一緒にサッカーやってみようぜ」
「ありがとう…!」
【 仮想百鬼夜行 犬神奇譚 03 】
それからあっという間に1年が過ぎ去り、剣は三年生へと進級した。
近頃は剣の尽力というよりもゴリ押しの成果が出たようで、他のクラスだった生徒たちにも珊瑚の存在は受け入れられつつある。それが嬉しくもあり、少しだけ複雑でもある。もっとも、剣も相変わらずクラスの中心グループに居るので不満はない。
不満だったり腑に落ちないことといえば、例の狗谷ミヤの存在であった。
今朝も珊瑚と並んで登校していると、背後からきゃんきゃんと楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「でね!ミヤに言われた通りにしたら、玄関にナメクジ来なくなったよ!」
「そう、それは良かった」
「お母さんが、今度お菓子でも食べにお出でって言ってる!」
「ありがとう、それじゃぁ…二人の習い事が無い日に遊ぼう?私もお菓子作ってくから」
「「やったー!!」」
狗谷ミヤと、その囲いである。同学年の双子と仲良くなったらしい狗谷ミヤは、最近見る度にその双子と行動を共にしている。元より騒がしい双子と共に居るせいか、ミヤも少しだけ喋るようになったらしく、見ていてなんだかいらいらするのだ。
珊瑚はそんな剣の頭を拳で軽く小突くと、にっこりと笑ってみせた。
「後輩の女の子になんて顔してるの?」
「わ、悪い…でもなんていうか、あいつすっげー暗い奴だったのにあんな風になって。気に食わん」
その発言さえも珊瑚に笑い飛ばされながら、教室へ入っていく。黒板の右下に書かれた日直の欄に、自分と女子生徒の名前があるのを見つけ、剣は盛大にゲッと声をあげた。中学3年生ともなれば、日直などサボる生徒も多い。しかし、なんとなくではあるが与えられた仕事を無視するというのは納得が出来ない。
時計を見上げれば、朝のホームルームまでは15分ほど残っている。これは急いで向かうしかないなと思っていると、背後から勢い良く体当たりをくらった。
「剣、大丈夫…?」
「いてぇな、おい」
「ごめんごめんごー!剣っちのために日直の仕事しておいてあげたから、許してよー」
つんのめって振り返ると、日直の欄に同じように名前が書かれているクラスメイト、天宮カヨが当番日誌と出席簿を抱えて立っていた。着崩すわけでもなく校則通りに着ている制服は、とてもよく似合っていると剣も思う。
カヨはふと小首をかしげると、剣の右肩を軽く叩いてからにっこりと笑って見せた。
「ほら、早く席付かないと。1限目の支度しておかないと、今日は数学だから剣っちの列が当たるんじゃない?」
授業の度に日付通りの出席番号の生徒が居る列をあてる数学教師のことを指摘され、剣と、ついでに珊瑚はゲッと声をあげた。二人の座席は前後なので、剣が当たるとなれば当然ながら珊瑚も当たる。
剣は後で珊瑚の宿題を見せてもらおうと決心しながら、カヨにお礼を言うと、彼女のつけているお守りに目がいった。ミサンガのように手首に巻かれたそれには、見たこともない文字が刻まれた木製のビーズが1つついている。
「天宮、そのブレスレットかっけーな」
「あぁ、これ?いいでしょ。最近は不思議なことを起こす名人が居るからねー。こういうので身を守らないと」
「「不思議なことを起こす名人?」」
剣と珊瑚は綺麗にシンクロすると、二人そろって首をかしげた。
「あぁ、男子は知らないかもしれないね。今の二年生にさ、狗谷ミヤって女の子が居るの、知ってる?」
「知ってるよ。日本人形みたいな女の子だよね」
「そういう戒愁くんは西洋人形だけど…ってそうじゃなくて。その子が周りに居るとね、変なことがたくさん起きるんだってさ」
「例えば?」
「理科の実験で使ってたアルコールランプが、狗谷さんの居る班だけ爆発したりとか。調理実習で突然カレーの鍋が転がったりとか」
カヨの口から飛び出した内容に、剣も珊瑚も目をまるくした。筆箱が無くなるだとか、机が移動しているだとか。もうちょっと、小さい出来事を想像していたのだ。確かにそんなことが起きているというのなら、狗谷ミヤに近づきたくないという気持ちもよく分かる。
