2014年8月11日月曜日
【メモ】仮想大江戸ネタ
▼常磐の部下(名前案:桑染 一真/くわぞめ かずま)
・年齢は常磐-2、男性、イメージCV:豊永利行
・風魔の忍者、当主補佐
・完全な白髪に茶色の瞳、髪型はFree!の松岡凛みたいな
・都子の護衛その2。先代風魔のような問題が起きないとも限らないので、常磐には早く結婚して子供作ってくれと思っている。
・感情表現は全て演技。風魔として修行を積んでいるため、感情は十重二十重に封印済み
「私に、他人を愛するような心はない。」
「ただ……冷たいはずの私の心が、貴女を守りたいと願ってしまった…これは罰です」
▼橙里の従兄弟B(名前案:戒愁 珊瑚/かしゅう さんご)
・年齢は橙里と同い年、男性、イメージCV:蒼井翔太
・本来は橙里の許嫁になるはずだったが、病弱なため却下された
・淡桃色の髪の毛に、淡い黄色の瞳。髪型は肩につかないくらい長めで、横の下の方で結っている。
・橙里に対して恋愛感情はないが、病はもう治っているのでちょっと複雑。
・恋愛には奥手だが一途。明るいヤンデレ。(※常磐は暗いヤンデレ
「僕は当主にはなれるけど、あくまでも分家だからね」
「君を守るだけの力がほしい…ッ!こんな弱い僕にも!君を守る力をつけたいんだ!!」
▼若の同僚(名前案:宍 来栖/しし くるす)
・千草と同い年、男性、イメージCV:鈴木達央
・千草の妓楼の隣にある男妓楼の若旦那。
・薄いオレンジ味の茶髪にオレンジの瞳。髪型は黒執事のセバスチャン
・江戸生まれ江戸育ち。「宍屋」という男娼屋を開いている。都子が情報収集によく使う
・若同様、自分に恋愛は関係ないと思っている。が、同僚が男ばかりなので女性に免疫はない
「私が宍屋を治めております、宍来栖でございます。ご領主殿、どのようなご用件か」
「駄目だなぁ…可愛い。けど、同僚たちおいて自分だけ先に幸せになるのは…後ろめたいね」
2014年7月31日木曜日
【仮想大江戸】番外編 閑話・剣編
オレには幼なじみで従兄弟の女の子が居る。紫とかピンクとか、そんな言葉じゃ表せないような髪色が凄く綺麗で、頭もよくて。でもオレからみると「本家の長女」である幼馴染----橙里とオレは、今は仲良くなってはいけない。
【 仮想大江戸 お伽話 閑話・剣編 】
橙里はそういう家の上下関係とかには敏感だ。けれど本人がそういうのを気にしているわけじゃない。ただ、オレと仲良くすると大人たちがあまりいい顔をしないから、それを敏感に察知してオレや弟の徹を守ってくれているんだ。
本当はオレが男だから、女の橙里を守ってやらなくちゃならないのに。ずっとそう思ってきた。
「剣、お稽古の時間です」
「はい、先生!よろしくお願いいたします!!」
道着に着替えて、基礎体力をつけるための走り込みに筋トレ、それから打ち込み。剣術の師範代の教えを忠実に再現するべく日々鍛錬。橙里を守れるだけ強くなるために、橙里を守れるようになるまで近づかないと決めた。家の取り決めである会食は顔を出すが、それ以外はオアズケだ。
この日本には何人も「超人」と呼ばれる人間がいる。
筆頭は戒愁家の本邸がある相模に住むという「風魔一族」。魔術だか忍術だか、とにかく怪しい術を使う一族で、身体能力も高い。忍者の生き残りだそうだ。
それから「紅」。この家は女系で、代々女性は音楽や絵画など芸術に秀でた才能を見せている。今の末代は「赤鬼」と呼ばれているらしい。こ、怖くなんかないぞ!
江戸に居ると言われてるのは「清白千草」。情報通の男らしく、そいつに高値で情報を買う政治家が後を絶たないらしい。
経済面で言うなら「戒愁家」。言わずもがな橙里の実家で、日本経済を支える大きなお家。
オレの家、「梔子」はその戒愁の分家であり、代々剣術や槍術、馬術を極めてきた。オレにもその才能はきちんと受け継がれているはずなのに、学校以外で比べるとまだまだ弱い。
「剣!!右足の踏み込みが甘い!!体重ではなく重心を前に持っていけッ」
「はい!」
なんでもう一歩踏み込めないのかオレなりに考えてみる。慣れてないから?いや、物心ついた時には竹刀も木刀も握ってるんだ。慣れてないわけがない。オレの頭が悪いからか!!そうか…それは……あれだ、どうしようもないな!でも頭が悪かったら橙里の近くにいつまで経っても行けないよな。
でもオレが本当に近づいてもいいのか?なんて、邪念ありまくりの状態で受けたその日の稽古は散々だった。
◇ ◇ ◇
オレが打ち身だらけになった稽古からしばらくして、定期開催されている戒愁家との会食の日になった。いつも通り、普段より少しだけ上等な着物を着せられる…と思いきや、今日は新品の洋服だった。
橙里はいつも綺麗な和服を着てくるから、オレも洋服じゃなくて和服がいいなぁ…なんて。
「万が一の時、洋服の方が橙里様を守れるのではありませんか?」
「なるほど!!そうだよな、なら今日は洋服で行く!」
そうか、和服より洋服の方が戦いやすいのか!確かに袴がバサバサしないもんな!侍女さんすげえ!頭いい!!
そんなワケでオレは弟の徹と親父と一緒に会食に向かった。洋服はやっぱり動きやすい。戦争が終わって西洋文化が入り始めてから、日本でも洋服が着られるようになってきた。でもなんでか今の時代になっても和服を着てる人は多いんだよなぁ。特に袴姿…ハイカラさん的な格好の人だ!
その夜も橙里は可愛い着物に見を包んでいて…あ、くっそ……可愛いじゃねえか!!ただ、袖も長いから食べ物を取る時は大変そうだ。
「……む、遠い…」
むってなんだ、むって!!可愛すぎか!!
「橙里さん、オレが取りますよ」
「あ、ありがとうございます」
我ながら、面と向かった時に「橙里さん」としか呼ぶ勇気のない己が情けないぜ。本家と分家っていう壁で、少し躊躇ってしまう小心者だ。いっそ小さい頃みたいに「橙里ちゃん」って…いや、男らしくないから無しだな!
「うん、ごまダレ美味しい」
…橙里のしゃぶしゃぶサラダにかかっているごまダレの量がおかしい。というか、ごまダレに豚肉とレタスが浸ってるという方が正しいな、あれ。そんなちょっと抜けてるところも可愛いぜ!言えないけどな!
そして本家の当主さんとオレの親父とで飲みに行ってしまった後、オレたちは戒愁家に橙里を送り届けに行った。
「何者っ!?」
そう叫んで一歩下がった橙里の足元を見ると、玄関に向かう途中に糸が張られている。誰かが橙里を狙ったのか?
屋根の上から目の前に忍び装束の男性が飛び降りてきた。深い青色の忍び装束は、確か伊賀忍者のものだな。
「戒愁橙里、梔子剣、お命頂戴する」
オレもかよ!!
男はすっと橙里へ何も持っていない手を伸ばしてきた。その手に意識を向けると、ふと人間からするはずの無い匂いがした。
「橙里さん下がって!」
男の手を左手で払いのけると鳩尾に右拳を打ち込む。咳き込んで数歩下がった男に、ザマァミロと笑ってやる。
「あの手に気化性の毒が塗ってある!…橙里さんへの悪意を持った、嫌な匂いがするッ」
「剣?」
「橙里さんは下がっててください!」
「橙里ちゃん、こっちや」
徹が橙里を保護したようだ。
とはいえ、伊賀忍者なんて本職の忍者相手に、オレはどこまで橙里を守れるんだろうか。せめて徹が気を利かせて橙里と二人安全な車内に入ってくれれば…って運転手はなにしてるんだ?
我が家の運転手なら多少戦えるはずなのに。
ああ、もう。なんで帯刀してないんだ、こういう時に限って!!
そんなことを思っていると、黒い忍び装束の女の子が現れた。オレよりちょっと年下…橙里と同じくらいの年齢に見える。それなのに、忍者相手に軽々と拘束して見せた。
つ、強い…。オレより年下なのに、強い!
その女の子は都子と名乗ると、去り際にオレたちのところへとやってきた。
「剣さん、良い嗅覚してるッスね。将来が楽しみっす!」
「あ、ありがとうございます!!」
褒められたー!!
オレ、オレ…すっげえ人に褒められた!!
