2014年7月31日木曜日

【仮想大江戸】番外編 閑話・剣編


オレには幼なじみで従兄弟の女の子が居る。紫とかピンクとか、そんな言葉じゃ表せないような髪色が凄く綺麗で、頭もよくて。でもオレからみると「本家の長女」である幼馴染----橙里とオレは、今は仲良くなってはいけない。






【 仮想大江戸 お伽話 閑話・剣編 】







橙里はそういう家の上下関係とかには敏感だ。けれど本人がそういうのを気にしているわけじゃない。ただ、オレと仲良くすると大人たちがあまりいい顔をしないから、それを敏感に察知してオレや弟の徹を守ってくれているんだ。
本当はオレが男だから、女の橙里を守ってやらなくちゃならないのに。ずっとそう思ってきた。


「剣、お稽古の時間です」

「はい、先生!よろしくお願いいたします!!」


道着に着替えて、基礎体力をつけるための走り込みに筋トレ、それから打ち込み。剣術の師範代の教えを忠実に再現するべく日々鍛錬。橙里を守れるだけ強くなるために、橙里を守れるようになるまで近づかないと決めた。家の取り決めである会食は顔を出すが、それ以外はオアズケだ。

この日本には何人も「超人」と呼ばれる人間がいる。
筆頭は戒愁家の本邸がある相模に住むという「風魔一族」。魔術だか忍術だか、とにかく怪しい術を使う一族で、身体能力も高い。忍者の生き残りだそうだ。
それから「紅」。この家は女系で、代々女性は音楽や絵画など芸術に秀でた才能を見せている。今の末代は「赤鬼」と呼ばれているらしい。こ、怖くなんかないぞ!

江戸に居ると言われてるのは「清白千草」。情報通の男らしく、そいつに高値で情報を買う政治家が後を絶たないらしい。
経済面で言うなら「戒愁家」。言わずもがな橙里の実家で、日本経済を支える大きなお家。

オレの家、「梔子」はその戒愁の分家であり、代々剣術や槍術、馬術を極めてきた。オレにもその才能はきちんと受け継がれているはずなのに、学校以外で比べるとまだまだ弱い。


「剣!!右足の踏み込みが甘い!!体重ではなく重心を前に持っていけッ」

「はい!」


なんでもう一歩踏み込めないのかオレなりに考えてみる。慣れてないから?いや、物心ついた時には竹刀も木刀も握ってるんだ。慣れてないわけがない。オレの頭が悪いからか!!そうか…それは……あれだ、どうしようもないな!でも頭が悪かったら橙里の近くにいつまで経っても行けないよな。
でもオレが本当に近づいてもいいのか?なんて、邪念ありまくりの状態で受けたその日の稽古は散々だった。




 ◇ ◇ ◇




オレが打ち身だらけになった稽古からしばらくして、定期開催されている戒愁家との会食の日になった。いつも通り、普段より少しだけ上等な着物を着せられる…と思いきや、今日は新品の洋服だった。
橙里はいつも綺麗な和服を着てくるから、オレも洋服じゃなくて和服がいいなぁ…なんて。


「万が一の時、洋服の方が橙里様を守れるのではありませんか?」

「なるほど!!そうだよな、なら今日は洋服で行く!」


そうか、和服より洋服の方が戦いやすいのか!確かに袴がバサバサしないもんな!侍女さんすげえ!頭いい!!

そんなワケでオレは弟の徹と親父と一緒に会食に向かった。洋服はやっぱり動きやすい。戦争が終わって西洋文化が入り始めてから、日本でも洋服が着られるようになってきた。でもなんでか今の時代になっても和服を着てる人は多いんだよなぁ。特に袴姿…ハイカラさん的な格好の人だ!
その夜も橙里は可愛い着物に見を包んでいて…あ、くっそ……可愛いじゃねえか!!ただ、袖も長いから食べ物を取る時は大変そうだ。


「……む、遠い…」


むってなんだ、むって!!可愛すぎか!!