ただ、剣の頭によぎったのは妖かしのことだ。彼女も妖かしが見えて、妖かしたちと深く関わって生きている。もしかしたら、お供の妖かしが悪さをしているのかもしれない。全く関係ない妖かしが悪さをしているのかもしれない。
剣はそんなことを考えながら、もし狗谷と出会うことがあれば気をつけようと思った。彼女が指示しているにしても、そうでないにしても、彼女の周りが危険であるということに変わりはないのだから。
◇ ◇ ◇
ミヤが居る学年は、理科の実験でアルコールランプを使うことはなくなったし、ガスバーナーも使わないことになった。それはきっと、ミヤが居る場所でだけ起きる怪奇現象が影響している。そう教師たちが思ったからだ。
そんなことは考えなくたって分かるし、他人にいちいち言われなくても分かっている。
「お前のせいで授業できないんだけどー」
「学校来る意味あんの?気味悪い」
理科の授業中だというのに、コッソリというにはだいぶ大きい声で男子生徒が言っている。その男子生徒と同じ班に居た友人が、男子の背中をシャーペンでチクチクやっているのが見える。
学校でわざわざミヤに絡んでくるのは、同じクラスにいる風間葵と風間柳という双子の少女たちだけだった。彼女たちは妖かしの存在を信じているらしく、それらに詳しいミヤと仲良くなりたいと思ってくれたようだ。常磐も彼女たちのことは気に入っているようで、姿を見てもらうことは出来ないが時折周囲の妖かしを追い払ってやっているようだ。
そんなことを考えているうちに、クラスの中にざわめきが広がっていた。そのほとんどがミヤを非難する声で、理科の教師は困ったように笑って「静かにしてください」とだけ繰り返している。そんな教師の目線はミヤに向いていて、正直転校でもしてほしいと言いたげだ。
「人間とは厄介だな」
背後に居た常磐が小さく呟いた。気遣わしげにミヤの頭を撫でる手に、なんだか涙が出そうになる。
「常磐が封印される前の時代は、こういうのはなかったの?」
「あぁ。もう少し…肉体的だったな。昔のものも、このような陰湿なものも気に食わん。どちらにしても、標的がお前だと思うだけで腸が煮えくり返る」
台詞は裏腹に呆れたように言うと、常磐は教室の中をうろちょろしていた小さな妖かしを捕まえて、窓から外へと放り出した。弱くとも、ただの人間には害になることがある。人間は好きではないという彼がこうした行動をとるのは、ミヤがお願いしているからだ。
ミヤは先ほどから進んでいない黒板の内容に溜息をつくと、教科書を開いた。この授業でやるはずのプリントと同じ範囲を開いて、分からない単語の意味や授業で言われそうな場所をプリントにメモしていく。言われている側がリアクションを示さなければ、このざわめきもじきにおさまるだろう。
やはり人間は嫌いだな。そう心の中で呟きながら、ミヤはプリントの空欄を埋めることに専念した。
チャイムが鳴ると、すぐに生徒たちは教室を出て行った。
ミヤはのんびりとプリントや教科書を片付けると、教師も出て行ったのを確認してから、よしと1つ頷いた。いつも持ち歩くようにしているポシェットから御札を取り出すと、教室の中央に向かって投げる。
するとその紙切れは空中にペタリと張り付くように止まった。しばらく待っていると、その御札が触れた場所から少しずつ空気から溶け出してくるように一体の妖かしが現れる。土色の肌をした鬼のような姿が現れた。
「貴様、土地神か?」
常磐は特に禍々しい様子でもないその妖かしに問うた。ミヤに危害を加える気がない様子の鬼は、頷いて見せるとその場に座り込んで口を開いた。
「あなたは獣の神のようだ。土地につかぬ神に理解してもらおうとは思わぬ」
「待てジジイ。お前が人間に手を出す度に俺の主に被害がくる。やるなら他所でやってくれ」
「人間に仕えているのか。……私はこの土地に住まうもの。神などと呼ばれたことはない。ただ、我々が収めていた土地をほじくってこの学校とやらを建てた人間が居る。まこと遺憾。この娘ならば我々の声も聞こえるだろうと、どうにか気づいてもらおうとしておったのだ」