「ウチもちょっと他のヤツの始末に手間取ってたんで、剣さんが居なかったら橙里さんも危なかったんっすよ」
「役にたてたということですか!!」
ちょっと前にあった剣術の訓練のことを思い出した。あんなふうに師範代に怒られてばかりのオレだったけど、少しは橙里を守る役にたてたんだ。これがどれほど素晴らしいことか、きっと誰に話しても分かってもらえないだろう。
オレにとって橙里とは守るべき対象であり、甘酸っぱい言葉で言うなら初恋の人だ。番犬だとかガーディアンだとか、そんなものにオレはなりたい。橙里が幸せになれるなら、結ばれるのは別にオレじゃなくてもいい。…いや撤回、できればオレがいい。
「役に立てたみたいですよ、橙里さん!!」
「ええ、そうですね…」
苦笑いだったけれど、橙里は笑ってくれた。それが嬉しくてはしゃいでいる間に、都子とその連れの忍者はどこかへ行ってしまったようだ。
「なぁ、あの人すっげー強かった!もしかしたら弟子入りとかさせてくれねぇかなぁ」
そうしたらもっと強くなって、一人でも橙里のこと守れるようになるかもしれないもんな!そんで、その時は…その時こそは……。
オレは後ろで呆れたように笑う橙里の声を聞きながら、いつになるかも分からない未来に思いをはせた。
終
2014/07/31 今昔 都子
2014年7月30日水曜日
【仮想大江戸】番外編03「敵襲」
橙里は自分が嫌いだと思っている。
小さい頃からたいていのものは手に入るし、同じ年頃の子供たちよりもよほど多くのお小遣いをもらっていた。着物の質も上等だったし、薙刀やお琴なんていう習い事もしていた。ただそれが当人にとっても幸せかどうかと問われれば答えかねるし、自分でも幸せかどうかはもう少し時間がたたないと分からない。
「なー橙里ちゃん、早く遊びにいこうや?」
聞きなれない訛りまじりに話す少年を横目で見やって、橙里はため息をついた。
【 仮想大江戸 お伽話 敵襲編 】
神童だとか、そういうことは言われ慣れている。大人も寄ってこなければ子供も寄ってこない。すごいすごいと持て囃されるわりに、親友と呼べる相手は居ない。なんて寂しい子供だろうと子供ながらに思ってしまうのは、自分が所謂神童だからだろうか。
くだらないことに思考を回しながら、橙里は訛りの発生源である少年を見やった。
「ちょっと煩いですよ。私は明日までにこの書物を読み終えねばなりません。一人にしていただけませんか?」
江戸の別宅へと移り住んできてから、橙里はこの縁側で読書をするのがお気に入りだ。穏やかな風とよく見える空。問題があるとすれば、この少年がちょっかいを出してくることくらいだろうか。
「え~、だって橙里ちゃん、この前も同じこと言って遊びに行ってくれなかったやん」
「…手習いの先生がいらっしゃる度に宿題が出るんですよ?当たり前ではありませんか」
橙里にとっては当たり前のことを返答すれば、寄ってきていた少年----梔子徹は口を尖らせた。彼は少し年下の従兄弟で、橙里の家の分家である梔子家の三男坊だ。橙里にこのような軽い口をきいているのが大人に知れたら怒られるのだろうが、告げ口をするほど橙里は意地悪ではないと自負している。
「ともかく、私は江戸に遊びに来たんじゃありません。当主としての勉強をしに来ているんですから。」
この年令で学ぶ必要があるのかどうか分からない経済学。英語はもちろんポルトガル語や中国語、韓国語。英語はともかくとして、なぜ仲の悪い国の言葉を覚えなくては…と思うこともある。それでも辞めないのは、やめてもどうにもならないと分かっているからだ。
ただ、辞めないということと自ら進んでやりたいということは別物で、出来るなら橙里はこの小さい従兄弟と一緒に遊びに行ってしまいたいとは思っている。
戒愁家、といえば、この江戸でも地主として土地を収めている相模でも、大抵の人は「ああ、あの戒愁さんね」と知った顔をしてくれるだろう。それほどに戒愁の家は大きいし、行っている事業も手広い。
そんな家の第一子として生まれ、しかも男の子に恵まれなかったとなれば、当然橙里が後を継ぐことになる。元より努力は好きでないが、やることはやらねばと勉強に精を出した結果が「神童」という渾名だった。最初は反対していた親戚たちも、呉服から洋装の仕入れ、色街まで事業として抱えているこの家を支えられるのは橙里しかいない!などと調子のいいことを言い始めた。
橙里はセミも少なくなってきた木々を見上げてから、本の続きに目を落とした。
セミの一週間しかない命は、子孫を残すという色恋だけに注ぎ込まれる。少しだけその儚い命たちに感動し、そしてその生き様に憧れた。
「橙里様、本日の夜は梔子家の皆様と会食となっております。お支度をされなくては」
「分かりました。今向かいます」
侍女の声に本を閉じると、わきに置いてあった数冊の本も抱えて、橙里は自室へ戻った。
戒愁家の分家である梔子の家とは、定期的に会食が開かれている。会食と言ってもその内容は、本家が分家よりも上であると周囲にしらしめるためのものであり、無駄に贅沢な料亭で無駄に豪華な料理を食べるというもの。
江戸も相模も最下層の住民は不況を嘆いているというのに、この無駄遣いっぷりは一体何なのだろう。橙里はそう思いながら、真新しい薄桃色の着物に袖を通す。
「もっとも、お金のある家の人がお金を使って潤滑油にならなくては、という考えもよく分かるのだけど…」
それにしたって、ほぼ毎月のように行われる会食の度に二着の着物が父親から送られてくるのは、流石にお金の使いすぎだと思うのだ。いったいどこからそんなお金を稼いでいるのやら。
そんなことは今気にしてもしょうが無いか、と、お気に入りの髪飾りで髪の毛をまとめると、橙里は侍女が車を用意して待っているであろう玄関へと向かった。
◇ ◇ ◇
その夜の会食はいつにも増して豪勢な場所で行われた。色街の一角にある芸姑を呼んで食事が出来る店で、この辺りでは一番お金がかかると言われている。
「今宵の芸姑には『神子』と呼ばれる娘を呼んでおります。戒愁のお嬢様と丁度同い年くらいでしょうな」
「そうか、それは楽しみだ。あの赤鬼を呼べるとは…いやはや、流石この料亭は格が違いますな」
「お祖父様、『赤鬼』とはなんです?」
「5歳になった頃から頭角を現しはじめた楽器奏者の少女のことだ。その腕は熟練の奏者も敵わぬこと、赤っぽい髪をしていることから『赤鬼』と呼ばれておる。」
「予定は半年先も取れるかどうか。彼女を呼べるのは吉兆と言われているのですよ」
祖父と店員の言葉をBGMに店内を歩いて行くと、玄関を進んだ一階の中央は吹き抜けになっており、中央の池を囲むように廊下があり周囲は狭めの個室があるようだ。さらに二階も三階もほとんど同じ作りなようで、二階の廊下で胡弓を演奏している女の子と目があった。
真っ青な髪の毛をゆったり流した少女は、身の丈は橙里と然程変わらないのにとても大人びて見えた。やはりこの色街に出入りしているだけあって、色々と精神的に大人なのかもしれない。
「本日は二階の竹の間をご用意しております。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
店員に案内されて木製のエレベーターで二階へあがり、玄関とは吹き抜けを挟んで反対側の和室に通された。祖父と橙里、それから梔子からは従兄弟である徹とその兄の剣、梔子の当主。5人しか居ないというのにとても広い部屋を取ったようだ。相模ではここまで大きな部屋を取ったことはない。祖父が何をしたいのか考えが読めず、橙里はくしゃみを我慢するような顔で障子戸の中へ入った。
16畳程あろうかという部屋に、たった5人。髭面の祖父と軍人のように荘厳な雰囲気を醸し出す叔父。子供が3人も居るとはいえ、この状況ではしゃげるほど橙里も従兄弟たちも鈍感ではなかった。
「さて、梔子。お前さんに聞いておかねばならぬことがあってな」
「料理も出てきていないのにさっそく本題か?」
「私が急かしたい理由はよく分かっているだろう?我ら相模の土地を収めてきた。土地につく一族の守りによってその地盤は固められたと言っても良い。それが今になって何故、そのように他所へ頼るのか。それではあまりにも礼節を欠いている」
祖父の言いたい内容は橙里にはさっぱりだったが、叔父の方は意味を重々理解しているのか苦い顔をした。丁度楽器を持って入ってきた少女、先ほど店員が「神子」だの「赤鬼」だのと呼んでいた少女の存在で、一時会話はとぎれた。
後ろから料理を運んできた女中たちのタイミングを見計らいつつ、三味線を手にした少女は口上を述べると、さっさと演奏に入る。橙里も聞いたことのある古典音楽は、煩くもなく、沈黙が嫌になるでもない程よい音量で流れ始めた。
「何を言っている?我々は偶然傷ついたあの方々を発見し、そして保護しただけだ。恩を仇で返すようなマネは間違ってもしていない」
「……内情についてはなにも聞いていないということか?」
「内情?あの方々が我々に何か話をするとでも?」
橙里はテーブルの丁度剣の前にあるしゃぶしゃぶサラダのお皿から小皿へ取り分けようと半立になった。祖父と叔父の話は聞いてはいるが、内容を噛み砕いて咀嚼するのはなかなか難しい。
何より、この難しい会話に橙里が混ざることはないだろう。
「……む、遠い…」
「橙里さん、オレが取りますよ」
「あ、ありがとうございます」
剣に小皿を手渡し、サラダを取ってもらう。もとから梔子の従兄弟たちは江戸に住んでおり、しかしながらこちらへ越してきてからも剣はあまり遊びに来なかった。徹と比べると遊びに来た回数は半分にも満たないだろう。
(一度しか顔見せに行かなかった私はそれ以下だけれど…)
ごまだれが程よく効いたサラダを頬張りながら、橙里はまた祖父たちの会話に耳をそばだてた。
しばらく他愛も無い話や政治の話、その他ちょっとしたことを色々と話す祖父たちの会話を聞いているうち、会食はあっけなく終わってしまった。去り際に「赤鬼」と呼ばれていた楽器奏者の少女と目があった以外は、いつも通りの会食だった。
二軒目で飲んでくるという祖父と叔父を見送り、橙里は剣と徹と3人で車に乗り込むと運転手に出発を告げた。祖父たちは戒愁家の車で行ってしまったので、まずは橙里を届けてから剣たちは帰宅するらしい。
特にこれといった会話もしないまま、流れる町並みをぼんやりと眺める。いつも通りというものが素晴らしいことはしっている。高熱を出して寝込んだ時に、健康でいることが良いことだと実感するのと同じだ。普段はこうして「つまらない」と嘆いていても、いざ事件が起きれば「普通」が恋しくなるのだろう。
橙里は街灯に照らされて歩く人々を見ながら、自分の大人になった姿を想像した。恐らく、戒愁家に連なる家のどこかの長男か次男を婿にもらって、家業を回していくことになる。街中に暗い場所が無いのと同じで、橙里の将来には何も問題はないのだろう。問題が起きたと居ても戒愁という家が片付けてしまうだろうから。
「橙里さん、着きましたよ。」
剣に呼びかけられて気付き、橙里ははっと我に返った。運転手に告げたお礼がいつもより上ずる。運転手ではなく剣が開けてくれたドアから彼の手を借りて車から降りると、橙里はパッパと着物の裾を整えた。
「橙里さん。明日…こっちへ遊びに来てもいいですか?」
「突然ですね。構いませんよ、食事時にいらっしゃるようでしたら、朝のうちに連絡をくださいね」
「はい!ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
剣に見送られて家へ入ろうとした瞬間、何やら足元に違和感を感じた。さっと視線を下げると、足首よりちょっと上の高さに糸が張られており、橙里の視界の中でその糸は無情にも切れてしまった。
「何者っ!?」
様子見と我が身を守るために一歩下がると、屋根の上から目の前に忍び装束の男性が飛び降りてきた。深い青色の忍び装束はどこのものだろうか。ガタイがいいわけではないが、しなやかな身のこなしをしているように見える。
「戒愁橙里、梔子剣、お命頂戴する」
男はすっとこちらへ何も持っていない手を伸ばしてきた。凶器も持っていないのにどうやって攻撃してくるつもりなのだろう。