「橙里さん、オレが取りますよ」

「あ、ありがとうございます」


我ながら、面と向かった時に「橙里さん」としか呼ぶ勇気のない己が情けないぜ。本家と分家っていう壁で、少し躊躇ってしまう小心者だ。いっそ小さい頃みたいに「橙里ちゃん」って…いや、男らしくないから無しだな!


「うん、ごまダレ美味しい」


…橙里のしゃぶしゃぶサラダにかかっているごまダレの量がおかしい。というか、ごまダレに豚肉とレタスが浸ってるという方が正しいな、あれ。そんなちょっと抜けてるところも可愛いぜ!言えないけどな!

そして本家の当主さんとオレの親父とで飲みに行ってしまった後、オレたちは戒愁家に橙里を送り届けに行った。


「何者っ!?」


そう叫んで一歩下がった橙里の足元を見ると、玄関に向かう途中に糸が張られている。誰かが橙里を狙ったのか?
屋根の上から目の前に忍び装束の男性が飛び降りてきた。深い青色の忍び装束は、確か伊賀忍者のものだな。


「戒愁橙里、梔子剣、お命頂戴する」


オレもかよ!!
男はすっと橙里へ何も持っていない手を伸ばしてきた。その手に意識を向けると、ふと人間からするはずの無い匂いがした。


「橙里さん下がって!」


男の手を左手で払いのけると鳩尾に右拳を打ち込む。咳き込んで数歩下がった男に、ザマァミロと笑ってやる。


「あの手に気化性の毒が塗ってある!…橙里さんへの悪意を持った、嫌な匂いがするッ」

「剣?」

「橙里さんは下がっててください!」

「橙里ちゃん、こっちや」


徹が橙里を保護したようだ。
とはいえ、伊賀忍者なんて本職の忍者相手に、オレはどこまで橙里を守れるんだろうか。せめて徹が気を利かせて橙里と二人安全な車内に入ってくれれば…って運転手はなにしてるんだ?
我が家の運転手なら多少戦えるはずなのに。

ああ、もう。なんで帯刀してないんだ、こういう時に限って!!
そんなことを思っていると、黒い忍び装束の女の子が現れた。オレよりちょっと年下…橙里と同じくらいの年齢に見える。それなのに、忍者相手に軽々と拘束して見せた。

つ、強い…。オレより年下なのに、強い!
その女の子は都子と名乗ると、去り際にオレたちのところへとやってきた。


「剣さん、良い嗅覚してるッスね。将来が楽しみっす!」

「あ、ありがとうございます!!」


褒められたー!!
オレ、オレ…すっげえ人に褒められた!!


「ウチもちょっと他のヤツの始末に手間取ってたんで、剣さんが居なかったら橙里さんも危なかったんっすよ」

「役にたてたということですか!!」


ちょっと前にあった剣術の訓練のことを思い出した。あんなふうに師範代に怒られてばかりのオレだったけど、少しは橙里を守る役にたてたんだ。これがどれほど素晴らしいことか、きっと誰に話しても分かってもらえないだろう。
オレにとって橙里とは守るべき対象であり、甘酸っぱい言葉で言うなら初恋の人だ。番犬だとかガーディアンだとか、そんなものにオレはなりたい。橙里が幸せになれるなら、結ばれるのは別にオレじゃなくてもいい。…いや撤回、できればオレがいい。


「役に立てたみたいですよ、橙里さん!!」

「ええ、そうですね…」


苦笑いだったけれど、橙里は笑ってくれた。それが嬉しくてはしゃいでいる間に、都子とその連れの忍者はどこかへ行ってしまったようだ。


「なぁ、あの人すっげー強かった!もしかしたら弟子入りとかさせてくれねぇかなぁ」


そうしたらもっと強くなって、一人でも橙里のこと守れるようになるかもしれないもんな!そんで、その時は…その時こそは……。

オレは後ろで呆れたように笑う橙里の声を聞きながら、いつになるかも分からない未来に思いをはせた。














終












2014/07/31 今昔 都子

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