土の鬼はしみじみと言うと、常磐の顔色を伺いながら言葉を続けた。
「どうにかして、この建物をどかしては貰えまいか。柱が地脈を刺激し、良くないことばかりが起きる」
「もうちょっと頭使え。なんだって爆発させたり、鍋を転がす必要があった?返答次第では貴様も土地も枯らすぞ」
ミヤは常磐の剣幕に恐れおののく土鬼を見つめながら考えた。
この学校が出来たのはもう何十年も昔のことだ。それ以来ずっと地脈がおかしなことになっていたと彼は言いたいのだろう。しかしその何十年もの間、ミヤのように妖かしが見える子供は一人も現れなかったのだろうか。それとも祓い屋と同等の力を持つ子供や教師が居なかったということだろうか。
どちらにしても、地脈の乱れなんてこの東京ではいくらでも起きている。人によっては電車が封印の鍵となる場所を分断しているのが悪いだの、ビルが建っている場所が悪いだのとも言う。
その割に日本が崩壊するような大災害が起こらないのは、人間たちが地脈やら妖かしたちの影響を受けにくくなっているからだとミヤは考える。昔の人間ほど信心深くない現代人は、神を敬わない分ご利益も受けづらい。もともとが日本の神々は人間と疎遠だというのに、こちらが信じていなければ向こうから関わってくれるはずもないのだ。
「常磐、学校の周りの地脈は本当に乱れているの?いつもどおりすぎて、私には分からない」
「…あぁ、若干歪んではいるが……今どきこの程度の乱れを気にしていたら暮らして行けんぞ」
「我々土地に着く者にとっては、居心地が悪いのですぞ!以前話題になった、床にビー玉を置くと転がっていく家のような居心地の悪さです!」
人間事情に妙に詳しい土鬼は、いかに住み心地が悪くなったのかを力説している。ミヤはこりゃ駄目だと溜息をつくと、話を遮るために手で制してから言った。
「申し訳ないですが、この建物をどかすことは出来ません。」
「何故でございますか!!」
「ここは多くの人間が生活をしている場所。そう簡単に動かすことなんて出来ません。柱を1本抜いただけでもこの建物は脆くなる。地脈を安定させたいのであれば、何かしら対策を練ることは出来ますが、建物をどかすのは無理です。」
背後から常磐にも同じようなことを繰り返し言われた土鬼は、諦めたようにまた姿を空中に溶かして消えた。ミヤはあっけなく諦めてくれたことに肩透かしをくらったような気分になりながらも、時計を見ると慌てて教科書とノートを持った。
あと数分で次の授業が始まってしまう。このタイミングで始業に居なければまたありもしないことを言われるかもしれない。
「そもそも、学校に来ないという手もあるんだぞ?」
「嫌。それって試合放棄で不戦敗でしょ?ありえない」
ミヤは教室に走って行く自分の後ろ姿を、常磐が複雑そうに見つめていたことに気づかなかった。
◇ ◇ ◇
その日の下校時間。習い事に行っている珊瑚を見送り、剣は一人で通学路を歩いていた。中学校の部活といえど、それなりに暗くなるまで活動はしている。以前海里に教えてもらった逢魔が時という妖かしが活発になる時間はとうに過ぎており、少しは安心して帰れるというものだ。
もちろん、昼間よりも夜の方が危ないのではと思うのだが、海里曰く、祓い屋という連中は妖かし専門の警察のようなもので、見回りを行っている地区もあるのだそうだ。剣が住んでいるあたりもその見回りの範囲内なので、妖かし関連のトラブルが起きたとしても、誰か祓い屋が現れるだろう。
「ところでさ」
「うん?」
左側から話しかけられて振り返ると、誰も居ない。気のせいだったのだろうかと思い止っていた足をまた動かすと、今度は右側から
「だからさぁ…」
「………まじかよ」
「まじだよ!」
自分と同い年くらいの少年の声が左から右から、時折下や上から聞こえてくるのだ。何事かと四方八方を見てみるも、特に見た目の異常は見受けられない。生憎と周囲に人間の姿も見当たらず、ここから自宅まで全力で走ったとしても、まだまだ時間がかかる。