「橙里さん下がって!」
のんきに考えていた橙里の目の前に飛び出してきた剣は、男の手を左手で払いのけると鳩尾に右拳を打ち込んだ。
「あの手に気化性の毒が塗ってある!…橙里さんへの悪意を持った、嫌な匂いがするッ」
「剣?」
「橙里さんは下がっててください!」
「橙里ちゃん、こっちや」
徹に手を引かれて車の側まで行くと、剣と忍びは対峙し、微かに指や腕を動かしてなにやらやりとりをしているようだった。武術の達人になると、筋肉の動きで相手の動きを読み、動き出しの時点で全てが決する。薙刀の先生がそんなことを言っていたと思い出した。
忍び装束を着込んだ男性が、ふと顔をあげた。
「気づかれちまったッスね~!」
男性が顔を向けた先、戒愁邸の庭木のうえのほうから声が降ってきた。
「お前、何者だ!」
「伊賀の忍びが風魔のお膝元で何をしようとしてるんッスか?ウチらが黙って見てるとでも思ったん?」
「そこかッ!!」
男性の手からクナイが飛んでいく。矢のような勢いで飛んでいったクナイが、木に刺さる音がした。
「ところがぎっちょん!!」
男の背後から、黒い服を身にまとった少女が飛び降りてきた。確かに先ほどまで木の上から声が聞こえていたと思ったのだが、玄関の上の屋根に居たらしい。
橙里が目を丸くしていると、少女はいとも簡単に男の腕を捻り上げて拘束してしまった。
「いんやぁ~、舐められたもんッスねぇ。『赤鬼』の通名が楽器から付いたと思ったら大間違いッスよ?」
「ッ!?お前、風魔の赤鬼か!?」
「にゃっはっは、流石にそっちは知ってるみたいッスね。さて、次期党首に引き渡されるのと、風魔小太郎に引き渡されるのとどっちが良いッスか?選ばせてあげますよ」
唖然としていると、橙里の右肩がぽんと叩かれた。驚いて飛び上がるように振り返ると、そこには狐のお面をつけた深緑色の忍び装束を身にまとった者が立っていた。服の色が違うので、もしかしたら彼らとは違う流派の忍者なのかもしれない。
男を拘束している少女の服装も忍びのように見えるが、首元が中国の民族服のようになっていたり、黒地に赤と緑の糸で華の刺繍が入っていたりとどちらの味方なのか分からない。三つ巴だったら困るなと橙里が思っていると、少女は狐面の人物に声をかけた。
「あ、ようやく裏、片付いたんッスか?」
「あぁ。待たせたね。すまないな、お前の手を煩わせることになった」
「気にしないで欲しいッスよ。手伝いを申し出てるのはウチなんッスから」
狐面の人物----声からして男性というよりもまだ少年と呼ぶべき年齢のような彼は、拘束されている男に近づくと小声で会話を始めた。脅して情報でも引き出しているのだろう。
「あの、これは一体…」
「あー、ウチが説明するっす。あ、ウチは都子。アンタさんらは戒愁橙里に梔子剣と徹じゃんね?まー、あの忍びは伊賀の者で、何かよく分からんけどこの街のお偉いさんとツルンで戒愁家を没落させようとしてたんッスよ。んで、お祖父様からの要請でウチらがご自宅周辺を見まわってたってわけッス!おーけー?」
軽い口調で淀むことなく喋り続けた少女----都子に、橙里は首をかしげた。
「えっと、先ほどの料亭にも居た…」
「そうッス!ウチの本職は楽器ッスからね!」
カラカラと愉快そうに笑う都子は、男とのやりとりで転んだままになっていた剣に手を差し出した。剣もまた毒気を抜かれたのか素直にその手をとった。
「剣さん、良い嗅覚してるッスね。将来が楽しみっす!」
「あ、ありがとうございます!!」
「ウチもちょっと他のヤツの始末に手間取ってたんで、剣さんが居なかったら橙里さんも危なかったんっすよ」
「役にたてたということですか!!役に立てたみたいですよ、橙里さん!!」
「ええ、そうですね…」
都子のコミュニティ能力の高さに圧倒されるがままに剣の言い分を肯定すると、剣は嬉しそうに飛び跳ねた。尻尾があったら音がするほど振り回してイそうなほどの喜びようは、とても年上には見えない。
「都子、聞きたいことは聞けた。帰るぞ」
「はいッス!んじゃ、お二人とも、またお会いすることがあれば!」
狐面の男性に呼ばれた都子は、片手をひょいとあげると屋根の上に飛び乗り、夜の空に消えるように見えなくなってしまった。
とりあえず橙里が把握できたのは、伊賀の忍びに襲われそうになったことと、それを狐面の彼と都子が助けてくれたということだけだった。その程度でも確かに日常を壊されたはずなのだが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、これからも何か起こるのではないだろうかという期待で胸が一杯になった。彼女たちが何者なのだろうか、もしかして弟子入りをさせてもらえないだろうかと騒ぐ剣を無理やり車に押し込めて、橙里は妙に疲れたと肩を回しながら梔子家の車を見送った。
終。
2014/07/30 今昔 都子
小さい頃からたいていのものは手に入るし、同じ年頃の子供たちよりもよほど多くのお小遣いをもらっていた。着物の質も上等だったし、薙刀やお琴なんていう習い事もしていた。ただそれが当人にとっても幸せかどうかと問われれば答えかねるし、自分でも幸せかどうかはもう少し時間がたたないと分からない。
「なー橙里ちゃん、早く遊びにいこうや?」
聞きなれない訛りまじりに話す少年を横目で見やって、橙里はため息をついた。
【 仮想大江戸 お伽話 敵襲編 】
神童だとか、そういうことは言われ慣れている。大人も寄ってこなければ子供も寄ってこない。すごいすごいと持て囃されるわりに、親友と呼べる相手は居ない。なんて寂しい子供だろうと子供ながらに思ってしまうのは、自分が所謂神童だからだろうか。
くだらないことに思考を回しながら、橙里は訛りの発生源である少年を見やった。
「ちょっと煩いですよ。私は明日までにこの書物を読み終えねばなりません。一人にしていただけませんか?」
江戸の別宅へと移り住んできてから、橙里はこの縁側で読書をするのがお気に入りだ。穏やかな風とよく見える空。問題があるとすれば、この少年がちょっかいを出してくることくらいだろうか。
「え~、だって橙里ちゃん、この前も同じこと言って遊びに行ってくれなかったやん」
「…手習いの先生がいらっしゃる度に宿題が出るんですよ?当たり前ではありませんか」
橙里にとっては当たり前のことを返答すれば、寄ってきていた少年----梔子徹は口を尖らせた。彼は少し年下の従兄弟で、橙里の家の分家である梔子家の三男坊だ。橙里にこのような軽い口をきいているのが大人に知れたら怒られるのだろうが、告げ口をするほど橙里は意地悪ではないと自負している。
「ともかく、私は江戸に遊びに来たんじゃありません。当主としての勉強をしに来ているんですから。」
この年令で学ぶ必要があるのかどうか分からない経済学。英語はもちろんポルトガル語や中国語、韓国語。英語はともかくとして、なぜ仲の悪い国の言葉を覚えなくては…と思うこともある。それでも辞めないのは、やめてもどうにもならないと分かっているからだ。
ただ、辞めないということと自ら進んでやりたいということは別物で、出来るなら橙里はこの小さい従兄弟と一緒に遊びに行ってしまいたいとは思っている。
戒愁家、といえば、この江戸でも地主として土地を収めている相模でも、大抵の人は「ああ、あの戒愁さんね」と知った顔をしてくれるだろう。それほどに戒愁の家は大きいし、行っている事業も手広い。
そんな家の第一子として生まれ、しかも男の子に恵まれなかったとなれば、当然橙里が後を継ぐことになる。元より努力は好きでないが、やることはやらねばと勉強に精を出した結果が「神童」という渾名だった。最初は反対していた親戚たちも、呉服から洋装の仕入れ、色街まで事業として抱えているこの家を支えられるのは橙里しかいない!などと調子のいいことを言い始めた。
橙里はセミも少なくなってきた木々を見上げてから、本の続きに目を落とした。
セミの一週間しかない命は、子孫を残すという色恋だけに注ぎ込まれる。少しだけその儚い命たちに感動し、そしてその生き様に憧れた。
「橙里様、本日の夜は梔子家の皆様と会食となっております。お支度をされなくては」
「分かりました。今向かいます」
侍女の声に本を閉じると、わきに置いてあった数冊の本も抱えて、橙里は自室へ戻った。
戒愁家の分家である梔子の家とは、定期的に会食が開かれている。会食と言ってもその内容は、本家が分家よりも上であると周囲にしらしめるためのものであり、無駄に贅沢な料亭で無駄に豪華な料理を食べるというもの。
江戸も相模も最下層の住民は不況を嘆いているというのに、この無駄遣いっぷりは一体何なのだろう。橙里はそう思いながら、真新しい薄桃色の着物に袖を通す。
「もっとも、お金のある家の人がお金を使って潤滑油にならなくては、という考えもよく分かるのだけど…」
それにしたって、ほぼ毎月のように行われる会食の度に二着の着物が父親から送られてくるのは、流石にお金の使いすぎだと思うのだ。いったいどこからそんなお金を稼いでいるのやら。
そんなことは今気にしてもしょうが無いか、と、お気に入りの髪飾りで髪の毛をまとめると、橙里は侍女が車を用意して待っているであろう玄関へと向かった。
◇ ◇ ◇
その夜の会食はいつにも増して豪勢な場所で行われた。色街の一角にある芸姑を呼んで食事が出来る店で、この辺りでは一番お金がかかると言われている。
「今宵の芸姑には『神子』と呼ばれる娘を呼んでおります。戒愁のお嬢様と丁度同い年くらいでしょうな」
「そうか、それは楽しみだ。あの赤鬼を呼べるとは…いやはや、流石この料亭は格が違いますな」
「お祖父様、『赤鬼』とはなんです?」
「5歳になった頃から頭角を現しはじめた楽器奏者の少女のことだ。その腕は熟練の奏者も敵わぬこと、赤っぽい髪をしていることから『赤鬼』と呼ばれておる。」
「予定は半年先も取れるかどうか。彼女を呼べるのは吉兆と言われているのですよ」
祖父と店員の言葉をBGMに店内を歩いて行くと、玄関を進んだ一階の中央は吹き抜けになっており、中央の池を囲むように廊下があり周囲は狭めの個室があるようだ。さらに二階も三階もほとんど同じ作りなようで、二階の廊下で胡弓を演奏している女の子と目があった。
真っ青な髪の毛をゆったり流した少女は、身の丈は橙里と然程変わらないのにとても大人びて見えた。やはりこの色街に出入りしているだけあって、色々と精神的に大人なのかもしれない。
「本日は二階の竹の間をご用意しております。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
店員に案内されて木製のエレベーターで二階へあがり、玄関とは吹き抜けを挟んで反対側の和室に通された。祖父と橙里、それから梔子からは従兄弟である徹とその兄の剣、梔子の当主。5人しか居ないというのにとても広い部屋を取ったようだ。相模ではここまで大きな部屋を取ったことはない。祖父が何をしたいのか考えが読めず、橙里はくしゃみを我慢するような顔で障子戸の中へ入った。
16畳程あろうかという部屋に、たった5人。髭面の祖父と軍人のように荘厳な雰囲気を醸し出す叔父。子供が3人も居るとはいえ、この状況ではしゃげるほど橙里も従兄弟たちも鈍感ではなかった。
「さて、梔子。お前さんに聞いておかねばならぬことがあってな」
「料理も出てきていないのにさっそく本題か?」
「私が急かしたい理由はよく分かっているだろう?我ら相模の土地を収めてきた。土地につく一族の守りによってその地盤は固められたと言っても良い。それが今になって何故、そのように他所へ頼るのか。それではあまりにも礼節を欠いている」
祖父の言いたい内容は橙里にはさっぱりだったが、叔父の方は意味を重々理解しているのか苦い顔をした。丁度楽器を持って入ってきた少女、先ほど店員が「神子」だの「赤鬼」だのと呼んでいた少女の存在で、一時会話はとぎれた。
後ろから料理を運んできた女中たちのタイミングを見計らいつつ、三味線を手にした少女は口上を述べると、さっさと演奏に入る。橙里も聞いたことのある古典音楽は、煩くもなく、沈黙が嫌になるでもない程よい音量で流れ始めた。
「何を言っている?我々は偶然傷ついたあの方々を発見し、そして保護しただけだ。恩を仇で返すようなマネは間違ってもしていない」
「……内情についてはなにも聞いていないということか?」
「内情?あの方々が我々に何か話をするとでも?」
橙里はテーブルの丁度剣の前にあるしゃぶしゃぶサラダのお皿から小皿へ取り分けようと半立になった。祖父と叔父の話は聞いてはいるが、内容を噛み砕いて咀嚼するのはなかなか難しい。
何より、この難しい会話に橙里が混ざることはないだろう。
「……む、遠い…」
「橙里さん、オレが取りますよ」
「あ、ありがとうございます」
剣に小皿を手渡し、サラダを取ってもらう。もとから梔子の従兄弟たちは江戸に住んでおり、しかしながらこちらへ越してきてからも剣はあまり遊びに来なかった。徹と比べると遊びに来た回数は半分にも満たないだろう。
(一度しか顔見せに行かなかった私はそれ以下だけれど…)
ごまだれが程よく効いたサラダを頬張りながら、橙里はまた祖父たちの会話に耳をそばだてた。
しばらく他愛も無い話や政治の話、その他ちょっとしたことを色々と話す祖父たちの会話を聞いているうち、会食はあっけなく終わってしまった。去り際に「赤鬼」と呼ばれていた楽器奏者の少女と目があった以外は、いつも通りの会食だった。
二軒目で飲んでくるという祖父と叔父を見送り、橙里は剣と徹と3人で車に乗り込むと運転手に出発を告げた。祖父たちは戒愁家の車で行ってしまったので、まずは橙里を届けてから剣たちは帰宅するらしい。
特にこれといった会話もしないまま、流れる町並みをぼんやりと眺める。いつも通りというものが素晴らしいことはしっている。高熱を出して寝込んだ時に、健康でいることが良いことだと実感するのと同じだ。普段はこうして「つまらない」と嘆いていても、いざ事件が起きれば「普通」が恋しくなるのだろう。
橙里は街灯に照らされて歩く人々を見ながら、自分の大人になった姿を想像した。恐らく、戒愁家に連なる家のどこかの長男か次男を婿にもらって、家業を回していくことになる。街中に暗い場所が無いのと同じで、橙里の将来には何も問題はないのだろう。問題が起きたと居ても戒愁という家が片付けてしまうだろうから。
「橙里さん、着きましたよ。」
剣に呼びかけられて気付き、橙里ははっと我に返った。運転手に告げたお礼がいつもより上ずる。運転手ではなく剣が開けてくれたドアから彼の手を借りて車から降りると、橙里はパッパと着物の裾を整えた。
「橙里さん。明日…こっちへ遊びに来てもいいですか?」
「突然ですね。構いませんよ、食事時にいらっしゃるようでしたら、朝のうちに連絡をくださいね」
「はい!ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
剣に見送られて家へ入ろうとした瞬間、何やら足元に違和感を感じた。さっと視線を下げると、足首よりちょっと上の高さに糸が張られており、橙里の視界の中でその糸は無情にも切れてしまった。
「何者っ!?」
様子見と我が身を守るために一歩下がると、屋根の上から目の前に忍び装束の男性が飛び降りてきた。深い青色の忍び装束はどこのものだろうか。ガタイがいいわけではないが、しなやかな身のこなしをしているように見える。
「戒愁橙里、梔子剣、お命頂戴する」
男はすっとこちらへ何も持っていない手を伸ばしてきた。凶器も持っていないのにどうやって攻撃してくるつもりなのだろう。
「橙里さん下がって!」
のんきに考えていた橙里の目の前に飛び出してきた剣は、男の手を左手で払いのけると鳩尾に右拳を打ち込んだ。
「あの手に気化性の毒が塗ってある!…橙里さんへの悪意を持った、嫌な匂いがするッ」
「剣?」
「橙里さんは下がっててください!」
「橙里ちゃん、こっちや」
徹に手を引かれて車の側まで行くと、剣と忍びは対峙し、微かに指や腕を動かしてなにやらやりとりをしているようだった。武術の達人になると、筋肉の動きで相手の動きを読み、動き出しの時点で全てが決する。薙刀の先生がそんなことを言っていたと思い出した。
忍び装束を着込んだ男性が、ふと顔をあげた。
「気づかれちまったッスね~!」
男性が顔を向けた先、戒愁邸の庭木のうえのほうから声が降ってきた。
「お前、何者だ!」
「伊賀の忍びが風魔のお膝元で何をしようとしてるんッスか?ウチらが黙って見てるとでも思ったん?」
「そこかッ!!」
男性の手からクナイが飛んでいく。矢のような勢いで飛んでいったクナイが、木に刺さる音がした。
「ところがぎっちょん!!」
男の背後から、黒い服を身にまとった少女が飛び降りてきた。確かに先ほどまで木の上から声が聞こえていたと思ったのだが、玄関の上の屋根に居たらしい。
橙里が目を丸くしていると、少女はいとも簡単に男の腕を捻り上げて拘束してしまった。
「いんやぁ~、舐められたもんッスねぇ。『赤鬼』の通名が楽器から付いたと思ったら大間違いッスよ?」
「ッ!?お前、風魔の赤鬼か!?」
「にゃっはっは、流石にそっちは知ってるみたいッスね。さて、次期党首に引き渡されるのと、風魔小太郎に引き渡されるのとどっちが良いッスか?選ばせてあげますよ」
唖然としていると、橙里の右肩がぽんと叩かれた。驚いて飛び上がるように振り返ると、そこには狐のお面をつけた深緑色の忍び装束を身にまとった者が立っていた。服の色が違うので、もしかしたら彼らとは違う流派の忍者なのかもしれない。
男を拘束している少女の服装も忍びのように見えるが、首元が中国の民族服のようになっていたり、黒地に赤と緑の糸で華の刺繍が入っていたりとどちらの味方なのか分からない。三つ巴だったら困るなと橙里が思っていると、少女は狐面の人物に声をかけた。
「あ、ようやく裏、片付いたんッスか?」
「あぁ。待たせたね。すまないな、お前の手を煩わせることになった」
「気にしないで欲しいッスよ。手伝いを申し出てるのはウチなんッスから」
狐面の人物----声からして男性というよりもまだ少年と呼ぶべき年齢のような彼は、拘束されている男に近づくと小声で会話を始めた。脅して情報でも引き出しているのだろう。
「あの、これは一体…」
「あー、ウチが説明するっす。あ、ウチは都子。アンタさんらは戒愁橙里に梔子剣と徹じゃんね?まー、あの忍びは伊賀の者で、何かよく分からんけどこの街のお偉いさんとツルンで戒愁家を没落させようとしてたんッスよ。んで、お祖父様からの要請でウチらがご自宅周辺を見まわってたってわけッス!おーけー?」
軽い口調で淀むことなく喋り続けた少女----都子に、橙里は首をかしげた。
「えっと、先ほどの料亭にも居た…」
「そうッス!ウチの本職は楽器ッスからね!」
カラカラと愉快そうに笑う都子は、男とのやりとりで転んだままになっていた剣に手を差し出した。剣もまた毒気を抜かれたのか素直にその手をとった。
「剣さん、良い嗅覚してるッスね。将来が楽しみっす!」
「あ、ありがとうございます!!」
「ウチもちょっと他のヤツの始末に手間取ってたんで、剣さんが居なかったら橙里さんも危なかったんっすよ」
「役にたてたということですか!!役に立てたみたいですよ、橙里さん!!」
「ええ、そうですね…」
都子のコミュニティ能力の高さに圧倒されるがままに剣の言い分を肯定すると、剣は嬉しそうに飛び跳ねた。尻尾があったら音がするほど振り回してイそうなほどの喜びようは、とても年上には見えない。
「都子、聞きたいことは聞けた。帰るぞ」
「はいッス!んじゃ、お二人とも、またお会いすることがあれば!」
狐面の男性に呼ばれた都子は、片手をひょいとあげると屋根の上に飛び乗り、夜の空に消えるように見えなくなってしまった。
とりあえず橙里が把握できたのは、伊賀の忍びに襲われそうになったことと、それを狐面の彼と都子が助けてくれたということだけだった。その程度でも確かに日常を壊されたはずなのだが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、これからも何か起こるのではないだろうかという期待で胸が一杯になった。彼女たちが何者なのだろうか、もしかして弟子入りをさせてもらえないだろうかと騒ぐ剣を無理やり車に押し込めて、橙里は妙に疲れたと肩を回しながら梔子家の車を見送った。
終。
2014/07/30 今昔 都子
2014年7月25日金曜日
【仮想大江戸】番外編02「出会い」
「いいですか、女というものは常に世の中の殿方から下に見られているものでえす。しかしこれに憤ってはなりません。その弱さは最強の武器になるのですから、相手よりも自分が強いということがバレてはならないのです。」
【 仮想大江戸 お伽話 出会い編 】
たしかこれは祖母が言った言葉だったか、と都子は流れる雲を見て考えた。もうすぐ10歳の誕生日を迎えるのだが、未だに街中に出て行ったことがない。近所の山の中や小さな小間物屋には祖父に連れられて行ったことがある。少人数でお座敷を借りきった食事にも行ったことはある。だがそれだけだ。人が大勢通るような場所やなんかには行ったことがない。
これがおかしいことだと気づいたのは、先日近所にやってきた移動図書館で借りた小説を読んだからで、それが無ければ今後も知らないままだっただろう。しかし「おかしいこと」と分かっても反抗しないのは、都子自身が必要最低限しか外に出れない理由をよくよく理解しているからだ。
「都子さん、お仕事の時間ですよ」
夕暮れで空が赤くなった頃、竹林に囲まれた離れの入り口で、侍女の声が聞こえた。都子は予め整えてあった荷物を持つと、障子戸をあけてお香の匂いをまとわせながら渡り廊下へと出た。侍女に促されるままに仕事場へと向かう。
背負うのは家の名前と威信と誇り、それから相棒である楽器だ。
<和楽器奏者の神子>
仰々しい通名は、先代である母や祖母が呼ばれていたもので、周囲はその後を継ぐのであろう都子のこともそう呼んだ。父の遺伝なのか赤色や桃色がまじったような髪の毛を見て「赤鬼の子」と呼ぶ人さえも居る。
そんな偉大なものではない。ただ物心がついた頃から楽器に触れて、言葉を発すると同時に歌うことを教わっただけの普通の人間だ。決して鬼やら神やらの子ではない。
「本日は料亭『いろは』にて舞と歌をとのご依頼を受けております」
「承知しました。」
背負った三味線を担ぎなおすと、都子は仕事用の上等な着物に見を包んで家を出た。
こんな豪華な着物に興味はない。というか洋服が好きだ。こんな動きづらい格好をし続けるなんて、西洋化がすすんだ今日では信じられないと思う。思うだけで言わないのは、今の仕事は親の代から引き継いだものであり、少しでも家計の助けになれているのも親のおかげ、今こうして暮らしていけるのは全て親のおかげだと理解しているからに他ならない。
「そういえば先日、遠江の方で風魔の忍びによる村焼きがあったようですね」
静かに走る車の運転席から侍女が言う。そういえばそんな話を聞いたなと、都子は瓦版を思い出しながら答えた。
「ええ。確か、当主の独断行動だったとか。次期当主候補が現代当主を殺めるたかちでことは収束したと」
「先代派と当代派で内部が荒れていることも考えられます。本日の料亭は比較的風魔の里に近い場所ですので、どうかお気をつけ下さい」
忍者相手に何をどう気をつけろというのだろうか。そもそも、今日の仕事は料亭で開かれる政治家の会食で、ちょっと歌ってちょっと楽器を演奏して、ついでにちょっと踊るだけではないか。そんな場所に忍者という職種のものが忍び込んでくるだなんて思えない。
確かに今どきの政治家たちは護衛だったり諜報活動に、古き時代から生き残った忍者を雇うこともあるらしいが、身内だけの会食なのにどうして忍者が必要になるのだろう。
都子は口でだけ「分かりました」と答えると、止まった車のドアが開かれるのを待って降車した。
今日の舞台は豪華な料亭だ。色とりどりの花をかたどった飾りに、眩しいほどの提灯や灯籠。贅の限りを尽くしたその料亭の様子に、都子はほとほと帰りたくなった。こういうのを税金の無駄遣いというのだろうなと、こぼれ落ちるため息を止めておくのが大変だ。