「こんな早々に祓い屋の世話になるとか…」
剣ははぁーっと溜息をついた。妖かし相手に構うと、相手は調子にのってどんどんと悪戯をしかけてくる。こういう時は適当に無視して先に進むのが一番だろう。
「あれ?無視するの?君ってば酷いなぁ」
無視するのが一番なのだ。
「ところで君って狗谷ミヤのことが大嫌いなんだねぇ。そうだよね、人間のくせに妖かしの味方するんだもの。人間の君が嫌うのは当然だよねぇ。あれ?でも、おっかしぃなぁ…君の家に居る猫って、たしか妖かしだよねぇ?」
間延びした口調が多少鬱陶しいと感じても、無視するのが一番なのだ。
「どうして自分の飼い猫は許せるのに、他人になると許せないのかなぁ?あはっ!人間って気持ち悪いよねぇ。自分が大好きでさぁ、闇なんて抱えてませんって顔してるくせに、他人を貶めることを躊躇しない!そんな君のこと、飼い猫の猫又さんも、嫌いになっちゃうんじゃないかなぁ?」
「うるさい!!」
「あ、ようやく反応してくれたー!」
剣はうっかり振り向いて叫んだ自分を殴りたい気持ちにかられながら、諦めてため息をついた。
妖かしがそこに居るのであろう中空へ向かって視線をなげる。
「何の用事だよ」
「え?別に何でもないよ。ただ絡んだら面白そうだから声かけちゃった!」
「……はぁ…。帰る」
「駄目だよぉ!僕と遊ぶんだからさぁ!!」
歩き出そうとした体が、カクンと動かなくなった。自分の意思に反して、指先すらも動かない。まばたきも出来ない。嫌な汗が背中をつーっと滑っていって、剣は改めて自分を殴りたくなった。
「君って面白いよね。祓い屋でもなんでも無いくせに妖かしが見える。別に美味しそうってわけでもないのに、妖かしが寄ってくる。君に釣られた弱い妖かしを食べたら、僕のお腹も膨れるかなぁ…」
「……」
人間を食う妖かしが居るのだろうか。心臓がやけにうるさく鳴っている。手のひらがジンジンと脈打って、呼吸が浅くなっているのかとても息苦しい。
「人間って女のほうが美味しいっていうけど、やっぱ食べ比べてみるべきかなぁ…」
「試してみますか?」
背後から、最近聞き慣れた声がした。
「私に勝てたら、食べても構いませんよ。あなた、このあたりの川に住んでいる妖かしですね。人間の姿ですが、もともとは河童でしょうか。あなたが川から逃げたせいで、困ってるんです。」
「人間のくせに口うるさいなぁ!」
「困っているのは、あなたと同じ妖かしですよ。」
いつもどおり、抑揚はあるのに感情が読めない不思議な声で言う狗谷ミヤに、剣は内心で感謝した。うまくすれば、彼女がこの妖かしを退けてくれるかもしれない。
「ほら、勝負が怖いならおとなしく逃げ帰ってください。ちなみに私は人間なので、代理で下僕(しもべ)のワンコが戦います」
「だから、俺は犬ではないと何度言わせるつもり
「おすわり!」
「わん」
「というわけで、河童さん。尻子玉取られたくなければさっさと川に帰りやがれ、です」
その瞬間、剣の体を止めていた何かがカクっと開放され、危うく転びそうになった。剣が振り返ると、狗谷ミヤの隣に大人しく従ったらしい常磐がお座りしている。頭を撫でられてご満悦な表情をしていた常磐は、剣の視線に気づくとハッと慌てて立ち上がり、いつもの上から目線な笑顔を浮かべた。とてもわかり易い。
「小僧、貴様はだいぶ妖かしに狙われやすい体質になったらしいな」
「おかげさまで」
「せいぜい…清白千草あたりにでも弟子入りするんだな」
「常磐、口が過ぎる。清白さんはお忙しい方だから。…さ、帰ろう?」
剣が自分の身に起こったことを振り返っているうちに、常磐はミヤを抱き上げるとひょいと民家の屋根の上に飛び乗り、そこから軽々と跳躍を繰り返してどこかへ去っていった。
剣はまたしても妖かし絡みのトラブルに巻き込まれてしまったことを憂いながら、帰りが遅くなった理由を説明しなくてはと重たい足取りで自宅へと向かうのであった。
終。
2015/02/03 今昔
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