「ようこそお出で下さいました。あの有名な都子さんをお迎えできるだなんて、当料亭末代までの誇りでございます」
都子が店の扉をくぐると、そんな大仰な挨拶が飛んできた。中年の人の良さそうな店主であろう男性が美しい姿勢で礼をしてくる。都子も慌てて礼を返すと、にっこりと微笑んだ。
「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。短い時間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
「いやはや、まだ10にならないと伺っていましたが、これならどこに出しても恥ずかしくない。流石は神子の娘さんだ。さあさ、こちらへどうぞ」
先ほど見せてくれた笑顔のままで奥へと案内してくれる店主に、都子は内心で盛大なため息をついた。やはりこの人も「神子」だの「赤鬼の子」だのというものに目が眩んでいる。確かに音楽や芸能を始めたのは家柄のためであるが、奏法も得意なジャンルも母とは似ても似つかない。これは都子だけの音楽であり、神子の音楽ではない。
音楽や芸能に詳しくない人には大差ないのかもしれないが、家の名前で一即多にされるのは耐え難かった。まるで自分の存在は小さくて家の名前に乗っているだけと言われているような気持ちにされてしまうのだ。
控室につかうらしい四畳半の部屋に通されて、都子は楽器の調整をはじめた。出されたお茶とお菓子は失礼にならない程度に手を付けた。本来なら歌ったりする前には食事をしない方がいいのだが、食べないのもまた問題だ。
時間になると先ほどの店主ともう一人女性がやってきて、都子がもてなす客人たちの部屋へと案内された。控室から少し離れた場所にあった部屋では、脂ぎった男性と、それから軍人かと問いたくなるようながたいのいい男性、それに頭の良さそうないかにも政治家ですという男性が二人。合計で4人の男性が食事を始めるところだった。
「おや、噂の神子さんの登場だね」
「いやぁ指名しても来てもらうのには運が必要だと聞いていたので心配していたが、可愛らしい赤鬼の子だ。お会いできて嬉しいよ」
「お初にお目にかかります、私、本日の芸姑を務めます都子と申します。」
にっこりとよそ行きの笑顔を見せると、脂ぎった男性が満足そうに頷いた。正直気持ち悪い。お金の匂いがする。お金と権力で女性を侍らせることに慣れている成人男性の目だ。
(気持ち悪い)
幼い頃からこうして大人相手に商売をしていれば、嫌でも分かるようになるものだ。けれどここで自分が相手について何か勘づいたと思われてはいけない。情報戦でも常に女性は弱いと思われていなくては、後々やりづらくなるのだ。
祖母の言いつけをきちんと守り、都子は食事のBGMにすべく三味線を奏ではじめる。ひっそりと彼らの会話に耳をたてるが、そこで把握した内容は自分の胸の内に収めておく。芸姑とは口が固くなくては出来ない仕事だ。
「そういえば、江戸の四条通に新しく土地を買いましてな。先日のあのご依頼、どうにかなりそうですぞ」
「いやはや、小太郎殿の尻拭いというのも…大変ですな」
「何を言う、小太郎様のお陰で今の我々があるのだから、感謝こそすれ文句はない」
小太郎、とは誰だろうか。誰か有名な政治家だっただろうかと思いながら、食事の済んだ彼らのために、料亭専属の芸姑3人を呼んで舞の披露にうつった。ここからは酒が入った彼らの相手になるので、まだ気が楽だ。特に酒で軽くなった口から色々と話を聞けるのが楽しい。
男たちは都子が窓際で踊るのを見ながら酒を飲み、楽しげに談笑している。酒の威力とは恐ろしいもので、本当に話しても良いのかと疑いたくなるような言葉が飛んできた。
「小太郎様のためとはいえ、流石に法を破るのは肝が冷えるな」
「何を言うか、その程度で音を上げては風魔の皆様に示しがつかぬぞ」
「そうだ、あのお方の死後もこうしてお仕えしてこそだ」
車の中で「関わるはずなんてない」と馬鹿にしていた風魔一族の関係者が、今目の前に4人も居るというのだろうか。少しぎこちなくなった舞を必死に元に戻して、都子は何事もなかったかのように踊り続ける。
「それにしても、次の当主はまだ15にもならない子供だそうじゃないか」
「実力はあると聞いたが…まだ子供ではなぁ。他に跡継ぎは居なかったのか?」
「まだ13…だったか?だから今は年長者が当主代理をしているそうだぞ。」
「なんでも、他の跡取り候補たちは大半が小太郎様派で、あの遠江の乱で殺されたそうだ。末恐ろしいな、まだ中学生くらいの餓鬼が大人を何人も殺したんだぞ」
恐ろしいのはこんな場所でその会話ができるアンタたちの脳みそだ。
そう言ってやりたい唇を必死に噛み締めて、どうにか舞を終わらせた。芸姑たちはさっさと楽器を手に脇へはけてしまい、都子も丁寧な礼をするとさっと後を追いかけた。これ以上あそこに居て何か聞くのは危険なような気がしたのだ。
「おっと神子のお嬢さん、よければ少し歌ってくれないか」
「は、い。お任せくださいませ」
しくじった。これ以上彼らの話を聞くのは危ないと分かっているのに、呼び止める隙を作ってしまった自分を嘆いた。
「それにしても、小太郎様はなぜあの村を襲ったのか…」
また、噂の小太郎という人物----恐らく風魔の当主であるという風魔小太郎のことだろうその人の話を始めた4人に、都子は地団駄を踏みたい気持ちで三味線を構えた。歌が少し進んでも彼らの小太郎に関する話は止まることはなかった。
都子の歌が終わると同時、目の前が真っ暗になった。
「申し訳ないが、小太郎という名前は代々当主が受け継ぐ名前だ。じきにその名は俺のものになる。軽々しく口にしないでもらおうか。」
ほとんど黒に見える、緑色の忍び装束。視界を覆ったのは目の前に立膝をしている男性らしかった。何が起こったのか分からずアウトロを自動演奏していた手が止まると、それを合図にしたように目の前に居た男性が動いた。
右手に持っていたらしいクナイで右端の男性の喉を掻っ切り、続いて右手を正面に戻すことで隣の男性の米噛みを強打する。立ち上がった勢いで3人目の首を蹴飛ばすと、残った脂ぎった男性の首筋に刀を添えた。顔は不気味な表情のないお面で隠れていて見えない。
あっという間の出来事に都子がポカンとしていると、残った男性はヒイと哀れな声で息をのんだ。
「お、お前が…親殺しの当代当主かッ!」
「そうだ。さて、幾つか尋ねよう。先代風魔小太郎の名前を使って何をしていた。」
「言うものか!」
「よほど薬を使われたいらしいな」
すっとワントーン低くなった声に、視線すら向けられていない都子は背筋が震え上がるのを感じた。
「……っく、小太郎様の悲願であった再度の鎖国を実現しようとしていたまでだ」
「あぁ、やはりな。ふむ、これで貴様に用はない。」
低い声のままで言った彼に、都子はぞくりと後頭部から腰にかけてが震えた。
先ほどの話を総合して考えれば、今目の前に居る目と口の穴が空いただけのようなお面をつけた彼は、現代に生き残っている数少ない忍術使いの一族である風魔の当主だ。それも都子と然程年齢も変わらない男の子。そんな彼は、今目の前であっさりと大人4人を倒してみせた。
その事実が恐るべきことだと分かっているのに、都子はどうしても恐怖よりも歓喜を感じずには居られない。その手にした楽器や耳、体に響いてくる低い声も、圧倒的な強さも。憧れのほうが大きく上回ったのだ。
「さて、もう1つの仕事を済ますとするか」
顔のないお面が、こちらを振り向いた。真っ白な髪の毛がふわふわと空気を含んで揺れている。彼はお面を外すと、結んでいた紐でお面を腰に結びつけた。
都子は驚かざるを得なかった。本当に、自分より少し大きい程度の少年がそこには居た。丹精な整った顔立ちに、真っ白な髪の毛。一房だけ緑色の髪の毛があるが、染めているのとは違うらしい。
「お前が、都子だな」
「は、はい。間違いありません」
三味線抱きしめるようにすると、彼は申し訳無さそうに眉を下げて微笑んだ。視線を合わせるように立て膝をすると、こちらの顔を覗きこんでくる。
「すまないな、怖がらせたいわけじゃない。…ただ、お前を誘拐しに来ただけだ」
「そ、それは一体…」
「先日、近所に移動図書館が来ただろう?あれはうちの家業の1つだ」
忍者がなぜ図書館。そう思ったのは相手にも伝わったのか、彼はふふっと微笑んでみせた。
「俺は風間常磐。お前の歌が好きだ。」
「かざ、ま…ときわ?」
「ああ。好きに呼べばいい。」
もう一度、常磐、と彼の名前を呟くと、彼は満足そうに頭を撫でてくれた。不思議と怖くはなく、都子は三味線を抱いていた腕を緩めた。
「神子の家のことは知っている。ほとんど幽閉されているそうだな。俺がその日常を壊してやっても構わない。」
「…それが、私を誘拐するということですか?」
「あぁ、うちの里で、好きな目的で、好きなだけ歌って、好きなだけ演奏してくれ」
都子はしばし視線を逸らして考えた。
ここで彼に付いて行けば、今よりも「普通の女の子」としての生活をさせてもらえるだろう。神子だの赤鬼の子だのと呼ばれることはなくなり、好きに外へ遊びに行けるようになる。今のように離れに一人で暮らすことは無くなるはずだ。
「とても、魅力的なお誘いです。」
「…その言い方は、俺とは来れないということか?」
「私が生まれたのもこうして仕事をしているのも、全ては母や祖母があったからです。家を出て行くのは裏切りのような気がします。その、常磐のお誘いはとても嬉しいのですが…」
「構わない。では、今後は俺がお前の演奏を聞きにお邪魔するとしよう。」
え?とマヌケな声をあげると、常磐はまた愉快そうにクスクスと笑った。そして都子を俵担ぎで持ち上げると、襖を開けて廊下へ立たせた。廊下には常磐と同じ忍び装束の男性が二人居て、常磐の顔を見ると驚いて見せた。
「常磐様、お顔を…」
「あぁ、見せた。悪いか?俺が気に入った相手だから見せた。」
「しかし、次期当主になるお方がそのように軽々しく顔を見せては、後々問題になりかねませんぞ」
ムスッとする男性二人に、常磐は腰につけていたお面をもう一度付け直し始めた。お面越しのくぐもった声で、このお面は良くない。格好わるい。狐のお面に変えよう。そんなことを呟いていた。
「さて都子。今から中に居る4人を叩き起こして、悲鳴なりをあげさせてから始末する。お前は俺が来て一番に追い出されたので何があったか知らない、いいな?」
「はい、分かりました」
頷けば、また頭を撫でられる。常磐と男性二人は中に入ると襖を閉めて、それから少して中から悲鳴があがった。
そこから先は先ほど常磐が言ったような筋書きになり、店主がやってきて都子に事情を聞き、襖を開けると4人が死んでいることに驚いて警察へ連絡を入れた。都子もやってきた警察に事情聴取を受けたが、お咎めなし。犯人について何か思い出したことがあれば言うようにとだけで、自宅へ戻された。
非日常とは案外常に側にあるのかもしれない。そう思わせられた事件の後、都子は何となく楽器を演奏するのが楽しくなった。
◇ ◇ ◇
事件から数日後、新緑はすっかり逞しい若葉になり、離れの周りにある木々は月明かりに照らされて静かに佇んでいる。都子は縁側にでて篠笛を構えた。一番好きな楽器をこの穏やかな明かりの下で吹きたいと思ったのだ。家の周りには広い森があるため、近所迷惑になるということもない。
今日は何を吹こうかと思いながら、いつも吹いている異国動揺を演奏する。篠笛は開いている穴の数と、穴同士の間隔で演奏出来る音が変わる。この楽器の仕組みを考えた人は本当に頭がいいと思う。
「いい曲だな。」
木の枝から、声がした。数日ぶりに聞く心地よい低い声に、都子はバッと顔をあげた。
月を背景に樹の枝でくつろぐ姿は、先日見たとおりの忍び装束で、腰にはあのお面がついている。
「仕事帰りだったのだが、笛の音がしたので覗いてみた。邪魔だったか?」
「いえ、そんなことは。」
常磐はすっと音もなく木から飛び降りると、都子の隣へやってきて縁側へ腰掛けた。
「他の曲は聞かせてくれないのか?」
妙に大人びているくせに拗ねたように言うその声が面白くて、幸せな苦笑いをしながらもう一度唄口を唇に添えた。
非日常とは、常に側にあるものらしい。
そしてその非日常もいずれ日常へと変わっていくのだ。
月夜の空に響く横笛の音は、いつにも増して凛々しく美しいように感じられた。
終。
2014/07/25 今昔
【 仮想大江戸 お伽話 出会い編 】
たしかこれは祖母が言った言葉だったか、と都子は流れる雲を見て考えた。もうすぐ10歳の誕生日を迎えるのだが、未だに街中に出て行ったことがない。近所の山の中や小さな小間物屋には祖父に連れられて行ったことがある。少人数でお座敷を借りきった食事にも行ったことはある。だがそれだけだ。人が大勢通るような場所やなんかには行ったことがない。
これがおかしいことだと気づいたのは、先日近所にやってきた移動図書館で借りた小説を読んだからで、それが無ければ今後も知らないままだっただろう。しかし「おかしいこと」と分かっても反抗しないのは、都子自身が必要最低限しか外に出れない理由をよくよく理解しているからだ。
「都子さん、お仕事の時間ですよ」
夕暮れで空が赤くなった頃、竹林に囲まれた離れの入り口で、侍女の声が聞こえた。都子は予め整えてあった荷物を持つと、障子戸をあけてお香の匂いをまとわせながら渡り廊下へと出た。侍女に促されるままに仕事場へと向かう。
背負うのは家の名前と威信と誇り、それから相棒である楽器だ。
<和楽器奏者の神子>
仰々しい通名は、先代である母や祖母が呼ばれていたもので、周囲はその後を継ぐのであろう都子のこともそう呼んだ。父の遺伝なのか赤色や桃色がまじったような髪の毛を見て「赤鬼の子」と呼ぶ人さえも居る。
そんな偉大なものではない。ただ物心がついた頃から楽器に触れて、言葉を発すると同時に歌うことを教わっただけの普通の人間だ。決して鬼やら神やらの子ではない。
「本日は料亭『いろは』にて舞と歌をとのご依頼を受けております」
「承知しました。」
背負った三味線を担ぎなおすと、都子は仕事用の上等な着物に見を包んで家を出た。
こんな豪華な着物に興味はない。というか洋服が好きだ。こんな動きづらい格好をし続けるなんて、西洋化がすすんだ今日では信じられないと思う。思うだけで言わないのは、今の仕事は親の代から引き継いだものであり、少しでも家計の助けになれているのも親のおかげ、今こうして暮らしていけるのは全て親のおかげだと理解しているからに他ならない。
「そういえば先日、遠江の方で風魔の忍びによる村焼きがあったようですね」
静かに走る車の運転席から侍女が言う。そういえばそんな話を聞いたなと、都子は瓦版を思い出しながら答えた。
「ええ。確か、当主の独断行動だったとか。次期当主候補が現代当主を殺めるたかちでことは収束したと」
「先代派と当代派で内部が荒れていることも考えられます。本日の料亭は比較的風魔の里に近い場所ですので、どうかお気をつけ下さい」
忍者相手に何をどう気をつけろというのだろうか。そもそも、今日の仕事は料亭で開かれる政治家の会食で、ちょっと歌ってちょっと楽器を演奏して、ついでにちょっと踊るだけではないか。そんな場所に忍者という職種のものが忍び込んでくるだなんて思えない。
確かに今どきの政治家たちは護衛だったり諜報活動に、古き時代から生き残った忍者を雇うこともあるらしいが、身内だけの会食なのにどうして忍者が必要になるのだろう。
都子は口でだけ「分かりました」と答えると、止まった車のドアが開かれるのを待って降車した。
今日の舞台は豪華な料亭だ。色とりどりの花をかたどった飾りに、眩しいほどの提灯や灯籠。贅の限りを尽くしたその料亭の様子に、都子はほとほと帰りたくなった。こういうのを税金の無駄遣いというのだろうなと、こぼれ落ちるため息を止めておくのが大変だ。
「ようこそお出で下さいました。あの有名な都子さんをお迎えできるだなんて、当料亭末代までの誇りでございます」
都子が店の扉をくぐると、そんな大仰な挨拶が飛んできた。中年の人の良さそうな店主であろう男性が美しい姿勢で礼をしてくる。都子も慌てて礼を返すと、にっこりと微笑んだ。
「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。短い時間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
「いやはや、まだ10にならないと伺っていましたが、これならどこに出しても恥ずかしくない。流石は神子の娘さんだ。さあさ、こちらへどうぞ」
先ほど見せてくれた笑顔のままで奥へと案内してくれる店主に、都子は内心で盛大なため息をついた。やはりこの人も「神子」だの「赤鬼の子」だのというものに目が眩んでいる。確かに音楽や芸能を始めたのは家柄のためであるが、奏法も得意なジャンルも母とは似ても似つかない。これは都子だけの音楽であり、神子の音楽ではない。
音楽や芸能に詳しくない人には大差ないのかもしれないが、家の名前で一即多にされるのは耐え難かった。まるで自分の存在は小さくて家の名前に乗っているだけと言われているような気持ちにされてしまうのだ。
控室につかうらしい四畳半の部屋に通されて、都子は楽器の調整をはじめた。出されたお茶とお菓子は失礼にならない程度に手を付けた。本来なら歌ったりする前には食事をしない方がいいのだが、食べないのもまた問題だ。
時間になると先ほどの店主ともう一人女性がやってきて、都子がもてなす客人たちの部屋へと案内された。控室から少し離れた場所にあった部屋では、脂ぎった男性と、それから軍人かと問いたくなるようながたいのいい男性、それに頭の良さそうないかにも政治家ですという男性が二人。合計で4人の男性が食事を始めるところだった。
「おや、噂の神子さんの登場だね」
「いやぁ指名しても来てもらうのには運が必要だと聞いていたので心配していたが、可愛らしい赤鬼の子だ。お会いできて嬉しいよ」
「お初にお目にかかります、私、本日の芸姑を務めます都子と申します。」
にっこりとよそ行きの笑顔を見せると、脂ぎった男性が満足そうに頷いた。正直気持ち悪い。お金の匂いがする。お金と権力で女性を侍らせることに慣れている成人男性の目だ。
(気持ち悪い)
幼い頃からこうして大人相手に商売をしていれば、嫌でも分かるようになるものだ。けれどここで自分が相手について何か勘づいたと思われてはいけない。情報戦でも常に女性は弱いと思われていなくては、後々やりづらくなるのだ。
祖母の言いつけをきちんと守り、都子は食事のBGMにすべく三味線を奏ではじめる。ひっそりと彼らの会話に耳をたてるが、そこで把握した内容は自分の胸の内に収めておく。芸姑とは口が固くなくては出来ない仕事だ。
「そういえば、江戸の四条通に新しく土地を買いましてな。先日のあのご依頼、どうにかなりそうですぞ」
「いやはや、小太郎殿の尻拭いというのも…大変ですな」
「何を言う、小太郎様のお陰で今の我々があるのだから、感謝こそすれ文句はない」
小太郎、とは誰だろうか。誰か有名な政治家だっただろうかと思いながら、食事の済んだ彼らのために、料亭専属の芸姑3人を呼んで舞の披露にうつった。ここからは酒が入った彼らの相手になるので、まだ気が楽だ。特に酒で軽くなった口から色々と話を聞けるのが楽しい。
男たちは都子が窓際で踊るのを見ながら酒を飲み、楽しげに談笑している。酒の威力とは恐ろしいもので、本当に話しても良いのかと疑いたくなるような言葉が飛んできた。
「小太郎様のためとはいえ、流石に法を破るのは肝が冷えるな」
「何を言うか、その程度で音を上げては風魔の皆様に示しがつかぬぞ」
「そうだ、あのお方の死後もこうしてお仕えしてこそだ」
車の中で「関わるはずなんてない」と馬鹿にしていた風魔一族の関係者が、今目の前に4人も居るというのだろうか。少しぎこちなくなった舞を必死に元に戻して、都子は何事もなかったかのように踊り続ける。
「それにしても、次の当主はまだ15にもならない子供だそうじゃないか」
「実力はあると聞いたが…まだ子供ではなぁ。他に跡継ぎは居なかったのか?」
「まだ13…だったか?だから今は年長者が当主代理をしているそうだぞ。」
「なんでも、他の跡取り候補たちは大半が小太郎様派で、あの遠江の乱で殺されたそうだ。末恐ろしいな、まだ中学生くらいの餓鬼が大人を何人も殺したんだぞ」
恐ろしいのはこんな場所でその会話ができるアンタたちの脳みそだ。
そう言ってやりたい唇を必死に噛み締めて、どうにか舞を終わらせた。芸姑たちはさっさと楽器を手に脇へはけてしまい、都子も丁寧な礼をするとさっと後を追いかけた。これ以上あそこに居て何か聞くのは危険なような気がしたのだ。
「おっと神子のお嬢さん、よければ少し歌ってくれないか」
「は、い。お任せくださいませ」
しくじった。これ以上彼らの話を聞くのは危ないと分かっているのに、呼び止める隙を作ってしまった自分を嘆いた。
「それにしても、小太郎様はなぜあの村を襲ったのか…」
また、噂の小太郎という人物----恐らく風魔の当主であるという風魔小太郎のことだろうその人の話を始めた4人に、都子は地団駄を踏みたい気持ちで三味線を構えた。歌が少し進んでも彼らの小太郎に関する話は止まることはなかった。
都子の歌が終わると同時、目の前が真っ暗になった。
「申し訳ないが、小太郎という名前は代々当主が受け継ぐ名前だ。じきにその名は俺のものになる。軽々しく口にしないでもらおうか。」
ほとんど黒に見える、緑色の忍び装束。視界を覆ったのは目の前に立膝をしている男性らしかった。何が起こったのか分からずアウトロを自動演奏していた手が止まると、それを合図にしたように目の前に居た男性が動いた。
右手に持っていたらしいクナイで右端の男性の喉を掻っ切り、続いて右手を正面に戻すことで隣の男性の米噛みを強打する。立ち上がった勢いで3人目の首を蹴飛ばすと、残った脂ぎった男性の首筋に刀を添えた。顔は不気味な表情のないお面で隠れていて見えない。
あっという間の出来事に都子がポカンとしていると、残った男性はヒイと哀れな声で息をのんだ。
「お、お前が…親殺しの当代当主かッ!」
「そうだ。さて、幾つか尋ねよう。先代風魔小太郎の名前を使って何をしていた。」
「言うものか!」
「よほど薬を使われたいらしいな」
すっとワントーン低くなった声に、視線すら向けられていない都子は背筋が震え上がるのを感じた。
「……っく、小太郎様の悲願であった再度の鎖国を実現しようとしていたまでだ」
「あぁ、やはりな。ふむ、これで貴様に用はない。」
低い声のままで言った彼に、都子はぞくりと後頭部から腰にかけてが震えた。
先ほどの話を総合して考えれば、今目の前に居る目と口の穴が空いただけのようなお面をつけた彼は、現代に生き残っている数少ない忍術使いの一族である風魔の当主だ。それも都子と然程年齢も変わらない男の子。そんな彼は、今目の前であっさりと大人4人を倒してみせた。
その事実が恐るべきことだと分かっているのに、都子はどうしても恐怖よりも歓喜を感じずには居られない。その手にした楽器や耳、体に響いてくる低い声も、圧倒的な強さも。憧れのほうが大きく上回ったのだ。
「さて、もう1つの仕事を済ますとするか」
顔のないお面が、こちらを振り向いた。真っ白な髪の毛がふわふわと空気を含んで揺れている。彼はお面を外すと、結んでいた紐でお面を腰に結びつけた。
都子は驚かざるを得なかった。本当に、自分より少し大きい程度の少年がそこには居た。丹精な整った顔立ちに、真っ白な髪の毛。一房だけ緑色の髪の毛があるが、染めているのとは違うらしい。
「お前が、都子だな」
「は、はい。間違いありません」
三味線抱きしめるようにすると、彼は申し訳無さそうに眉を下げて微笑んだ。視線を合わせるように立て膝をすると、こちらの顔を覗きこんでくる。
「すまないな、怖がらせたいわけじゃない。…ただ、お前を誘拐しに来ただけだ」
「そ、それは一体…」
「先日、近所に移動図書館が来ただろう?あれはうちの家業の1つだ」
忍者がなぜ図書館。そう思ったのは相手にも伝わったのか、彼はふふっと微笑んでみせた。
「俺は風間常磐。お前の歌が好きだ。」
「かざ、ま…ときわ?」
「ああ。好きに呼べばいい。」
もう一度、常磐、と彼の名前を呟くと、彼は満足そうに頭を撫でてくれた。不思議と怖くはなく、都子は三味線を抱いていた腕を緩めた。
「神子の家のことは知っている。ほとんど幽閉されているそうだな。俺がその日常を壊してやっても構わない。」
「…それが、私を誘拐するということですか?」
「あぁ、うちの里で、好きな目的で、好きなだけ歌って、好きなだけ演奏してくれ」
都子はしばし視線を逸らして考えた。
ここで彼に付いて行けば、今よりも「普通の女の子」としての生活をさせてもらえるだろう。神子だの赤鬼の子だのと呼ばれることはなくなり、好きに外へ遊びに行けるようになる。今のように離れに一人で暮らすことは無くなるはずだ。
「とても、魅力的なお誘いです。」
「…その言い方は、俺とは来れないということか?」
「私が生まれたのもこうして仕事をしているのも、全ては母や祖母があったからです。家を出て行くのは裏切りのような気がします。その、常磐のお誘いはとても嬉しいのですが…」
「構わない。では、今後は俺がお前の演奏を聞きにお邪魔するとしよう。」
え?とマヌケな声をあげると、常磐はまた愉快そうにクスクスと笑った。そして都子を俵担ぎで持ち上げると、襖を開けて廊下へ立たせた。廊下には常磐と同じ忍び装束の男性が二人居て、常磐の顔を見ると驚いて見せた。
「常磐様、お顔を…」
「あぁ、見せた。悪いか?俺が気に入った相手だから見せた。」
「しかし、次期当主になるお方がそのように軽々しく顔を見せては、後々問題になりかねませんぞ」
ムスッとする男性二人に、常磐は腰につけていたお面をもう一度付け直し始めた。お面越しのくぐもった声で、このお面は良くない。格好わるい。狐のお面に変えよう。そんなことを呟いていた。
「さて都子。今から中に居る4人を叩き起こして、悲鳴なりをあげさせてから始末する。お前は俺が来て一番に追い出されたので何があったか知らない、いいな?」
「はい、分かりました」
頷けば、また頭を撫でられる。常磐と男性二人は中に入ると襖を閉めて、それから少して中から悲鳴があがった。
そこから先は先ほど常磐が言ったような筋書きになり、店主がやってきて都子に事情を聞き、襖を開けると4人が死んでいることに驚いて警察へ連絡を入れた。都子もやってきた警察に事情聴取を受けたが、お咎めなし。犯人について何か思い出したことがあれば言うようにとだけで、自宅へ戻された。
非日常とは案外常に側にあるのかもしれない。そう思わせられた事件の後、都子は何となく楽器を演奏するのが楽しくなった。
◇ ◇ ◇
事件から数日後、新緑はすっかり逞しい若葉になり、離れの周りにある木々は月明かりに照らされて静かに佇んでいる。都子は縁側にでて篠笛を構えた。一番好きな楽器をこの穏やかな明かりの下で吹きたいと思ったのだ。家の周りには広い森があるため、近所迷惑になるということもない。
今日は何を吹こうかと思いながら、いつも吹いている異国動揺を演奏する。篠笛は開いている穴の数と、穴同士の間隔で演奏出来る音が変わる。この楽器の仕組みを考えた人は本当に頭がいいと思う。
「いい曲だな。」
木の枝から、声がした。数日ぶりに聞く心地よい低い声に、都子はバッと顔をあげた。
月を背景に樹の枝でくつろぐ姿は、先日見たとおりの忍び装束で、腰にはあのお面がついている。
「仕事帰りだったのだが、笛の音がしたので覗いてみた。邪魔だったか?」
「いえ、そんなことは。」
常磐はすっと音もなく木から飛び降りると、都子の隣へやってきて縁側へ腰掛けた。
「他の曲は聞かせてくれないのか?」
妙に大人びているくせに拗ねたように言うその声が面白くて、幸せな苦笑いをしながらもう一度唄口を唇に添えた。
非日常とは、常に側にあるものらしい。
そしてその非日常もいずれ日常へと変わっていくのだ。
月夜の空に響く横笛の音は、いつにも増して凛々しく美しいように感じられた。
終。
2014/07/25 今昔
2014年7月24日木曜日
【仮想大江戸】番外編01「遠江の乱」
宵闇。
夕方から夜へと移り変わり、けれどまだ完全な闇は訪れていない時刻。逢魔が時。その薄暗がりの中に決して紛れてしまうことのない鮮やかな髪の毛を揺らし、浅葱は野菜が乗ったカゴを持って自宅へと戻っていく。
村の外れにある共用の畑で菜の花を栽培していたのが、だいぶ食べごろになったので収穫したのと、それから近くで見つけたタラの芽やワラビなんかもカゴに入れた。浅葱は今晩は美味しいものがたくさん食べられそうだという期待で、ついつい早足になりながら遠くに見えた自宅の屋根を見つめる。
時は大江戸歴2001年。西暦を使う風習はすでに無くなり、この国は古き次代の流れと西洋の文化が入り乱れて発展している。ソーラー発電もあれば畳も健在で、書院造りや木造建築も多くあるというのに地下鉄が走る。IT企業もあれば忍者や侍も居る。それらの取り合わせが少しばかり奇妙でアンバランスであり、かといって違和感があるわけではないと浅葱は幼いながらに感じていた。
この村も、どの家も木造の平屋であるのに屋根には太陽光発電用のソーラーパネルが付いているのだ。着ている服だって和服のような洋服のような…よく分からないものである。とはいえ生まれてずっとこの環境にいて10年も経過していれば、これが普通なのだろうと諦めにも似た感情を抱いていた。
(ちょっとくらい、いつもと変わったことが起きてもいいのに)
【 仮想大江戸 お伽話 遠江の乱編 】
いつもと違う何かを求めて自宅を見やれば、確かにいつもと違った。宵闇の暗さはどんどんと濃くなるはずなのに、村に近づく程、夕暮れ時に戻っていくかのように周囲は橙色の光に包まれている。
「なにこれ…燃えてる?」
農業の手段として畑を焼くことは確かにある。だが今浅葱の目に映っている炎は、畑ではなく家々から立ち上っている。黒煙をあげながら燃えている家、なのにどこも水や消火剤を撒いている様子はない。何が起きているのか全く理解できなかった。
「お母さん!お父さん!どこ!!…カヨちゃん!!」
大きく息を吸い込んで叫べば、肺の中が熱くなった。誰の返事も聞こえない不安に、浅葱は半刻前に出たこの村が今は無人なのではないかと思いはじめた。期待で早まっていた足は今度はその不安でどんどん早まり、浅葱は畑から見て村の反対側の方へある自宅へと駆けた。
燃える、燃える、燃える。左右の家々から火の粉が飛び散り、露出していた肌をかすめては熱を置いていく。
走る、走る、走る。息がきれるほどに肺の中へ熱い空気が送り込まれ、喉が痛くなっていく。
自宅の玄関がようやく見えた時、中から悲鳴ともなんとも言えない声が聞こえた。家が燃えているわけではないが、その悲鳴に慌てて野菜のカゴを放り出して玄関へ駆け入った。途端、視界が真っ赤になる。
ここが本当に自宅なのか判別もつかないくらいに真っ赤で、床も壁もとにかく赤色だった。トマトでも大量にぶち撒けたようなそれが、決してトマトでないことは浅葱にも人目で分かる。
足元には父親が倒れていた。
「お父さん?」
もはや父とも呼べないような、かろうじて顔が分かる程度の「それ」に、後頭部や胃の中が気持ち悪くなった。強烈に鼻を指す鉄のような生臭いような匂いも、それを増長させる。浅葱は恐る恐る家の中へ一歩を踏み込んだ。
一番に目に入ったのは、深い緑色をした忍び装束の人間が3人。それからもう一人、家紋のような柄が入った羽織を着ている人間が一人、母親に向かって刀を突き出していた。ヒュウヒュウという過呼吸のような呼吸音は、その羽織の人間が発しているようだった。
「樹音、どうしてお前はここに居る?」
羽織の男性が口を開いた。
「お前はどうして、私でない男と籍を入れた?なぜ子供を作った?なぜ?なぜだ?私には理解できない。私以上にお前を幸せにしてやれる人間なんてこの世に居ないだろう?」
男性は震える声で母に向かって言う。
浅葱には彼が何を言いたいのかサッパリ理解できなかったが、母親は顔を横に振った。そしてその拍子に浅葱がいることに気づいたのか、目を皿のように丸くする。あぁ、そんなふうに顔に出したらその男にバレてしまうよ、と場違いな冷静さを持った自分が居た。
「小太郎様、小娘が居ります。いかがなさいますか」
誰かの声がしたと思った時には、浅葱の足は地面から離れていた。羽織を着ていない忍者の一人に捕まったのだと理解するまで時間が必要だった。
「ほう、樹音の子か。」
「離して!!母さんに何したの!」
「何もしてはいないさ…強いていうなら、約束を守りに来たというところかな。そうだ、樹音の代わりに君が一緒に来るというのはどうだろうか。」
「私は行かない!母さんや父さんに何かする奴の言うことなんて絶対に聞かないッ」
思わず反論してから危機を感じた。相手が何者なのかさっぱり分からないというのに、ここまで反抗してしまってよかったのだろうか?
なんとなく子供の勘のようなもので察していたのは、彼ら忍び装束の人間がこの村を焼いたのだろうということと、その目的が浅葱の母親にあるのだろうということ。そしてそれは浅葱でも代用できるようだということだけだ。
この村の中で父親以外に何人が死んだのか分からない。もしかしたら全員逃げたかもしれないし、全員殺されたかもしれない。そこまで考えはまわっても、これが本当に現実に起きていることなのかどうかがさっぱり理解できない。
「あぁ…その気の強い瞳も、小生意気で可愛らしいその口も…そっくりだよ。……そうか、君を手に入れて育てれば、私の理想の女性が出来上がるんだね…!!!」
舌なめずりをする羽織の男性の背後で、母親が小さな刀を手にしたのが見えた。「純血を失うくらいなら」と言っていたような気がする。
浅葱は母親の身に起きたことも大事だったが、今眼の前に居る気持ちの悪い反吐がでそうな男に対する恐怖で頭がいっぱいだった。
混乱の中で覚えているのは、同じような忍び装束を着込んだ誰かが、羽織の男と手下の男たちをあっという間に小太刀で貫いてしまったことだけだった。
◇ ◇ ◇
次に浅葱が目を覚ました時には、どこか綺羅びやかな場所に居た。豪華といっても金銀のようなピカピカしたものではなく、木に繊細な彫刻がなされた柱がある純日本風の部屋だった。周囲からイグサの香りがする。勢い良く目をあけたにも関わらず眩しくないのは、時間帯のせいだろうか。
ふわふわの白い布団からは白檀のような香りがしていて、浅葱は自分の身に起きたことが一体何だったのかと思考を巡らせた。
「目が覚めたかい?」
自分より少し年上くらいの男の子の声だった。
ゆっくりと首だけ声がした方に向けると、丹精な顔立ちをした少年が正座していた。そこに居るはずなのに、居るような気配がしない不思議な子だ。地味な紺色の着流しと対称的に、結い上げた真っ白で一房だけ緑色をした髪の毛は眩しいはずなのに眩しくない。まるで夜空と満月のような少年だと浅葱は感じた。
「俺の身内が迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」
「身内?」
「あれは…あの時、君のお母上を狙っていたのは俺の父親だ」
少し演技が買った忌々しげな顔で「血がつながっているだなんて信じたくないよ」と続けた彼は、やはり人間のような気配がしなかった。
「俺は常磐。苗字は訳あって言えない。君は?」
「浅葱。…七色の家の長女」
「浅葱か、可愛い名だ。では浅葱、君に提案があるんだが聞き入れてもらえるだろうか」
常磐と名乗った少年は、浅葱にも分かりやすいようにと噛み砕いた言葉で今後のことを話しだした。
「たくさん話すから、全て理解しなくてもいい。
まず、君の村を襲ったのは俺の一族の一部の人間。先代当主である俺の父親とその近衛だ。これは一族の総意ではなく父の独断。とはいえ、一族の人間が出した被害者をここに匿うわけにはいかない。だから君には今から江戸に行ってもらおうと思うんだ。」
「江戸?」
「そうだ。あそこなら人間も多いし、俺の一族が暮らす里も…まぁそこそこ近い。何かあったら俺を頼ってもいい。」
「……どうして、私の村…」
「無理に喋らなくていいよ。父の個人的な因縁さ。君のお母上と昔知り合って…惚れてたみたいだね。」
反吐が出る。
ここには居ない常磐の父親だというあの羽織の男を想像して、浅葱はこみ上げる嫌悪感をどうにか飲み込んだ。
「ともかく、まだ先代派が居る場所に君は匿えない。よって江戸え送る。いいね」
疑問形ではなく言い切った彼に何か一言物申したい気はしたが、疲労感から適当な返事をして目を閉じる。瞼の裏に真っ赤に染まった自宅の玄関が浮かんでは消えた。母親がどうなったか、父親がどうなったか。常磐は何も言わなかったが、きっと浅葱が想像している通りになったのだろう。
村のみんなは?カヨちゃんは?そう思うと涙が零れそうになったが、ここで泣いても時間は戻らないし、何より常磐の父に負けたような気がする。浅葱は必死に涙を堪えて眠りにつこうと深呼吸をした。
翌日。といっても浅葱が一度寝て起きたという意味であり、実際には何日経過しているか分からない。
明け方にたたき起こさしてきた常磐と連れ立って、浅葱は着の身着のままで旅に出ることになった。常磐が連れてきた上等そうな馬に二人乗りをして、東海道を江戸まで駆けていく。どこかの商家の家の息子が散歩をしているとでも思われているのか、誰かに止められることもなく進むんで行く様子が不思議だった。
数日で江戸にたどり着くと、常磐は見知らぬ男性に浅葱を引き渡すと愛馬にのってすぐに去って行ってしまった。
「いらっしゃい、浅葱さん。今日からここが君の家だよ」
優しい顔の男性は辛子色の着物を身にまとって柔らかい笑みを浮かべた。
「僕は清白千草。ここの跡取りだ」
豪華な提灯やのれん。そして常磐の家とは全く違う色とりどりな装飾品。子供心にその綺麗さは魅力的で、つい先日自分の身におきたことを忘れたい一心で、浅葱はその建物の中へと意気揚々一歩を踏み出したのだった。
終。
2014/07/24 今昔 都子
仮想大江戸番外編「遠江の乱編」でした。
実は細かい設定が色々とある(というか出来ちゃった)作品なので、こうしてチマチマ書きたいと思います。
夕方から夜へと移り変わり、けれどまだ完全な闇は訪れていない時刻。逢魔が時。その薄暗がりの中に決して紛れてしまうことのない鮮やかな髪の毛を揺らし、浅葱は野菜が乗ったカゴを持って自宅へと戻っていく。
村の外れにある共用の畑で菜の花を栽培していたのが、だいぶ食べごろになったので収穫したのと、それから近くで見つけたタラの芽やワラビなんかもカゴに入れた。浅葱は今晩は美味しいものがたくさん食べられそうだという期待で、ついつい早足になりながら遠くに見えた自宅の屋根を見つめる。
時は大江戸歴2001年。西暦を使う風習はすでに無くなり、この国は古き次代の流れと西洋の文化が入り乱れて発展している。ソーラー発電もあれば畳も健在で、書院造りや木造建築も多くあるというのに地下鉄が走る。IT企業もあれば忍者や侍も居る。それらの取り合わせが少しばかり奇妙でアンバランスであり、かといって違和感があるわけではないと浅葱は幼いながらに感じていた。
この村も、どの家も木造の平屋であるのに屋根には太陽光発電用のソーラーパネルが付いているのだ。着ている服だって和服のような洋服のような…よく分からないものである。とはいえ生まれてずっとこの環境にいて10年も経過していれば、これが普通なのだろうと諦めにも似た感情を抱いていた。
(ちょっとくらい、いつもと変わったことが起きてもいいのに)
【 仮想大江戸 お伽話 遠江の乱編 】
いつもと違う何かを求めて自宅を見やれば、確かにいつもと違った。宵闇の暗さはどんどんと濃くなるはずなのに、村に近づく程、夕暮れ時に戻っていくかのように周囲は橙色の光に包まれている。
「なにこれ…燃えてる?」
農業の手段として畑を焼くことは確かにある。だが今浅葱の目に映っている炎は、畑ではなく家々から立ち上っている。黒煙をあげながら燃えている家、なのにどこも水や消火剤を撒いている様子はない。何が起きているのか全く理解できなかった。
「お母さん!お父さん!どこ!!…カヨちゃん!!」
大きく息を吸い込んで叫べば、肺の中が熱くなった。誰の返事も聞こえない不安に、浅葱は半刻前に出たこの村が今は無人なのではないかと思いはじめた。期待で早まっていた足は今度はその不安でどんどん早まり、浅葱は畑から見て村の反対側の方へある自宅へと駆けた。
燃える、燃える、燃える。左右の家々から火の粉が飛び散り、露出していた肌をかすめては熱を置いていく。
走る、走る、走る。息がきれるほどに肺の中へ熱い空気が送り込まれ、喉が痛くなっていく。
自宅の玄関がようやく見えた時、中から悲鳴ともなんとも言えない声が聞こえた。家が燃えているわけではないが、その悲鳴に慌てて野菜のカゴを放り出して玄関へ駆け入った。途端、視界が真っ赤になる。
ここが本当に自宅なのか判別もつかないくらいに真っ赤で、床も壁もとにかく赤色だった。トマトでも大量にぶち撒けたようなそれが、決してトマトでないことは浅葱にも人目で分かる。
足元には父親が倒れていた。
「お父さん?」
もはや父とも呼べないような、かろうじて顔が分かる程度の「それ」に、後頭部や胃の中が気持ち悪くなった。強烈に鼻を指す鉄のような生臭いような匂いも、それを増長させる。浅葱は恐る恐る家の中へ一歩を踏み込んだ。
一番に目に入ったのは、深い緑色をした忍び装束の人間が3人。それからもう一人、家紋のような柄が入った羽織を着ている人間が一人、母親に向かって刀を突き出していた。ヒュウヒュウという過呼吸のような呼吸音は、その羽織の人間が発しているようだった。
「樹音、どうしてお前はここに居る?」
羽織の男性が口を開いた。
「お前はどうして、私でない男と籍を入れた?なぜ子供を作った?なぜ?なぜだ?私には理解できない。私以上にお前を幸せにしてやれる人間なんてこの世に居ないだろう?」
男性は震える声で母に向かって言う。
浅葱には彼が何を言いたいのかサッパリ理解できなかったが、母親は顔を横に振った。そしてその拍子に浅葱がいることに気づいたのか、目を皿のように丸くする。あぁ、そんなふうに顔に出したらその男にバレてしまうよ、と場違いな冷静さを持った自分が居た。
「小太郎様、小娘が居ります。いかがなさいますか」
誰かの声がしたと思った時には、浅葱の足は地面から離れていた。羽織を着ていない忍者の一人に捕まったのだと理解するまで時間が必要だった。
「ほう、樹音の子か。」
「離して!!母さんに何したの!」
「何もしてはいないさ…強いていうなら、約束を守りに来たというところかな。そうだ、樹音の代わりに君が一緒に来るというのはどうだろうか。」
「私は行かない!母さんや父さんに何かする奴の言うことなんて絶対に聞かないッ」
思わず反論してから危機を感じた。相手が何者なのかさっぱり分からないというのに、ここまで反抗してしまってよかったのだろうか?
なんとなく子供の勘のようなもので察していたのは、彼ら忍び装束の人間がこの村を焼いたのだろうということと、その目的が浅葱の母親にあるのだろうということ。そしてそれは浅葱でも代用できるようだということだけだ。
この村の中で父親以外に何人が死んだのか分からない。もしかしたら全員逃げたかもしれないし、全員殺されたかもしれない。そこまで考えはまわっても、これが本当に現実に起きていることなのかどうかがさっぱり理解できない。
「あぁ…その気の強い瞳も、小生意気で可愛らしいその口も…そっくりだよ。……そうか、君を手に入れて育てれば、私の理想の女性が出来上がるんだね…!!!」
舌なめずりをする羽織の男性の背後で、母親が小さな刀を手にしたのが見えた。「純血を失うくらいなら」と言っていたような気がする。
浅葱は母親の身に起きたことも大事だったが、今眼の前に居る気持ちの悪い反吐がでそうな男に対する恐怖で頭がいっぱいだった。
混乱の中で覚えているのは、同じような忍び装束を着込んだ誰かが、羽織の男と手下の男たちをあっという間に小太刀で貫いてしまったことだけだった。
◇ ◇ ◇
次に浅葱が目を覚ました時には、どこか綺羅びやかな場所に居た。豪華といっても金銀のようなピカピカしたものではなく、木に繊細な彫刻がなされた柱がある純日本風の部屋だった。周囲からイグサの香りがする。勢い良く目をあけたにも関わらず眩しくないのは、時間帯のせいだろうか。
ふわふわの白い布団からは白檀のような香りがしていて、浅葱は自分の身に起きたことが一体何だったのかと思考を巡らせた。
「目が覚めたかい?」
自分より少し年上くらいの男の子の声だった。
ゆっくりと首だけ声がした方に向けると、丹精な顔立ちをした少年が正座していた。そこに居るはずなのに、居るような気配がしない不思議な子だ。地味な紺色の着流しと対称的に、結い上げた真っ白で一房だけ緑色をした髪の毛は眩しいはずなのに眩しくない。まるで夜空と満月のような少年だと浅葱は感じた。
「俺の身内が迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」
「身内?」
「あれは…あの時、君のお母上を狙っていたのは俺の父親だ」
少し演技が買った忌々しげな顔で「血がつながっているだなんて信じたくないよ」と続けた彼は、やはり人間のような気配がしなかった。
「俺は常磐。苗字は訳あって言えない。君は?」
「浅葱。…七色の家の長女」
「浅葱か、可愛い名だ。では浅葱、君に提案があるんだが聞き入れてもらえるだろうか」
常磐と名乗った少年は、浅葱にも分かりやすいようにと噛み砕いた言葉で今後のことを話しだした。
「たくさん話すから、全て理解しなくてもいい。
まず、君の村を襲ったのは俺の一族の一部の人間。先代当主である俺の父親とその近衛だ。これは一族の総意ではなく父の独断。とはいえ、一族の人間が出した被害者をここに匿うわけにはいかない。だから君には今から江戸に行ってもらおうと思うんだ。」
「江戸?」
「そうだ。あそこなら人間も多いし、俺の一族が暮らす里も…まぁそこそこ近い。何かあったら俺を頼ってもいい。」
「……どうして、私の村…」
「無理に喋らなくていいよ。父の個人的な因縁さ。君のお母上と昔知り合って…惚れてたみたいだね。」
反吐が出る。
ここには居ない常磐の父親だというあの羽織の男を想像して、浅葱はこみ上げる嫌悪感をどうにか飲み込んだ。
「ともかく、まだ先代派が居る場所に君は匿えない。よって江戸え送る。いいね」
疑問形ではなく言い切った彼に何か一言物申したい気はしたが、疲労感から適当な返事をして目を閉じる。瞼の裏に真っ赤に染まった自宅の玄関が浮かんでは消えた。母親がどうなったか、父親がどうなったか。常磐は何も言わなかったが、きっと浅葱が想像している通りになったのだろう。
村のみんなは?カヨちゃんは?そう思うと涙が零れそうになったが、ここで泣いても時間は戻らないし、何より常磐の父に負けたような気がする。浅葱は必死に涙を堪えて眠りにつこうと深呼吸をした。
翌日。といっても浅葱が一度寝て起きたという意味であり、実際には何日経過しているか分からない。
明け方にたたき起こさしてきた常磐と連れ立って、浅葱は着の身着のままで旅に出ることになった。常磐が連れてきた上等そうな馬に二人乗りをして、東海道を江戸まで駆けていく。どこかの商家の家の息子が散歩をしているとでも思われているのか、誰かに止められることもなく進むんで行く様子が不思議だった。
数日で江戸にたどり着くと、常磐は見知らぬ男性に浅葱を引き渡すと愛馬にのってすぐに去って行ってしまった。
「いらっしゃい、浅葱さん。今日からここが君の家だよ」
優しい顔の男性は辛子色の着物を身にまとって柔らかい笑みを浮かべた。
「僕は清白千草。ここの跡取りだ」
豪華な提灯やのれん。そして常磐の家とは全く違う色とりどりな装飾品。子供心にその綺麗さは魅力的で、つい先日自分の身におきたことを忘れたい一心で、浅葱はその建物の中へと意気揚々一歩を踏み出したのだった。
終。
2014/07/24 今昔 都子
仮想大江戸番外編「遠江の乱編」でした。
実は細かい設定が色々とある(というか出来ちゃった)作品なので、こうしてチマチマ書きたいと思います。
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